またお兄様と夜会ですか?
翌日から、ローザはさっそく店に行った。
昨晩は疲れたせいか、食事もそこそこにぐっすりと寝入ってしまった。
小劇場でのジリアンとの出会いはまるで夢でも見ていたように感じる。
あまりにも世界が違い過ぎて。
しかし、それらは現実で、ローザにはまだまだ調べなければならないことがたくさんある。
今はなにより、頭をしゃっきりとさせて商売しなければならない。
オリバー商会については、それとなく父とフィルバートに聞いておこうとローザは心にメモをした。どこの貴族とつながっているかくらいわかるだろう。
だが、今まで父とフィルバートの話題にオリバー商会が上らないところからして、彼らが商売敵だとは思っていないのは確かだ。
しかし、相手はそうは思っていないかもしれない。
◇
せっせと働く日々が二日間ほど続いただろうか。
店から帰るとローザは執務室に呼ばれた。
これ幸いと父にオリバー商会のことを聞いてみることにした。
「お父様、何か御用でしょうか?」
ローザはひょっこりと執務室に顔を出す。
「ローザ、座りなさい」
執務机には上機嫌の父が座っていた。
ローザが座り心地の良いソファーに腰かけると、流れるような動作で執事がローザの紅茶を準備した。
父は机の書類を端によせて、おもむろに口を開く。
「お前が忙しいのはわかっているが、私の代わりにフィルバートと夜会に出てくれないか? あいさつ程度で、適当に切り上げて帰ってきていいから」
(面倒くさいわ。またお兄様となの?)
自由気ままなローザといえど、さすがに貴族令嬢としての務めは果たさなくてはならない。
「わかりました。それでいつですか?」
「急で悪いのだが、明日だ」
「はい? またずいぶんと急ですね」
急でも問題はなかった。ローザは袖を通していないドレスを数着持っている。
「私が行くつもりで返事をしていたんだが、その日に大切な商談が入ってしまってね」
「商談? そういえばお父様はオリバー商会をご存じですか?」
少し唐突過ぎるかと思ったが、ローザはどさくさに紛れて聞いてみた。
「ん? なんでお前がオリバー商会の名前を知っているんだ? 明日の会う相手だ」
父が軽く目を見開いた。
「え? うちの取引先だったんですか?」
「いいや、そういうわけでもないんだが……。まあお前が、興味があるのなら明日の商談が終わったら教えよう」
「なんで明日の商談が終わってからなんですか?」
「ローザ、商人にとって不確かな情報は命とりになるのだぞ。心しておくのだ」
父が諭すように言う。
これ以上父に追及すると、面倒くさい商売論が展開されそうだったのでローザは明日まで待つことにした。
いや、正確には夜会の後だから、話を聞くのは明後日になるだろう。
ローザとしては進展に期待するしかない。
それに明日の夜会でそれとなくオリバー商会の話を集めるのもいいと思いなおした。
◇
夕暮れの王都をクロイツァー家の馬車が疾走する。
「今日はローザのお守りか」
フィルバートがニコニコしながら、憎たらしいことを言う。
「まあ、お守りとは失礼な。お父様の代わりに行くのですよ? お兄様がいつまでも婚約者を決めないから、私が連れ出されているのではないですか」
「まあ、そういうな。なんだか最近女性が怖くてな。どうも目がギラギラしていて怖いんだ」
「閣下と似たようなことを言っていますね」
「そうなのか? 閣下と同じか、なんか親近感が湧く」
「そうですか? 私は湧いたことないですけれど」
フィルバートは嬉しそうだ。
そういえば、昨日父も上機嫌だった。きっと今日の父の商談は、とてもいい物なのだろう。
クロイツァー家はみんなお金が大好きだ。
母だけは少し浮世離れしているところがあるので、わからないが……。
「閣下は店の常連なんだろ? それに一緒に出掛けたりしているじゃないか」
「たった一回の外出ですよ? 閣下は仕事熱心で、医療用のバスボムを欲しがっているだけですよ。まあ、お金払いが良いので、最高の上客ですが!」
ローザが「ふふふ」と笑う。
「ああ、ローザ。そんなふうに笑ったら、紳士が逃げていくぞ」
フィルバートが残念そうに言う。
「はい? どういうことですか?」
二人が話している間に、馬車は目的地に着いたようだ。




