会いに行きます!
馬車の中でヘレナは怒り心頭だったが、ヒューは意外に冷静だった。
「お嬢様、今日はこのまま、ジリアンという女の元に向かうのではなく、いったん情報を持ち帰ったほうがよろしいのではないでしょうか」
「確かに、このまま突撃したいところだけれど、少し頭を冷やして情報を整理したほうがいいかも」
ローザが頷くと、ヘレナが口を開いた。
「今回の結果、ギルドをご紹介いただいた閣下にお知らせしなくてもよいのですか?」
「そうねえ。ある意味ピンポイントで情報ギルドを紹介してくれたから、経緯だけでも話しておきましょう」
誰かに話したり、手紙を書いたりすることで案外考えが整理されることもある。
情報ギルドを教えてもらった手前、連絡せねばなるまい。
事態は前進したのでとりあえず簡単な内容の手紙を書いて送ることにした。
◇
するとイーサンからすぐに連絡が来た。というか、本人が直接クロイツァー家にやって来た。
もちろん先ぶれもあったが、ほぼ彼が来る直前と言っていい。
ローザはその日、下町の小劇場に行く気満々だったので、平民が着る簡素なワンピースに着替えたところだった。
客を待たせるわけにもいかず、ローザは二階の自室からその姿のまま一階にあるサロンへ降りていった。
そんなローザをフィルバートが捕まえる。
「ローザ、閣下と何かあったのか? 傷の様子を見に来たようでもなさそうだし。それからなぜ、庶民のような恰好をしているんだ?」
訝しそうに問う。
「あとでお話しますわ。今は閣下がお待ちなので」
ローザはそそくさとフィルバートの前を通り過ぎ、階段を降りてサロンへ向かう。
サロンのドアを開けると、イーサンが立ち上がった。
お互いに挨拶を交わしたものの、イーサンはローザの服装に目を止めた。
「君、これから、どこへ出かけるつもりだ?」
「下町の小劇場です。手紙にも少し書きましたが、閣下が紹介くださったギルドのお陰で、進展がありました」
「手紙では短すぎてよくわからない。説明してくれないか。あのギルドを紹介した者として責任がある。何か危険なことをしようとしているのではないのか?」
心配してくれているようだが、ローザにとっては出鼻をくじかれた形になった。
しかし、話さないわけにはいかない。ローザは事細かに何があったのかを説明する。
「驚いたな。君は大した胆力の持ち主だ。彼とうまく取引したとはな」
「さあ、どうでしょう? 足元を見られただけかもしれませんよ」
「しかし、手掛かりは掴んでいる。君がそういう格好をしているということは、これから下町の小劇場へジリアンに会いに行くのだろう」
「はい、詳しい話を聞いてきたいと思っております」
ローザはイーサンの言葉に頷いた。
「では私も同行しよう」
「なぜ、閣下が?」
イーサンが、なぜついて来ようとするのか、さっぱりわからない。
「君はこの件をご両親に知らせていないのだろう? ならば一人で行くのは危険だ」
「大丈夫です。ヒューとヘレナを連れて行きますから」
ローザは慌てて断った。
「いや、今回は私も行く」
ローザはイーサンの説得を試みたが、どうして同行すると言ってきかない。
(こんなところで押し問答している場合ではないのだけれど)
ローザは時間の無駄だと思い、彼の説得をあきらめた。
「今から出発しますが、行く場所が下町なので、あまり貴族っぽい恰好は困るのですよ。相手が警戒したり、萎縮してしまったりすることもありますから」
「問題ない。途中で服を買って着替える。それにそのような仕事をこなす女性が、貴族に委縮するとは思えない」
確かに彼の言う通りかもしれないが、小劇場のある下町あたりでは浮いてしまう。
「では、出発しましょう」
不承不承ローザは言った。
◇
すぐに出発するつもりでいたのに、イーサンのお陰で手間取った。
その後、イーサンがローザと下町に出かける旨を父に告げ、無事送り返すことを約束していた。
そんなことをしなくていいのにとローザは思いながら見ていたが、ヘレナとヒューは違ったようで。
「よかったです。閣下がご一緒ならば、お嬢様の護衛も倍になりますから」
ヒューが安心したように言う。
確かにイーサンにも凄腕の護衛が数人、影のように付き従っている。
「そうですよ。お嬢様、そのほうが安全です。あの怪しい情報ギルドのような場所だったら困りますから」
ヘレナもヒューに同意のようだ。
「その怪しいギルドを紹介したのは閣下よ?」
「まさか、お嬢様が一人ですぐに行動を起こすとは思っていなかったのではないでしょうか?
閣下は、同行を申し出られませんでしたか?」
「そういえば、自分も行くとおっしゃっていたわね。
でも閣下はお忙しいし、予定を擦り合わせていたら、いつになるかわからないからお断りしたわ。
それに社交辞令かもしれないし」
ヘレナが呆れたような視線をローザに向ける。
それはヒューも一緒でローザはちょっといたたまれなかった。




