喰えない男2
「ちょっと待ってくださいよ、お客さん。うちも商売なんで。取りあえず話しませんか? お客さんは金持ちそうだし、交渉しましょうよ」
男は両手を上にあげ手のひらを見せ、相好を崩す。
(この男、自分がイケメンだと知っている! そして妙になれなれしくて愛嬌があるわ)
なんだが、それが腹立たしい。
「ヒュー、とりあえず話を聞きましょう。それからヘレナも助太刀ありがとう」
ローザの隣にいたヘレナが、いつの間にか腰だめに短剣を構えていた。彼女から発する殺意が半端ない。
(怖いわ。ヘレナったら、やる気満々じゃない!)
その後、ローザたちはマーピンに二階にある応接室に案内された。
茶を出されたが、ローザは手を付けない。彼女の後ろではヒューが仁王立ちをし、その横でヘレナが鋭い目でマーピンにガンを飛ばしている。
「で、いったいどういうことですか? まずは経緯の説明を求めます」
マーピンはポリポリと頭をかく。
「さるお方から、頼まれたんですよ。ローザ・クロイツァー嬢が馬に蹴られた事件は自作自演だと広めてくれと」
「なるほど、で、そのさるお方とは誰ですか?」
「依頼人のことはお話しできないので」
のらりくらりとかわす。何とか吐かせたいところだが、依頼人の名は絶対に明かさないとイーサンが言っていたのであきらめる。
「呆れたわね。ここは情報を売り買いする場だと聞いたけれど、情報操作までしていたのね。で、その先を話す気はあるんでしょうねえ」
「もちろんです。職業倫理上、私の口からは依頼人の名は明かせません」
「は? 職業倫理ですって?」
(笑わせてくれるわ!)
ローザは足を組んでふんぞり返って座る。
「気に入らなければ、言い換えます。信頼で成り立っている業種なのであしからず。ただ、依頼人から、そう言う噂を流せと依頼があったときに、うちは外部から人を雇って噂を広めます」
「ふうん、なるほどね」
ぱっと扇子を開き、顔をあおぐ。怒りのあまり頬が火照ったのだ。ショールはどこかに捨ててきた。
「で、お客様にその雇った外部の人間を紹介するってわけですよ」
「ものすごいシステムね」
ローザが眦を吊り上げる。
「ええ、うちにとっては情報すべてが商売ですから。おや、お嬢さんの正義感が許しませんか?」
すっとぼけた調子でマーピンが続ける。
「そんなものがあったら、ここに来ていないわ。今すぐその人を紹介しなさい! というか、これ完璧なマッチポンプよね? そのぶん、値段は勉強していただくわよ」
ローザが強気に出ると、マーピンはにっこりと笑う。
「なんだ。役所に突き出すとか言い出すかと思って焦りましたよ」
全く焦ったそぶりはなかった。とんでもない男だ。
「そこまで世間知らずではないわ。どうせ、どっかとパイプがあるんでしょ。仮に捕まったとしても、すぐに出られるような保険をかけているとか」
これは前世知識だ。だが、少なくともマーピンは驚いたようで、一瞬目を見開いた。
ちょっと素の表情が見られて、ローザはすっきりする。
「ではお値段はお安くしておきます。前金の半分をお返ししましょう」
「あら、意外ね。もっとがめついかと思ったわ。この噂を流せと言った依頼主に値切られたの?」
図星だったのかマーピンが苦笑する。
「それもありますが、お嬢さんとは長くお付き合いしたいので」
「トラブルはごめんよ。そうねえ、前金は全部あげる。一度出したお金をひっこめるのは嫌なの。その代わり私の変な噂を流したいという奴が来たら一報をよこして。そいつより料金を上乗せして広がる前に噂をつぶすから。そうそう、まだ名乗っていないけれど、どうせ私がどこの誰だかわかっているのでしょう」
「はい、はじめっから気が付いておりました」
マーピンが笑う。本当に食えない男だ。
「で、酒場やカフェで私の噂を広げたっていう女性たちは?」
「女性たち? 一人ですよ。うちはよく役者崩れや役者志望の人間を使うんです。かつらや化粧、演技で変幻自在です。ジリアンっていう女ですよ。役者で食えなくて小遣い稼ぎでやっています。それほど悪い奴ではないんで、あんまり虐めないでやってくださいね」
本気かどうかはわからないが、女を売っておいて庇うようなことを言う。
とりあえず、ジリアンの勤める小劇場の名前と住所は抑えた。
「では、失礼するわね」
用は済んだとばかりに立ち上がるとローザは情報ギルドを去った。




