喰えない男1
ローザは馬車に乗ると、町娘の格好をしてぼろ布のようなショールを頭からかぶった。
「あらら、私の美貌が台無しだわ」
「お嬢様、遊びに行くわけではないのですよ」
ヘレナに窘められてしまった。
その後、家紋のない馬車に乗り換え、情報ギルドへ向かう。親には内緒で行くのだから、それなりの手順が必要となる。
そして、これはヒューの案だ。
「ここまで徹底するのね」
「ギルドの奴らに隙を見せてはなりません」
ヒューは表情を引き締めた。
やがて道路がガタゴト揺れる。一応舗装はしてあるが、手入れされていないせいか石畳の道はでこぼこになっていった。
「ああ、しゃべると舌を噛みそうだわ」
「お嬢様、そういうときはお口を閉じま……うぐっ!」
目の前で、ヘレナがうっかり舌を噛んで悶絶しているのを見て、ローザは静かになった。
(ごめんね、ヘレナ。私、黙るから)
馬車から降りるとローザとヘレナは酔いでげっそりしていた。
ヒューだけが爽やかな表情を浮かべている。
「あなた、あれほど馬車が揺れたのに、酔わなかったの」
「辺境の地ではあれが普通です」
「なるほど、辺境レベルに道が荒れているわけね。どうしてこんな入り組んだ場所に情報ギルドを作ったのかしら」
ローザの眉間にカッとしわが寄る。
それをヘレナが横から「しわになるから」とマッサージしてくれた。
「この場所は王都の中心街からも近く、下町の最下層の地区にも近いのです。馬車ではなく、歩きや馬ならば便利でしょう。よく考えられた場所に建てられています」
ヒューが淡々と語る。
「なるほど。情報を買いに来る客は金持ちでも、売りに来るものは違うってことね」
どうやらギルド長は知恵者のようだ。
もっともそうでなければ、こんな世界でやっていけないだろう。
ローザは納得し、三階建ての石造りの情報ギルドに足を向けた。
ここらあたりでは比較的立派な建物だ。
ドアの前には、用心棒よろしく、目つきの悪い男が立っていたので、ローザはイーサンから聞いた言葉を高らかに告げる。
「ギルド長マーピン・ロスに会いたいの」
男の目がギラリと光る。
ローザを値踏みするように見るので、負けじと睨み返すと彼はおもむろにドアを開けた。
中に入るとギルドの内装は酒場のようになっていた。居ぬきで店を手に入れたのかもしれない。
木製の丸テーブルと椅子がいくつか並び、奥はバーカウンターのようになっていた。
そこに痩せた男がぽつりと立っている。
茶色の髪をした平凡な容姿の男だ。
しかし、その眼は鋭い。
口元にはニタニタと笑みを浮かべ、こちらをなめているのがわかる。
「何か御用でしょうか? 嬢ちゃん?」
「あなた、誰?」
ローザが板の間をかつかつと靴音を立てて彼の元にいく。
ヒューとヘレナがローザを守るようにさっと前に立つ。
「ここの代表ですが」
「あなたじゃない。マーピン・ロスに会いたいの」
「俺がマーピン・ロスですが?」
男がすっとぼける。
「やあね、新規の客が来るたびに、この店はこんな三文芝居を続けるの?」
ローザがヒューに手を出すと彼が懐から麻袋を出した。
受け取ったローザはその重みにうっかりよろけそうになったが、貴族の矜持で堪えた。
「紹介者から、マーピン・ロスはすこぶるいい男だと聞いているの。いるの? いないの? どっち!」
そう言ってローザはどんと麻袋をカウンターに置くと口が開いて金貨がのぞいた。
男が驚いたように目を見張る。
「ふふふ、これは前金よ。ということで、いつまでもしらばっくれていると旨い商売逃すわよ?」
ローザがカウンター越しに身を乗り出すと、男はにやにや笑いをひっこめて奥に入った。
ほどなくして、細身の黒髪イケメンが現れた。
イーサンの言っていた通り、瞳は緑で右眉のあたりに薄く傷がある。ギルド長は彼で間違いないだろう。
「これはお客様、うちの者が失礼いたしました」
どこまでも芝居かかった店でイライラしてくる。
「ずいぶん遅い登場ね。時間は有限なのよ?」
ローザが片眉を上げる
「失礼いたしました。で、お客様は何をお求めですか?」
イーサンは金次第と言っていた。話しが早くていい。
「単刀直入でいいわね。ローザ・クロイツァーの悪評を酒場やカフェで流している女を見つけてちょうだい」
「ああ、あの馬に蹴られたって自作自演の話ですか……」
そう言って彼は顎に手を当て、少し考え込む。
「あら、ご存じだったの。すぐに調査してくれない? 言っとくけれどこのお金は前金よ」
ローザが笑みを浮かべる。
「いや、それが、調査も何も噂を流したのはうちなんで」
「はあ?」
ローザは怒りのあまり頭にかぶったショールを脱ぎ捨てた。
「ヒュー、私が合図したら、こいつ切っていいわよ」
ローザがマーピンを指さすと同時に、ヒューがかちりと剣の柄に手をかけた。




