作戦会議です
「ええ、心しておきますわ。では夜も更けて参りましたし、私はそろそろ失礼いたします」
用は済んだとばかりに暇をつげるとイーサンに呼び止められた。
「今日はアレックスに何か言われた?」
ローザは、取り立てて本日のアレックスの動向を観察していない。
グリフィス家での夜会の模様は漫画に無かったので探りようがないのだ。
彼が今夜エレンと会っているかどうかも不明である。
「ダンスに誘われましたが、お断りしました。三連続で踊った後だったので」
「ああ、そうだったね。話題になっていたよ。君たち兄妹は仲が良いんだね」
皮肉ではなく、ほんの少し羨ましそうに言う。彼の孤独を見た気がした。
イーサンは幼少期から少年期にかけて何度も暗殺されそうになったと噂で聞いているし、漫画にもそんな描写があった。
だから自分の境遇とアレックスの境遇を重ね合わせて肩入れしていると――。今ではそのアレックスの動きも怪しい。
ローザを利用してクロイツァー家の後ろ盾を得て、王太子の座につきたいのではないかと思えてくる。
そして、イーサンは財産を持ちこれほど大きな屋敷があるのに、一人で暮らしているのだ。
なんとなく家族に幸薄いイーサンが気の毒に思えて、ローザは本音を言った。
「私、兄以外に踊ってくれる相手がいないんですよ」
イーサンは一瞬ぽかんとした表情をして、次に爆笑した。
(言わなきゃよかった! 何なのこの人。キャラ崩壊してない?)
◇
翌朝午前のお茶の時間に、ローザの部屋でヘレナとヒューと共に情報交換が始まった。
「結論から言いますと。火元にはたどり着けませんでした。理由はあまりにも噂の出所が多いからです。使用人同士の噂話で聞いたと言うのが一番多くて、順に元をたどろうとしたのですが、街のカフェで聞いたと言う者もあって」
ヘレナが難しい顔をする。
「カフェで? それは新情報ね」
目新しい情報がひとつでもあると嬉しい。
「それが、又聞きの又聞きという状態でして。これは私の勝手な憶測ですが、噂は使用人経由で広がっていっているのかもしれません」
確かにヘレナの言うことにも一理ある。
「困ったわね。意外にむずかしいものね」
ローザはもう少し楽観していた。
前世では噂話というのは案外アッサリ元をたどれるものだった。
だが、それは会社や学校単位であって、こうまで広がると絞りようがなさそうだ。
「ヒューはどうだった?」
「俺はアルノー派の使用人から少し話が聞けました。彼の話では酒場の女給に聞いたと言うのです」
『酒場』というキーワードがローザのセンサーにひっかかる。
「まあすごいわね。そういえば、閣下もおっしゃっていたわ。酒場で聞いたと言う紳士がいると」
「しかし、その酒場の場所を聞いたのですが、場末でとても貴族が通うような場所ではありません。だから、その紳士が行った酒場とは違うと思いますが」
「その女給の容姿は?」
「茶髪に目はハシバミ色だったと。ただ彼は酔っていたから、記憶は定かではないらしいです」
ローザはヒューの言葉に頷く。
「なるほど、ここでああだこうだ言っていても進展はないわね。ということで現地へ調査に行ってその女給をみつけだしましょう!」
「お嬢様、危険です!」
珍しくヘレナが血相を変えて止める。
「お嬢様がどうしてもとおっしゃるなら、俺が命がけでお守りします」
ヒューが眉間にしわを寄せ深刻な表情で言う。
二人の反応にさすがのローザもごり押しできなくなった。
(そこまで危険な場所が王都にはあるのね)
「いいわよ。噂の火元を確かめるだけなのに命までかけなくて。そっちはあきらめるわ」
「そっちはということは、何か他の手があるのですか?」
ヘレナの目がきらりと光る。
「ええ、まあ情報ギルドなんだけれどね」
ローザがイーサンから聞いたことを説明すると、ヒューはその存在を知っていたようで。
「お嬢様、止めは致しませんが、相手は海千山千です。十分に気を付けてください」
真剣な表情でローザに忠告する。
「わかったわ。では決まりね。今から出発するわよ」
力強く宣言するローザに、ヘレナとヒューが同時にため息をついた。




