夜会2
「アレックス殿下もたいへんなんだよね、第三王子だから。あちらこちらの派閥を回って気を使わなければならない」
フィルバートが、去っていくアレックスの背中を見て、わずかに同情したように言う。
「まるで蝙蝠ですわね」
「おいおい、めったなことを言うものではないよ」
ローザの辛辣な言葉に顔をしかめる。
「はい、それも処世術の一つですものね。でも将来王太子の地位を得てしまえば関係ないのではないですか?」
「アレックス殿下が王太子? ありえないな。うちの後押しがない限り無理だろう。アルノー派の人間は第一王子を推しているからな」
「政治の世界もいろいろ複雑怪奇ですのね」
ローザは絶対に関わりたくないと思う。
「だからうちは中立派がどう動くか、常に注視していなければならない」
なるほど、それで中立派の貴族とうまくやり始めたローザは、家族に褒められたのかと納得した。
「しかし、ローザが頭を悩ますことではない。お前はバスボムを売れ」
「そういえば、私は小さなお店を持つのが夢でしたのに。いつの間に大きな野望に変わってしまいました」
(なんだか、純利益が右肩上りないなるのが嬉しくなってきたわ。もしや前世の繰り返しでは? 私、社畜化してる? 人に使われることはないが、金に使われている気がする)
優雅な貴族令嬢の生活が遠のいていく。
(これではいけないわ!)
また父の金で、宝飾品やドレスでも爆買いするかとローザは思う。
「ローザ、商売の道というのはそいうものだ。それがクロイツァーの血だ」
決め顔でフィルバートが言うのきいてげんなりした。
(だからクロイツァー家は、元は建国の騎士で、今は富豪貴族なのに……)
「はあ、何か嫌ですわ。でもお金が増えるのは嬉しいです」
ローザにとって、お金イコールクロイツァー家の逃走資金であった。
そこでローザはハタと気づく。
「やはり、私がアレックス殿下と婚約しない方がいいですね。派閥間で摩擦が起こります」
「どう転んでもうちは利益が出るように動く」
フィルバートが自信満々に言う。その結果がローザの毒殺なのかもしれないのに。ローザはぶるぶると首を振った。
「いえいえ、平和に過ごしましょう。争いごとはいけません」
「何を言っているんだ。命までとられるわけではないし」
そう言って兄は気楽に笑う。
(いや、それが私だけはとられるんだな)
「はあ、アルノー派の方とお話ししたかったのですが、残念です」
「お前、気づかないのか? 見えない厚い壁があるだろう」
それはローザも気づいていた。アルノー派とは挨拶こそすれ、つけ入る隙は全く無いのだ。
「ええ、とっても良く見えていますわ。鉄の壁が」
あとはヘレナとヒュー頼みだ。
ローザはため息をつくと立ち上がる。
「お兄様。私、バルコニーでちょっと黄昏て来ます。お兄様は商……ではなく、社交に励んでくださいませ」
「お前はなんてことを言うんだ」
フィルバートは肩をすくめると、ローザと離れた途端に迫ってくる淑女たちを上手にかわし、紳士の群れの中に消えていった。
あわよくば、いくつか商談をまとめるつもりなのだろう。
我が兄ながら、実に商魂たくましい。
ローザは考えを整理すべく、バルコニーへ向かった。
一歩バルコニーに足を踏み入れると、素晴らしい眺めが目に飛び込んできた。
庭園には常夜灯がぽつりぽつりとともり、その先に街の灯が輝いている。
そのせいか、点々とカップルがいる。
ローザはため息をつきながら、カップルの邪魔をしないように隅の方へ移動した。
夜風にあたり、頭を冷やす。
「クロイツァー嬢」
のんびりしているところに突然声をかけられ、ローザは臨戦態勢に入る。
振り返るとヤツがいた。




