お兄様と夜会へ
いよいよグリフィス家の夜会当日となった。
ローザはトレードマークとなっていた深紅のドレスではなく、珍しく新緑色のドレスに身を包む。
色はローザにしては淡いが、決して地味なものではなく、きらきらと光るビーズで刺繍がほどこされており、十分華やかなものだった。
これは有名デザイナーであるマダム・モンテローサがローザのために作ったドレスだ。
彼女の金髪碧眼にはよく似合っている。
というか似合わない色がないのでは、と感じる今日この頃。
(すごいわ! さすが金髪、いい仕事している。ローザって、美人よね。きっつい顔だけれど。なぜもてないのか不思議なんだけれど!)
やけ気味にそんなことを考える。
その後、ローザは部屋にヘレナとヒュー呼び、今日の作戦を話す。
「ヒューは他家の護衛や、できれば御者からも噂の出所を集めてくれる? それからヘレナも他家のメイドたちから私の悪評をそれとなく、聞いて元をたどっていってほしいの。難しいと思うけれど、少しでも情報が欲しいからよろしくね」
「お嬢様、なぜ、旦那様に頼まないのですか?」
ヒューが不思議そうに尋ねてくる。
「お父様に頼んだら、大変よ。アルノー派と戦争になるかもしれないわ」
「なるほど。確かにそうですね」
ヘレナが納得したように頷いた。
「でも、ひどい噂を流す人もいるものですね。貴族の世界って怖いです。だって、ローザ様は本当に一歩間違えば死んでいたかもしれないのに」
ヘレナの言葉にローザは苦笑する。
(そりゃあ、毒殺されるまで生きていなきゃいけない設定だからね)
「むしろ、馬に蹴られて生きていた方が、奇跡よ。ということで、二人とも無理をしない範囲で聞き耳を立てていてね」
「承知いたしました」
軽くミーティングを済ませた後、ローザはフィルバートにエスコートされ馬車に乗る。
実は、ローザはこのエスコートが不満だった。
夜会には一人で参加するつもりだったのだが、『未婚の娘が何を言う!』と家族から猛反対を食らったのだ。
アルノー派に少しでも近づきたいと思っていたのに、フィルバートがいたら警戒されてしまう。
「いやあ、楽しみだなあ。閣下は夜会をめったに開かない方だからな。今夜は婚約者の発表とかサプライズあるかもしれないぞ?」
浮き浮きしているフィルバートを、ローザは呆れた目で見る。
「そんなわけ、ありませんわ」
「どうしてそう言い切れる」
フィルバートがにやにやと笑う。
「閣下は、薬草入りのバスボムばかり買われていきますから」
「え? 閣下はお前の店の常連なのか?」
「はい、太客です」
ローザが胸をそらし、ふっと笑みを漏らす。
「すごいな……お前」
「まあ、お客様は神様ですし、お金に色はありませんから、今日はアルノー派の方々を店に取り込もうかと思っていますの」
「いやいや、それは無理だろ?」
フィルバートが渋い顔をする。
「はあ、お兄様さえいなければ、警戒されずにアルノー派は近づけたものを」
とはいいつつも目的はバスボムの販路拡大ではない。自分の悪評を振りまいている元凶を捕まえることだ。
そうしなければいつまでたっても噂はしつこく続く。噂は巧妙で、兄と両親の耳には入っていない。
「おい、お前はなんてことをいうんだ。この家族思いの兄に対して」
フィルバートは世も末だとでもいいたげに首を振る。
「私が近づいたとしても、相手は小娘ごときと思って油断するかもしれません。そこにチャンスがあるかもしれないのに」
ローザが悔しそうに閉じた扇子をぎりぎりと握りこむ。
「おいおい、ローザ、夜会に参加する前に扇子を壊してどうする。対立派閥への接触は絶対に避けろ。奴らはこちらの落ち度を鵜の目鷹の目で探してくるはずだ。くれぐれも近づくなよ。隙を見せたら終わりだからな」
しっかりとくぎを刺されてしまった。
フィルバートは両親に頼まれ、ローザのお目付け役としてきているのだ。
こうなるとイーサンだよりになってしまう。
(いや、頼りになるのか、あの人? 否、ならないだろう。ヘレナ、ヒュー頑張って!)
夕暮れ時の街を軽快に走る馬車の中で、ローザは次善の策はないものかと首をひねった。




