毒殺犯その1が協力してくれるようです
「では、閣下がお気に召すまで、バスボムの開発に努めたいと思います」
ローザは忙しいし、なぜかイーサンがいるとある種の緊張を強いられるので、用件が済んだらお帰りいただきたかった。
「あと一つ、私から提案があるのだが」
「何でしょう?」
「うちで、夜会を開こうと思う」
「え! 閣下がですか?」
ローザはびっくりした。
彼は治癒師としていつも忙しく、独身のせいかほとんど夜会や茶会を開かない。これはレア案件だ。
「君の情報収集に協力しよう。クロイツァー家の敵対派閥と私は仲が悪いわけではないから、何かしらの情報が得られるかもしれない。ただ私からの情報はあまり期待しないでほしい。表立って君の調査はできないからね」
確かにそんなことをすれば彼はクロイツァー派のレッテルを張られてしまう。
「それは、とてもありがたいですが、なぜそこまでしてくださるのです?」
「家族のことで気になることがあってね。だから、私も君の自作自演だと言う噂の火元が知りたいんだ」
彼が家族と言ったら、アレックスのことだろう。
しかし、アレックスがそんな噂を流しているとは思えなかった。
なぜなら、ローザに求婚するという行動と矛盾しているからだ。
(それに……エレンである訳がないのよ。なんといっても漫画のヒロインなのだから。漫画にもなかったのよね。じゃあ、いったい誰が?)
ローザにはとんと見当がつかず。
またイーサンの意図もよくわからない。甥についての疑いを晴らしたいのか。
(とりあえず、閣下は毒殺犯その1から、はずしても……)
そこでローザはハッとする。
(いくら太客になりつつあると言っても、完全なシロとわからない限り、外したら駄目よね)
ローザは気を引き締めた。
◇
ローザはイーサンの要望するバスボムを作るのに忙しい日々を送っていた。
今では家にいる時間より、店にいる時間の方が長いのではと思うほどだ。
それには理由があって、フローラルな香り広がる作業場が妙に薬臭くなってしまったのだ。
ヘレナに作業場に呼ばれたローザは匂いに酔いそうになった。
「お嬢様、これはでは匂いがまざってしまうかもしれません」
「仕方ないわね。とりあえずは作業場を仕切りましょう。これからは作業場を増設して対応します。この先もバスボムが定着していくようなら。いろいろと設備投資を考えなければなりませんね」
どのみち香りによって、作業ラインを整えなければならない。
まさかここまで商品が売れるとおもわなかった。従業員のためにも投資は必要だ。
「オーダーメイドの値段を上げようかしら。もちろん、香りに限ってだけれど」
ローザがふと漏らす。
「確かに。それはよいお考えだと思います」
ヘレナが頷いた。
その後、改良に改良を重ね、やっとイーサンの満足のいくものが納品できた。
イーサンは驚くほど、気前よく金を払ってくれた。ローザの大好きなキャッシュで。
だが、ローザの本来の目標は達成されていない。
彼が依頼した品は、すべて医療用なのだ。
関節の痛みや体の冷えに効果を発揮しているという。
(違う、そうじゃないのよ。閣下を広告塔にしたかったの)
ローザはどこまでも俗物だ。
『グリフィス閣下ご愛用』のバスボムを商品化できないのは非常に残念で、遺憾の意である。
ちなみに店では男性用に試験的に『フィルバート愛用』のバスボムは出し始めた。
兄はモテるのだ。
ローザの読み通りモテたい殿方に売れて、男性客の取り込みに成功しつつある。
◇
その日も馬車馬のように働き、日が暮れて仕事がひと段落したところで、ローザは店から帰宅することにした。
「ローザ様、明後日は閣下の開く夜会ですが、お忘れではないですよね」
「も、もちろんよ」
(すっかり、お忘れでした)
「肌のお手入れをした方がよいかと思います」
いわれてみれば、最近食事もおろそかになりがちで少し痩せて、肌がかさついているような気がする。
「は! 私ったら、見た目だけが取り柄なのに」
ついうっかり図々しい本音が口に出る。
ローザは全くモテない残念美人で、男性は財産目的以外では近付いてこない。
その点、主人公のエレンは家に財産などなくとも男性に大人気で、それこそより取り見取りだ。
ローザも生涯に一度でいいから、心から「愛している」と言われたい。前世でもなかったような……。
ローザは嫌なものを思い出しそうになり、慌てて首をふる。
「そんなことはございません。美しさ以外にも取り柄はございます。ローザ様は経営者としてたいへん優秀なお方です」
今まで、彫像のようにおとなしかった護衛のヒューが口を開く。
彼は鉄面皮だが、結構優しいのだ。ただ女性の褒め方が独特だ。
店が繁盛しているせいか、ヒューはローザのそばでずっと警護を続けてくれている
たいそうな威圧感があり店で浮いてしまい、始めは戸惑ったが、精悍で整った顔立ちをしているので意外に客から『かっこいい護衛さん』として人気者になっている。
今では時々客の案内までするようになっていた。彼目当ての女性客も増えている。
ヒューは護衛として優秀だし、店の売り上げにも貢献している。
父の見る目に間違いはなかった。
そして、ローザが店にいる時間帯には、外にも警護の者が配置されていて、親の過保護ぶりがうかがえる。
ローザは今夜も自室で、金貨を数えた。自分で稼ぐようになってからすっかりそれが日課になっている。
(家族全員で外国に逃亡するにはまだ少し足りないわね。もう少し頑張らないと!)




