珍客
クロイツァー家で茶会をやったり、他家の茶会に顔を出したりしてはバスボムをプレゼントし、感想を聞き改良していくなどして人間関係を良好にした結果、プレオープンでいきなりの大盛況。
ローザは喜んだ。
だが、一週間が過ぎると、来るのは同じ顔ぶればかりになっていった。
そして、今ローザは店のバッグヤードでヘレナを相手に紅茶を飲んでいる。
最初はローザとの同席を拒んだヘレナだが、立ち仕事はつかれるからと、強制的にヘレナを椅子に座らせ休ませていた。
「やっぱり、オープン時は盛り上がっても、後の客足はそうそうのびないわねえ」
従業員を増やさなかったのは正解だったと思う。
とはいえ、売り上げは上々でまずは大成功と言える。
これならば、家が没落したとしても自分ひとり逃げるくらいは、すぐに金がたまるだろう。問題は家族だ。
つまり自分を含めた家族四人分の逃走資金ととうざの金をためなければならない。
「先は長いわね。いえいえ、もっとピッチをあげなきゃ」
クロイツァー家の没落に伴い、いきなり職場を奪われる使用人や従業員にもまとまった金を渡したい。
情けは人のためならずと言うではないか。
きっとどこかで彼らがローザを助けてくれるはず。
やはり父に外国にいや海の向こうに、隠し財産を作ってもらうしかないのか?
(でも、いったいどの国どうやって資産をつくれば、国に没収されないで済むのかしら。同盟国はだめよね)
などとローザが逃走計画と資金についてつらつらと考えていると、ヘレナが口をひらいた。
「お嬢様、でも変化がございますよ。殿方がいらっしゃるようになりました」
「ああ、確かに、ご婦人のエスコートで殿方も来るようなったわね」
ローザの返答に、ヘレナの目がきらりと光る。
「男性用のものも置いてみてはいかがでしょう?」
「なるほどね。では無香料のもので試してみましょうか?」
「無香料?」
ヘレナが不思議そうに首を傾げる。
「ええ、うちの商品はみな女性が好みそうな香りがついているでしょう? 色付けだけして匂いのないものを作るのよ。まあ、お試しのような感じね」
「なるほどです! さすがはお嬢様。ではさっそく、作業場に試作品を作るように指示を出してきます」
ガタリとヘレナが立ち上がる。
「え? ヘレナ、もうちょっと休憩しましょうよ。ほらほら、お父様とお母様が差し入れてくださった焼き菓子もあるし」
忙しい父も母も兄までも、差し入れをくれるお陰で、従業員の血色もいい。この店では差し入れは分け合って食べるのだ。
「お嬢様、善は急げでございます」
そう言って、ヘレナは隣の作業場に行ってしまった。彼女はローザのような社畜ではなく、完全なワーカホリックだ。
そのうえ、疲れを知らず。
「尊敬するわ。ヘレナ」
去っていくヘレナの背中にローザは呟いた。
話し相手もいなくなったことで、ローザは店の帳簿を開く。部下にだけ働かせておくわけにはいかない。
いつの間にローザのなかでヘレナは侍女というより、秘書のような立ち位置に変わっていた。ヘレナ本人にのそ自覚はないようだが。
「今度、ヘレナの給金上げてあげないと……」
しばらく帳場に集中していると、どんっとものすごい勢いて、バックヤードの扉が開き、店の売り子が血相を変えて飛び込んできた。
こんなことは初めてで。
「ローザお嬢様っ! た、大変でございます!」
売り子の顔は蒼白で声が震えている。
「なに? どうしたの。またおかしな輩でもきたの?」
ローザはぱたりと帳簿を閉じ立ち上がる。どうやら店主の出番のようだ。
「と、とにかく店におこしください」
売り子はきちんと教育を受けていて、こういう振る舞いをする娘ではない。彼女の慌てぶりにローザは何事かと店にでる。
大きな音や怒声が聞こえてきているわけではないので、誰かが怒鳴りこんできたわけでもないだろう。
しかし、店に出たローザは唖然として、固まった。
ガラス張りの店の前には王家の紋章のついた六頭立ての馬車がとまっている。
そして、今しも扉を開けてはいって来たのは、この国の第三王子アレックス、その人だった。
金髪碧眼、銀の刺繍の入った白い外套に、麗しい立ち姿にぼうっとなる……わけはなく。
え? 何し来たの? 店の前に王家の紋章入りの六頭立ての馬車って軽く営業場妨害なんだけれど?
「ようこそお越しくださいました」
反射的に口角を上げ頭をさげつつも、ローザのこめかみには青筋がたった。
(そのどでかい馬車を、私の店の前からさっさとどけなさい!)




