プレオープンです!
いよいよ店のプレオープンの日がやって来た。
前世の記憶のあるローザはいきなり、お店開店などということはしない。
まずは親しい友人たちと、母とお付き合いのあるご婦人方にお店に招待した。
「ヘレナ、いよいよね」
「お嬢様、笑顔です。なんといってもお嬢様はこの店の顔なのですから」
と真顔のヘレナが言った。
だがよくよく見ると彼女の口角がほんのりと上がっている。
ヘレナの少し残念な愛想笑いをほほえましい気持ちでローザは眺めた。
ちなみに店の名前は『ローゼリアン』。
ローザは、『ローザの店』を推奨したのだが、食堂で晩餐を食べながらの家族との会議で却下された。
「どうして、お店に自分の名前を付けてはいけないんですの?」
ローザは大いに不満である。前世では名前がそのままブランド名になる物も多かった。
「それでは客が皆『ローザの店』ではなく、『ローザ様の店』と呼ぶだろう?」
なるほど、父の言うことにも一理あるとローザは思う。なにせ、ローザは大富豪の侯爵家の令嬢だ。向かうところ敵なし。没落予定なので、今のところはだが。
「ならば、ミス・ローザの店はどうですか?」
すると母が微妙な表情をする。
「あなたいつまでミスでいるつもり?」
兄は会話に入るでなく、そして興味を示すでもなく、舌平目を舌鼓をうっていた。
「わかりました。では自分の名前をもじったものにします」
そして考え抜いた末、決まったのが、『ローゼリアン』だ。
店の名前イコールブランド名だと思うとローザはどきどきしてきた。
「ローザ様! プレオープンおめでとうございます!」
ローザが店内で回想にふけっているといつの間にか、友人たちがやってきていた。
「まあ! ポピー様、エラ様、それにメリッサ様も!」
彼女たちは幼馴染兼取り巻きだ。そしてクロイツァー家が没落したら、一緒に潰れてしまう運命共同体の一員だ。
「素敵なお店ですわね」
「本当に! 外から見てウットリしてしまいました」
ポピーもエラも感嘆の声を上げる。
「まあ、嬉しいですわ。ありがとうございます」
「ローザ様、このガラス製の飾り棚素敵ですわ。どこでお買い求めになったのですか?」
流行に敏感なメリッサがさっそく質問してくれる。
「それは私がデザインして、特注で作りましたの。よろしかったら、工房を紹介いたしましょうか?」
「ええ、ぜひ!」
「まあ、このバスボム、不思議な模様がありますわ。まるで虹みたいね」
友人たちと話している間にも母を筆頭にマダムたちが次々にやって来た。
皆が義理堅いのか、それともバスボムに興味があるのか……。
ローザは挨拶と接客に回った。
売り子はヘレナをはじめとした、クロイツァー家のメイドたちが引き受けてくれていた。
そして、お披露目のつもりで店を開いたのに、母が連れてきたマダムのひとりから注文が入った。
「あちらの紫の色バスボム、ラベンダーの香りでしょ? 同じ色でバラの香りのものほしいのだけれど? 3ダースほど注文できるかしら?」
嬉しくてローザは張り切った。
「はい! オーダーメイドもしておりますので、何なりとおっしゃってください」
マダムを皮切りに、注文が殺到した。
今日は店を見てもらって帰りに試供品としてバスボムを配る予定だったのに、気づいたら注文がたくさん入っていた。
そして棚にディスプレイのつもりで綺麗に飾り付けたバスボムは品切れ。
しまいには、外で護衛をしていたヒューを呼び、彼にも注文を取るのを手伝ってもらう。
ヒューは威圧感があるから店には向かないかなと思ったが、無骨ではあるのものの精悍でイケメンな護衛はマダム層に大人気となる。
プレオープンは開始から、6時間ほど閉店となった。
そして、オープンは三日後だ。
店はプレオープンですっかり空っぽになり、在庫も底をついていた。
それを知った父に「生産が追い付かいとは、未熟者」と言われたが、前世にそういう商法もあった気がする。
(ちょっぴりプレミア感がわくかしら? 期間限定とか季節限定とかもいいかも)
ローザの中でアイデアが次々とわいてくる。
そして、オープンまでの三日。ローザは再び地獄のような忙しい日々を送り、社畜根性が覚醒した。
「絶対にオープンに間に合わせるわよ!」
「お嬢様、バトルロワイアル制などとおっしゃっていたのに、すべて売り切れではないですか? そのうえ、新規注文まで入っています。従業員がたりません」
ヘレナの言う通りだ。
「そうなのよねえ、そのうち、臨時で募集をかけようと思うのだけれど、この騒ぎもひと月もしたら落ち着くような気がするわ」
「いいえ、私はもっとお客様が増えると思っています」
「そうかしら? ヒューはどう思う」
ヒューは先ほどから、ローザの横で黙々とバスボムを作りづ付けていた。
「さあ、私は商売のことはわかりません。それで、お嬢様。私はいつ護衛の仕事に戻れるのでしょう?」
わずかに困惑したような表情を浮かべている。
「そうそう、あなたをうちの店員にしたいと思っていたのよ。マダム層に人気のようだし、どうかしら?」
武骨でイケメンの護衛はバスボムを作る手を止めることなく答える。
「お嬢様、私は騎士です。仕事はお嬢様をお守りすることです」
あっさり、却下されてしまった。
しかし、精悍なイケメンの護衛からそう言われると悪い気はしないし、前世で『お守り』なんてされたことがない、ローザは無駄にどきどきしてしまう。
だが、貴重な労働力を得られなかったことは確かで。
「あなたを見ておもったのだけれど、結構力仕事があるから、男性の従業員も必要かしら?」
「男性従業員は女性ばかりの店にとってリスクになりかねません。どうか、慎重にご判断ください」
ローザには社畜魂を持ったものが見抜けるのだ。
ちなみにローザの父の差配によって、店の外はクロイツァー家の護衛によって密かに守られている。
しかし、彼らが守っているのはあくまでもローザであって、従業員ではない。ローザがうちに帰れば、護衛も一緒に帰ってしまう。
「確かにあなたの言うとおりね」
それに女性というだけで、なめてくるものもいる。
この先、商売が順調なら、そこらへんも考えていかねばならないだろう。
ローザはヒューの意見に納得し、ひとまず様子を見ることにした。
それからローザはバスボムを作る手を止め作業場を振り返る。
「ねえ。残業代、二割増しするけれど、残ってくれる方はいるかしら?」
「もちろんです! ご主人様!」
作業場にいる従業員全員の声が元気にハモった。中にはガッツポーズを決めるものまでいる。残業代は彼女たちにとっていい収入源になっているようだ。
それにローザが雇った従業員のほとんどが元洗濯婦で、皆体力だけはやたらとあるし、労働意欲が群を抜いている。
「ふっ、私の人選に間違いなしね」
給金が二割増しになると言うことで、彼女たちの意欲がさらに高まる。
「さすがです。お嬢様」
ヘレナに褒められながら、ローズはバスボムづくりは順調に進んでいった。




