お店の開店準備です
お久しぶりです!
「さあ、今日から店内改装よ! ワクワクするわね!」
ローザは老夫妻から買い取った店内で、一人ワクワクした。
ヘレナは平常運転だし、護衛で雇ったはずのヒューは店内にある、いらない木箱などを外に運び出している。
間口は広く十分なので、ローザはほぼそのまま使うことにする。
だが、陳列棚は新しく作らなければならい。
「お嬢様、この陳列棚壊してしまうのですか? あめ色に磨き込まれていて綺麗だし、もったいなくないですか?」
確かにヘレナの言う通りである。
「もちろん、これは隣の作業場の方で使うわ。再利用よ。バスボムの作業場は落ち着いた感じにして。店はね、きらっきらにしたいのよ!」
ローザが目を輝かせる。
「ああ、なるほど、お嬢様みたいにですね」
ヘレナが納得したように頷く。
(これはたぶんヘレナの誉め言葉よね?)
「まあ、内面からにじみ出てしまうのかしら? ほほほ」
ローザはおしゃれな店内を目指していた。
バスボムはどれも綺麗に着色してある。
ならば、それが『映える』ようにガラスやクリスタルを基調とした店内にしたい。
しかし、この世界、その手の類のものは大変高価である。
「あらら、すごいわね。店を買い取った価格の2倍は改装費にかかるわ」
ローザは他人事のようにころころと笑う。
「お嬢様! そんなにこだわらなくても、小さなことからこつこつと」
金額を見たヘレナは、ドン引きだ。
「ヘレナ、私はスタイルから入っていくタイプなのよ」
「それはもちろん存じておりますが……。このところ堅実にバスボムをつくられていませんでしか? ご友人にそれを配ったりご紹介したりと」
確かにヘレナの言う通りローザは草の根活動をして、バスボムの評判と認知度を高めていった。
もちろん、今後も地道な草の根活動兼ロビー活動は行っていくつもりだ。
「私はね。ここを店というよりも、展示場と考えているよ」
「展示場ですか?」
「そうよ! とにかく種類を増やして見栄えをよくして、人を呼び込むのよ。場合によっては個人の好みを聞いてオーダーメイドを作るの」
「品数を増やすと言うことですか?」
「題してバトルロワイアル制よ」
ローザが胸を張って言うと、ヘレナの目が点になった。
「はい? おっしゃっている意味が、さっぱり分かりませんが?」
不思議そうに首を傾げるヘレナの元へ、ローザがゆっくりと足を進める。
「ヘレナ、できるだけアイデアを出してバスボムを作るのよ。そして、売れている商品だけが棚に生き残るの! すなわち、それがバトルロワイアル!」
ローザは高らかに宣言するが、ヘレナは冷静だ。
「要するに売れない商品は生産しないってことですね」
ヘレナはローザの相手を適当にしながらも掃き掃除に余念がない。
「調子狂うわね。名前つけるとテンション上がるとかないの? 確かにあなたの言うだけれど。とりあえず、乙女の夢が詰まった見栄えのよい店を作るわよ!」
一人で盛り上がっているローザをよそに、ヘレナは掃除、ヒューは荷物運びと黙々と働いている。
仕方がないので、ローザもそそくさと掃除を始めた。
「そういえば、バスボムの材料って、掃除に便利よねえ?」
などと独り言ちながら。
「は! そういえば、なぜ、お嬢様は箒の持ち方をご存じで? しかも掃き掃除に慣れていませんか?」
(そりゃあ、前世で学校の掃除当番でモップ掛けもしていたし。雑巾がけもトイレ掃除もできるし)
しかし、今世では不自然である。
「え? ああ、もちろん、私くらいになると、見ているだけで覚えてしまうのよ。ほほほ」
ヘレナやヒューに箒の使い方を褒められ、ローザは張り切って掃除に専念した。
そこから、目まぐるしく忙しい日々が始まった。
改装は業者に頼むとして、従業員を雇わなくてはならい。バスボム生産のための職員を5人ほど雇い入れる予定だ。
ヘレナからは少ないと言われたが、従業員を雇うと言うことは責任を伴うことで、いきなりそんなに多くは雇えないと言ったが、実際には店の改装というか魔改造に凝り過ぎて予算がかかりすぎてしまっただけである。
――まあ、それに客もどれだけ来るかわからないわよね? まさか満員御礼なんてないわよね? たぶん、クロイツァー家の顔を立てる程度に貴族が来てくれるくらいじゃないかしら? リピートしてくれればうれしいのだけれど。
改装途中の店の中で、ローザは木製の粗末な椅子に座って面接する。来るのはもちろん近くに住む庶民ばかりだが、相場より少し給金を高くしたせいか、応募者が殺到し、整理券を配る事態となってしまった。
「これもう、早い者勝ちにしようかしら?」
ローザは面接に疲れてしまい、ヘレナ相手にぼそりと呟く。
「きっちり人を見定めないと後で大変な目にあいますよ」
とはいわれても、この世界にSNSはないので、バ〇ッターというものは存在しない。
「私は体力のある人なら誰で……」
「店の備品が盗まれたら、どうするつもりです?」
ヘレナの言葉にドキリとする。
ローザこだわりの備品には、無茶苦茶金がかかっていた。ローザの商売人魂がうなりを上げる。
「それは困るわ! これは真剣に選ばないと!」
この世界では、ローザはいわゆる特権階級の箱入り娘だったので、治安といってもどの程度悪いのかもいまひとつわからない。
ローザは覚醒し、気を引き締めた。
「絶対に真面目な人がいいわ! 人材は大事ね!」
バスボムの開発製造も進み、出来上がった店内にバスボムを並べる。特注した棚はガラス製で段違いになっていて、そのフォルムも見惚れるほど美しい。
バスボムを置くと、まるで水槽の中を泳ぐ熱帯魚のよう。
ローザがうっとりと店の内装に見とれていると、兄が様子を見にやって来た。
「ローザ、そんなに根をつめて大丈夫かい? 少し痩せたんじゃないか?」
気の利く兄が従業員の分まで焼き菓子を手土産に持ってきてくれた。
「ありがとう、お兄様! この焼き菓子、早速皆さんといただきますね。で、お兄様、この店どうですか? とっても綺麗でしょ?」
ローザの前世からの夢とこだわりが詰まった自慢の店だ。
いや、実際の前世では北欧風の温かみのある店にあこがれていた気がする。きっと疲れていたのだろう。今世のローザはすこぶる元気だ。
「そうだね、まさかガラス張りにするとは思わなかったよ。棚までガラスで、支柱も縁取りも金か。いやあ、ずいぶんときらきらしているね」
兄が眩しそうに目を細める。
「え? それだけですか?」
すると兄は困ったように笑う。
「う~ん、バスボムをこうして飾るとお菓子みたいでおいしそうかな? ちょっと宝飾店にインテリアが似ている気がする。でもなんかもう少し庶民的で、入りやすかんじかな?もちろん女性にかぎってだけれど」
「さすがお兄様! 的確な表現です。ターゲットは女性層ですから」
「ああ、女性はいくつもなっても光物が好きだから」
「あの、お兄様女性を馬鹿にしています?」
ローザが片眉をくいっと上げて兄を見ると、彼は慌て首を振った。
「やだな。ローザ、僕が女性を馬鹿にするわけないじゃないか。ははは、誤解だよ。光物が好きだなんて、母上もローザもわかりやすくていいじゃないか」
「は? わかりやすい?」
母娘限定で馬鹿にされているようだった。
「……ああ、ローザ、開店祝いに何がほしい?」
兄はやっと墓穴を掘ったことに気づいたらしく、ローザを物で釣ろうとする。こういうところは父とそっくりだ。
「もちろん、光物です」
「だろう。で? ネックレス? それともイヤリング?」
にやにやと笑いながら兄は言う。しかし、ローザは首を振った。
「お兄様、金の延べ棒で」
「は? 延べ棒って……。そんなものプレゼントで頼まれたの初めてなんだが?」
困惑したように兄が言う。
「とりあえず今は、いろいろ入用なんですよ。換金しやすい光物、10本で」
「ローザ、頼むよ。僕が悪かったよ。金の延べ棒10本は勘弁してくれないかな?」
兄がローザに縋りついている間に、ヘレナの声が店の奥から響く。
「お嬢様、お坊ちゃま、お茶の準備が整いましたよ!」
そこからは、しばしの楽しいブレイクタイムだ。
近日プレオープン!




