バスボムが思った以上に好評なのでしょうか?
今日は茶会の当日、二人は昨日までバスボムづくりに専念していた。
それこそ、ローザに至ってはほぼ徹夜だった。
「お嬢様、目の下にクマをお化粧でかくしませんと」
「ええ、お願い! あなたの腕を信じている」
「お嬢様、最近人をつかうのがお上手になりましたね。それにしても、お嬢様が、バスボムづくりにあそこまで妥協を許さないとは思いませんでした」
話しながらも手早く、ヘレナが化粧を施してくれる。
「それはそうよ。一個でも不備があったら大変だもの」
「肌のためにはちみつを入れるなんて、すごいアイデアです」
ヘレナが感心したように言う。
「ほほほ、いろいろとイメージがわいてきて、止まらないのよ」
実はただの前世チートだ。
本当にはヘレナと二人で作業することになっていたが、興味を持った使用人たちが続々と集まって来た。
そこでローザは彼らを労働力として使うことにした。
バスボムづくりを手伝ってくれたら、特別手当を出すと宣言したのだ。するとローザの元に上級使用人から下男下女まで結構な人数の使用人たちが集結した。
そのおかげで、新たな追加分を作ることができたのだ。
そう、ここまで忙しくなったのは、母のせいでもある。
『ねえ、ローザ、あなたが茶会でバスボムを配るって聞いたらしくて、私のお友達が興味を持ってぜひ茶会に参加したいと言うのよ』
母はローザのバスボムづくりを応援してくれているようだったので、ローザは上機嫌で頷いた。
『ええ、喜んで』
せいぜい五、六人だろうと安請け合いをしたのが悪かった。
『ざっと二十人ほどなのだけれど大丈夫?』
『ええ! 二十人ですか?』
『じゃあ、よろしくね。楽しみしているわ!』
そう言って、生粋のお嬢様育ちで労働など知らぬ母は徐機嫌で去っていった。
そんな経緯から、茶会は結局大人数で開催されることとなった。
ホステスとしてローザは次々に到着する招待客に挨拶をしていった。
もちろん、そこには母の姿もある。父も出たいと駄々をこねたのだが、『男子禁制なので、お父様はいらっしゃったらルール違反ですし、おかしいです』
とローザが断ったのだ。
「はあ、地道に布教しようと思っていたのに、これで一気に話は広まりそうね」
ローザは隣にいるヘレナに告げる。
「ええ、最高の使い心地ですので、今日招待されているブルジョア層のご婦人たちには受けると思います」
ヘレナもすっかりバスボムが気に入っているので、やる気満々である。
ローザは、顔の広い侯爵夫人である母のサポートを受けつつ、順調に夫人達の間に顔を広げていった。
バスボムに肌が潤うはちみつの成分が入っていると説明すると、途端に皆食いついてきた。
茶会お開きの時間が近くなると、ローザは一人一人にバスボムを配り、「使い心地など感想をいただけるとありがたいですわ。今後改良していきたいのでぜひともよろしくお願いします」
と丁寧にお願いしていった。
そして、茶会終了後、夕食もそこそこにローザは疲れて眠りに落ちた。
翌日は目覚めたのは昼だった。
ヘレナが気を利かせて、部屋に紅茶と軽食を運んできてくれた。
「あなた、体は大丈夫なの?」
「私はお嬢様のようにバスボムづくりから、茶会最終までなだれ込んだわけではなく、適宜休みは取っていました。その意味では、ここはとても労働環境がいいです」
「あら、そうなの?」
ヘレナはいつも働いているイメージだったので驚いた。
「ええ、かなり良いです」
確かに、茶会の最中に彼女を見なかった。
クロイツァー家では、メイドも給仕も時間が来ると休憩に入るため、交代するのだ。
「ああ、あなた確か二か所、首になっていたんだっけ。いずれも労働環境が悪かったのね」
「それだけではなく、ほかにもメイド仲間にも噂話を聞いておりますから。クロイツァー侯爵家は職場として現在たいへん人気になっています」
「ええ、そうなの?」
(うちってホワイトだったのね)
ローザはほっと胸をなでおろした。バスボム作りでかなり忙しかったので、気になっていたのだ。
「はい、労働時間はきとんと決まっていますし。バスボム作りの時、お嬢様は使用人に強制することなく、特別手当という感じで、使用人を募っていたではないですか。あの噂が広まりまして、いまここのお屋敷は大人気の職場となっております」
「まあ、そうだったの?」
ローザはサービス残業のつらさを知っている。
同調圧力やら漣来責任やらで、やらざるを得ない辛さったらなかった。
今世では無意識に自分の家の使用人たちにそれを強いたくはなかったのだろう。
だが、パワハラについては甚だ疑問だ。ローザの性格なら、どこかで誰かの負担になっているかもしれない。ローザは気を付けようと心した。
「やっぱり、マンパワーは大事よね」
ローザはふんふんと頷いた。
それからは、ローザはバスボムを作ったり、適度に休みを入れたりしてのんびりすごした。三日ほど過ぎると、徐々にお礼状と共にバスボムの使い心地アンケートが戻って来た。
さすがに使用人が手紙を届けてくるので、無記名ということはできなかったが、感触はいいようだ。
「うーん、やっぱりどこまでがお世辞かどうかわからないのよね。まさか人様からもらった物にケチをつけるわけにはいかないし。皆さまはお行儀のよい方ばかりだし。そのうえ、うちの威光もある」
ローザが考えあぐねていると、ヘレナがやってきた。
「ローザ様、ご主人様がお呼びでございます」
「何かしら? 最近叱られるようなこともしていないし」
ローザが首を傾げる。
「ご主人様は上機嫌でいらっしゃるようです」
ヘレナが言いながらも、ローザを鏡台の前に座らせて髪をときはじめた。
◇
「お父様、お呼びでしょうか?」
ローザが執務室に入ると、ニコニコと徐機嫌の父と兄が待っていた。
「ローザ、よく来たな」
「まあ、ローザ席に座れよ」
そう言って兄まで機嫌よくローザにソファーを勧める。
執事がタイミングよく、ローザの前にお茶を注ぐ。そして並べられていくおいしそうな焼き菓子。彼らはまるで連係プレイのようだ。
「あの。どういった魂胆で私は呼ばれたのでしょう?」
ローザが疑り深く聞く。
「おいおい、ローザ人聞きが悪いな」
兄が苦笑する一方で父は嬉しそうな表情を見せる。
「さすがは商人の娘だ。よくわかっているじゃないか」
(いや、私、貴族の娘だし)
父は商会をいくつも経営しているのですっかり心は商売人だ。
「それで、ご用件は何でしょう」
「さすがはローザ話が早い」
そう言って、父が兄に視線を送る。すると兄がおもむろに口を開いた。
「実はバスボムが紳士の間でも話題になってね。ぜひ、試してみたいという話なんだ」
「はい?」
ローザは思っていない方向に話が転がり、思わず後ろに控えていたヘレナと目を合わせた。
(え? バスボム、どうなっちゃうの? とりあえず私はかわいいバス用品を扱う、前世でいう雑貨屋みたいなお店が欲しかっただけなのに)
お父様何やら企んでいるのかも?!
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