ローザ貸しをつくる?
作中ではアレックスは優秀だったがゆえに、子供の頃から、何度も毒殺や暗殺の危険にさらされてきた。
王位を狙っていようがいまいが、周りが放っておかないので、逃れるすべもない。
そこでアレックスを支えたのが、同じような境遇で育ったイーサンだ。
彼は治癒師という特技を持っていたおかげで難を逃れ、公爵という地位まで得たが、アレックスはそうもいかなかった。
アレックスは今まさに渦中にいるし、漫画の中ではこれから王太子になる予定だ。
常にアレックスの盾になっているのが、イーサンの役どころである。
もちろんローザが漫画を読んでいるときは、どっぷりヒロインになり切っていたから、イーサンが推しになったのだ。
ヒロインから見れば、頼もしい味方である。
(そもそもアレックスが、ローザとの婚約を嫌がったのは、ローザの性格もあるけれど、王位を狙っていないという意思表明のため、だったからじゃないかしら? クロイツァー家が強力な後ろ盾になってしまうものね。作中の彼は王位を望んでいなかった……)
ローザはいろいろと思案しつつも口を開く。
「では、閣下は普通に、私に手紙を書けばよかったではないですか? 呼び出し状のようなメモなど手渡しせずに」
するとイーサンが珍しく困ったような顔をする。
「最近、クロイツァー卿は、君の『少し気になる人』をやっきになって探しているらしい」
「は?」
「卿に、私ではないかと聞かれた。それに私以外の独身の高位貴族にそのような質問をされている」
思い当たる節がある。
アレックスの求婚から逃げるために、ローザはそんなことを口走った。
「……なるほど。それは失礼しました!」
親ばかすぎて、頭が痛くなる。
もっとも安易に答えてしまったローザが一番悪いが。
ローザが悶々としていると、イーサンが口を開いた。
「単刀直入に聞くが、アレックスはまだ君に求婚し続けているのだろうか?」
漫画の中でイーサンはアレックスの最大の理解者で相談者だった。そのはずなのに、彼は知らない。
「はい、たびたび家を訪れては求婚していきます」
なんだか面倒になり、言葉遣いがぞんざいになってしまった。
「それで、君の気になる人とは? アレックスの求婚から逃れるための方便なのか?」
ずばりと言い当てられ、ローザはびっくりした。
「な、なんでわかったんですか?」
「君の場合は、好きな男性がいれば積極的にアプローチするだろう」
親ではなく、イーサンがそのことに気づくとは思わなかった。ローザは言葉に詰まる。
「それで君は夜会の晩、なぜあの場にいたんだ? アレックスの後をつけたのか?」
「いえいえ、もうつけたりしていませんよ。閣下こそどうしてあの場所に?」
ローザが鋭く切り返す。
「言っただろう。会場が少々面倒で、外に出たと」
イーサンは落ち着いたようすだった。
「ああ、おモテになりますものね」
「君だって、人気だったではないか」
「それ皮肉ですか? みな私に関心などありませんよ。私の後ろにあるクロイツァー家を見ているんです」
「それは私も一緒だとは思わないのか」
「え?」
意外なことを言われ、ローザは驚いた。
「いえ、まあ、閣下は別にいろいろ持っていなくても、モテるのではないですかね?」
「何を根拠に?」
「顔と腕のいい治癒師ってとこではないですか?」
ローザの言葉にイーサンが苦笑する。
「それはどうも。あの日も肥沃なグリフィス領が目当ての女性ばかりが、集まってきてね。息苦しくなり庭園に出たんだ。そこでたまたまアレックスとモロー嬢の逢瀬の場面にでくわした」
「まあ、奇遇ですね。私もです」
「言っておくが、私は君より前にあの場にいた。君の足取りは自信に満ちていて、まるであの場でアレックスとモロー嬢が密会していることを知っているかのようだった」
鋭い。だが、ここは前世で読んだ漫画世界だから、展開を知っていましたとは言えない。
「そうは言われても、たまたまとしか言えません。ただ一つ、私はあの場にいてよかったと思っております。ほかに女性がいるのに、私に求婚するなど、そんな不誠実な男性はいりません」
ローザはきっぱりと言い放つ。
イーサンが信じようが信じまいが紛れもない事実だ。
そしてできることなら、イーサンに、毒殺犯1から外れてほしい。ローザにとって彼は脅威だ。
「君の説明すべてに納得いったというわけではないが、アレックスに関しては思うところはある。君を嫌いながらも、責任を取るために結婚を申し込むなど、傷は残ることはないと言っているのに。そのうえ、モロー嬢と二人きりで庭園に出るとは感心しない」
苦虫をかみつぶしたような顔をする。
ローザは漫画のシーンを覚えている。
「もしかして、閣下は抱擁している二人を目撃しましたか?」
驚いたようにイーサンが顔を上げる。
「君はいったい……」
「先に言っておきますが、ストーカーをしたり、人を使って調べさせたりしているわけではありません。でもあの雰囲気を見れば、二人が恋仲だと言うことは一目瞭然です」
「なるほど」
半信半疑な様子でイーサンが頷く。
「で、私が殿下をストーカーしていないかの確認と、恋仲の女性がいながら、自分に求婚してきたと周りに言いふらすのを警戒して、今日ここへ呼び出したのですか? 閣下は殿下のことで私にくぎを刺すおつもりなのですよね?」
ローザの言葉に彼は軽く肩をすくめた。
「そんなつもりはない。夜会から何日過ぎていると思っているんだ。君の拡散力なら、一晩もあれば噂は王都中に広まる。君にそんな気はなかったのだろう?」
ローザはびっくりした。今日は説教されたり、警告を受けたりするのかと身構えてきたからだ。
「私を信じてくださるのですか?」
「違う。私は事実だけを見ている。で、君はこの先どうするつもりだ?」
イーサンは質問ばかりする。
「さきほど、殿下の行いを感心しないとおっしゃっていましたよね? 殿下に私に求婚しないようにおっしゃってもらえませんかね?」
「再三再四言っている」
端的な言葉が返って来た。
しかし、彼の表情には憂いがみえる。甥を信じたい気持ちと真実の間で揺れているんだろうか。
「……なるほど」
(むっちゃ、実りのない面会だわ。アレックスは原作と違って閣下の言うことを聞かないのね)
「モロー嬢の実家の状況も気になるし、アレックスと彼女の関係も心配だ。だから、一時だけ協力しないか?」
「はい?」
唐突過ぎるイーサンの提案に、ローザはびっくりして目を瞬いた。
「君は侯爵令嬢であるし、これまで社交も積極的に行ってきた。我々で情報を共有しないか?」
「それはつまり、閣下は、殿下とモロー嬢の関係を知りたいということですか? 二人が付き合っていると噂が社交界に出回っているとか……、その手の噂が欲しいということでしょうか? で、閣下は、私にどんな情報を共有してくださるのですか? ちなみに金銭で払うっていうのはなしですよ。私、お金持ちなので」
ローザが畳みかけるように言うと、イーサンは苦笑した。
「では、君に一つ貸しということではどうだろう。王族には数々の秘密があるが、それを明かすわけにはいかない。そんなことをしたら、私が毒杯を飲むはめになるからね。だが、私は君とは違うルートで情報を収集することができし、君が好きそうな珍しい宝石なども入手することができる」
(閣下に貸し? 悪い取引ではないかも? それとも関わるのをやめた方がいいかしら)
ここは思案のしどころだ。




