もしかして、のぞき?
それから、ローザは取り巻きたちと談笑する。
話題は自然とバスボムに移っていった。
「そういえば、ローザ様、お茶会のお持たせにいただいたバスボムですか、とても使い心地がよくて」
エラが喜んでくれている。
「ええ、最初はしゅわしゅわとして驚きましたが、香りもよく、色も綺麗でとてもたのしめました」
ライラもポピーも幼馴染の令嬢たちは律儀に使ってくれたようだ。
「私もぜひとも体験してみたいですわ」
「色も美しいのでしょう?」
「なんでも、とても良い香りがするとか?」
驚いたことにその話を聞きつけて、取り巻き以外の令嬢とその母親まで集まって来た。
今日の夜会ではローザはいつになく人気で、バスボムが思った以上に評判になっていることに驚いた。
茶会に来てくれた彼女たちが噂を広めてくれたようだ。意外に友情に厚く、ローザはじんときた。
もちろん周りは女性ばかりで、殿方は一人もいないが、それでもローザは満足だった。
いつものように友人たちと騒ぎ、十分に存在感を示した後、ローザはエレンとアレックスが動きやすいように会場からひっそりとフェードアウトすることにした。
「ちょっとお化粧直しに」と言って席をたち、パウダールームに向かうふりをして、控室で軽くサンドイッチを食べ果実水を飲み、腹ごしらえをする。
それから漫画にあった王宮のバラ園に向かう。漫画の中では今日ローザをエスコートするのは兄ではなく、アレックスの予定であった。だが、現実では違う。
ならば、アレックスとエレンの逢瀬はどうなったのだろうか。
気になるところだ。
濃紺のドレスはローザの読み通り、夜闇まぎれてくれる。ローザはエレンとアレックスを探してひっそりと庭園の茂みを移動した。
「あ、やっぱり、いたわ! 漫画のとおりね」
ローザは茂みの影から小声でつぶやく。
とうとう王子とエレンが恋人のように寄り添っているのを見つけた。やはり二人は漫画にあった通り付き合っていたのだ。
それなのに、アレックスはぬけぬけと責任を取って結婚しようという。
腹は立つが、ここは冷静に二人の様子を観察することにした。
ローザは盗み聞きをするためこっそり二人の近くに移動する。
「ローザ様が、ご自分の取り巻き使って意地悪をするのです。それで、お茶会も私だけ呼ばれなくて……仲間外れにされているんです」
そんなエレンの言葉が耳に入り、ローザは驚愕した。
(なんで? どういうこと? このヒロイン、被害妄想なの?)
そもそもローザはエレンとは親しくないし、ローザがエレンをいじめるのはアレックスと恋仲だと気づいてからだ。
「可哀そうにエレン。クロイツァー嬢は自分より、愛らしく綺麗な娘が嫌いなんだ」
思わずアレックスに「ちょっと待て!」と突っ込みを入れそうになって踏みとどまった。恐るべきアレックスの二枚舌。
確かに前世を思い出す前のローザはそんな感じだったが、庶民出身のエレンは全くのノーマークだった。
(いえ、だけれど作中ではローザはエレンをいじめていたことになっていたわ。どうして?)
ローザはふと打った方は忘れても打たれた方は忘れない、という言葉を思い出し、嫌な予感がした。
(あら、私、なんかやらかしていたかしら?)
「私がいじめられるのはいいのです。でも一番の問題は……クロイツァー家がモロー家に嫌がらせをしてくるのです。それで我が家は苦しくて」
ローザは初耳だった。
今すぐどういうことなのかと、エレンに聞きにいきたい気持ちを社畜で培った忍耐で抑え込む。
「それから、ローザ様が馬に蹴られた件なのですが、ローザ様の自作自演とのうわさが広まっています」
「まさか? 死にかけたんたぞ。いくら彼女でもそこまでは」
「でも、皆さん、そうおっしゃっています!」
エレンの訴えに動揺するアレックスを見てローザは衝撃を受けた。
「確かに、クロイツァー嬢ならあり得るかもしれないが……」
(絶対にありえないって! 私、死にかけたのよ? いったい誰が、そんな噂を流しているの?)
再び衝撃を受け、ローザはよろめいた。
音を立てたらまずいと思った瞬間、後ろから誰かに支えられた。
驚いて振り返るとイーサンがいた。
声を上げそうになり、ローザは慌てて己の口をふさいだ。
(嘘でしょ。この人、立ち聞きしていたの?)
ローザは自分を差し置いてそんなことを考えた。




