王宮の夜会
いよいよ、夜会当日となった。
ケガ以来、公式な社交の場に出るのは初めてだ。
そして漫画の中ではこの夜会でアレックスとエレンはローザの目を盗み、バラ園でひっそりと逢瀬を楽しむ。
もちろん、すべて漫画の通りというわけではない。なぜなら、ローザはまだアレックスと婚約していないのだから。
ここのところ、アレックスがローザ宛の手紙でしつこく求婚してくるので、ローザは二人の逢瀬を確認するつもりだ。
ローザにとっては、ここでエレンとアレックスが結ばれてくれないと困る。
だが、それとは別にエレンと付き合っているのにもかかわらず、しつこくローザに求婚してくるのなら、アレックスを許せないという気持ちもある。
それではローザに対して失礼だし、エレンに対しても不誠実だと思う。
当日は兄がエスコートしてくれた。兄は王子に突然執着しなくなったローザを愉快に思いつつも不思議に思っているようだ。
「しかし、どうしてお前は急にアレックス殿下に執着しなくなったんだ? それに最近では性格も穏やかというか、使用人に無茶を言わなくなったな。死にかけて何か心境の変化でもあったのか? 以前友人から、一度死にかけた人間が改心するという話を聞いたことがある」
言い方は失礼だが、本当のことだ。
それにローザは改心したわけではなく、ただ前世の記憶を思い出して行動を慎んでいるだけだ。
「改心とは失礼な。まあ、確かに今までの私はわがまま放題でしたからね。今は心境の変化どころか、生まれ変わった気分です」
馬に蹴られて死にかけるというか、実際一遍死んだのかはわからないが、前世の貧乏社畜女子と今世のわがまま悪役令嬢のミックスが新たに誕生したのだ。
「もっとも、以前のお前も今のお前もパワフルなところは変わらない」
「そんなことはないと思います」
ローザはびっくりするほどの金持ちな今世に、浮かれているだけだ。
そのうち前世のように社畜的なトップダウンな人間に戻るだろう。
今だけ、お金持ち生活に浮かれさせてほしい。
「もしもアレックス殿下に恋人ができても、気は変わらないか?」
兄が心配そうに聞いてくる。
確かに今までのローザなら気が変わったと言い出し、何かしら嫌がらせをしそうだ。
なぜなら、ローザには人の物が欲しくなる悪癖があったから。
しかし、それは裏を返せば、自分に自信がないということだ。
ローザなりに周りが自分ではなく、家の権力と財産にしか興味がないと気づいていた。
いまなら、ちょっぴり切ない彼女の気持ちがわかる。
愛を相手からの貢ぎ物で換算しようとするなんて、哀れだ。
(そりゃあ、言い寄ってくるのが格下貴族でゴマすりの殿方ばかりでは、おバカさんでも気づくわよね。ただ必死に、見ないふりをいていただけで)
現にローザは格上貴族、特に殿方たちによく思われていなかった。さぞや浪費の激しいわがまま娘に映っていることだろう。まあ、おおかた間違った見方ではない。
「おそらく、殿下には思いの人がいます」
扇子をぴしゃりと閉じて、きっぱりとローザが言い切ると兄が眉を顰める。
「そんな噂、聞いたこともないぞ?」
「まもなくはっきりしますよ。それより、お兄様にはお兄様のお付き合いがおありでしょ?」
先ほどから、令嬢たちがまだ婚約者の決まらない兄に秋波を送ってきている。おそらくローザが恐ろしくて近寄れないのだろう。
「ああ、あれか。面倒な。こんばんは一緒に過ごさないか?」
跡取りらしからぬことを言いだす。優秀な兄だが、こういうところはなかなかの駄々っ子だ。
「何をいっているんです? おモテになってうらやましい限りです。それにお兄様は跡取りではないですか。しっかりした方と結婚なさってください。ああ、それからついでに私を邪険に扱わない人でお願いします。では、軽食でもつまんでまいりますので」
ローザは、気に入ったイケメンがいなければ領地の別荘で未婚のまま暮らすつもりだ。代替わりしたとたん邪険に扱われて追い出されては困る。
「おいおい。まさか壁の花になる気か?」
「派手にふるまって、注目の的になるのは嫌なんですよ。なにせ、殿下を無理やりデートに誘いだした挙句、馬に蹴られた間抜けな侯爵令嬢ですからね。陰で何をいわれていることやら」
このローザに言葉に再び兄はびっくりする。
「どうしたんだ。お前? 周りが見えているのか?」
「失礼な。今まで見ないふりをしていただけですよ」
実際のところは、なんやかと世話を焼いてくる過保護な兄と離れて、社交界の動向を探り、じっくり王子とエレンの動きをみたいだけだ。
ローザが夜会場で兄と別れるとその直後を狙いすましたようにライバルで金持ちのイプス伯爵家の令嬢ジュリエットが自身の取り巻きを連れてしゃなりしゃんりとやってきた。
まるで獲物を見つけた品のない肉食獣のよう目をしている。久しぶりの夜会で、初っ端に会ったのが彼女で、ローザは少しうんざりした。
彼女もまた第三王子アレックスを狙っていた。ローザに妙なライバル意識を抱いているのだ。
しかし、実際のライバルはローザではなく伯爵令嬢のエレンなので、ローザはやれやれとため息をつく。
(猿山のお猿さんよろしくマウンティング開始ね)
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