前世社畜女子、セレブリティーでラグジュアリーな一日を満喫する
怪我がすっかりよくなると過保護な父母から外出許可が下りた。
驚いたことに脇役で悪女なローザは超箱入り娘なのだ。
久しぶりの買い物。
そして前世の記憶が戻ってから初めての買い物は意気込みが違う。
とっておきの訪問着を着つけてもらい、嬉々として馬車に乗り込むローザを見て、なぜかヘレナが驚きを隠せない様子だ。
「ヘレナ、どうかして?」
ローザが首を傾げる。
「お嬢様、馬が怖くないのですか?」
「は?」
「あの、お嬢様は馬に蹴られたのですよ?」
ヘレナが珍しく戸惑ったように言う。
「ああ、あれね。あまり記憶にないから、どうでもいいわ。それより、あなたも早く馬車に乗りなさいな」
浮き浮きした様子で言うローザに、ヘレナが微笑んだ。
初めて会った頃は無表情だったヘレナも、最近ではふとしたはずみに感情をのぞかせるようになった。
「お嬢様のお心が健やかで嬉しゅうございます」
「当たり前でしょ? あんなこと二度も三度もあってたまるものですか」
そもそもローザは自分がどうやって死ぬのかを知っている。毒殺だ。
だから馬など恐るるに足りない。
「まずは、マダム・モンテローサ店にいきたいわ」
ローザはさっそく王都一のデザイナーの店に向かうように指示を出す。
晴天の街並みを馬車は軽快に進んでいく。ローザは車窓から青々とした街路樹に瀟洒な街並みを眺めるだけで、浮き浮きしてきた。
ふと馬車につながれた馬を見て思う。
(前世の私は馬車馬のように働いたわ。だから、あなたたちには妙なシンパシーを感じるのよね。私を蹴った馬も処分されていないとよいのだけれど……)
いまさらだが、ローザはそれが気がかりだ。
石造りの豪奢な店の前で馬車を降りる。
磨かれたガラスの向こう側に、色とりどりのドレスが飾られていた。
店内に入るとすぐに売り子が飛んでくる。
ローザはこの店の常連なのだ。
「ご機嫌麗しゅうございます。ローザ様、お怪我はもうよろしいのですか?」
マダム・モンテローサも挨拶に現れる。
マダムは上客の前にしか姿を現さない。つまりこの店でマダムのお出迎えを受けるということは一種のステータスになっている。
マダムはさっそくビップルームにローザを連れて行こうとしたが、それを断わった。
いつもならそこで優雅にお茶を飲み菓子をつまみながら、あつらえるドレスの相談をするところだが、今日はどうしてもやりたいことがあった。
「久しぶりにマダムの店でお買い物をするんですもの。のんびりお茶を飲むより、今すぐ選ばせて」
ローザはにっこりと微笑む。
「王城で開かれる舞踏会へ着ていかれるお召し物をここでお選びですか?」
いつもは相談しながら、あつらえてもらっているので、マダムはおどろいとた顔をする。
「それは後ほどあつらえてもらうとして、今は綺麗なドレスがたくさんほしいの。そうそう、ここから、あそこまでのドレスをすべてちょうだい」
前世で一度やってみたかったのだ。
記憶が戻る前のローザもこのような買い方はしていない。
彼女は自分のために作られたものだけが好きで、すべて自分好みにあつらえてもらっていた。
しかし、今のローザは違う。店で派手に買い物をして、いろいろなタイプのドレスを着こなしてみたかった。
ローザは笑顔すら迫力があるほど顔立ちはきついが、すこぶる美人なのだ。
それに、いくら素敵な服があっても前世では迷ったら買わないを、実行してきた。
しかし、今世で我慢の必要はないのだ。
(なんて、開放感なのからしら! これがセレブリティー!)
「クロイツァー様、しばらくお会いしないうちにさらにお美しくなりましね。わたくし創作意欲を刺激されましたわ」
マダムが目を輝かせてローザを見る。その後、夜会で最高の逸品を作るとう約束してくれた。
「次は宝飾店にでも向かいますか?」
ほくほく顔でローザが馬車に乗り込むと、ヘレナが言う。
「それもいいかなと思ったのだけれど、うちは宝飾品であふれかえって返っているから、今日はバスボムの材料を買いに行きたいわ」
ローザはドレスを買っただけで今日は満足してしまった。それよりバズボムの材料が欲しい。思いっきり贅沢なものを作るのだ。
「材料ならば、お屋敷にあるもので間に合うのではないのですか?」
ヘレナが意外そうな顔をする。
「私はかわいい形をしたバスボムを作りたいの。だから、型を探すわ。それにアロマオイルにドライフライワー、試したいものはたくさんあるの」
前世ではバスボムの型欲しさに子供にまじってガチャを回したが、この世界には残念ながらプラスチックはない。
「まあ、それは楽しそうですね」
最近ヘレナと一緒にバスボムを作ることもあり、彼女もいろいろと興味を持ってくれているようだ。
バスボムに入れる材料を集めるためいろいろな店を回った。
アロマオイル、ドライフラワーなどなど。そして、やはり型はなかなか見つからなくて、結局ローザがデザインして特注することになった。
最後にスイーツの店により、生クリームとフルーツがふんだんに乗ったケーキを食べ、おいしい紅茶に舌鼓を打つ。ついでに焼き菓子も頼んだ。
今までアレックスのためにダイエットに励んできた。
「もう欲しいものを我慢しなくていいのね」
前世の記憶が脳裏によみがえり、ふっと涙が浮かぶ。
ヘレナはそんなローザの言葉に訝しそうな表情を浮かべ見ていた。
ローザは働けど働けど豊かな生活ができなかった前世を思いつつ、甘味を思い存分食べる快感に身をゆだねた。
(ああ、なんて幸せなの。どうして、ローザは嫉妬なんかしてエレンをいじめたのだろう。こんな贅沢で幸せな生活を送っているのに! お金があるから経済的に豊かな殿方もいらないし、もしも結婚するとしたら、金がなくても、とりあえず私を殺さないイケメンがいいわね)
ローザは前世を思い出したおかげで、なんとも低い志を持った。
満足しきって店をでると、ローザはヘレナに急き立てられるように帰路についた。
まだ、あまり長い時間の外出は控えるように言われているのだ。つくづく過保護な親である。




