ヒロインがやってきた2
エレンは見舞いの花と焼き菓子を持っておずおずと入って来た。その様子はまるでローザを恐れているようだ。
ローザは、改めて彼女を虐めないと決意する。
しかし、探るような視線と、おどおどした態度、甘ったるいしゃべり方、彼女と同じ空間にいるだけで、ローザのイライラが募る。
(前世もいたわね、こんな子。間違いを指摘しただけで泣き出して、周りの社員の同情を引いていた後輩にそっくりだわ)
ローザはそこで慌てて自分の偏見を振り払う。
「ローザ様、具合はいかがですか? 私なんかが突然見舞いに来て申し訳ありません。でも心配でいてもたってもいられなくて」
ローザは『あなたとそこまで親しかったかしら?』という言葉をゴクリと飲み込む。
「ええ、すこぶる元気よ」
「でも、殿下は心配なさっているのではないですか? このお花、すべて殿下からおくられたものですよね」
上目遣いで聞いてくる。
「殿下からいただいたお花もあるわ。でもそれだけではないの。ほかの友人たちからもいただいているわ」
すると彼女はさっと頬を染め、慌てて頭を下げる。
「失礼しました。私、市井での生活が長かったから、まだお友達と言える人がいなくて。ローザ様は、皆様に好かれていらっしゃるのですね。うらやましいです」
本当に羨んでいるというより、どこか媚びを含んでいるように感じた。
「あらそう。エレン様なら、すぐに素敵なお友達ができるでしょう」
ローザは慎重に返事をする。
「あの、ローザ様。それで私たち、ぜひお友達に……」
そこまでエレンが言ったとき、部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
声をかけるとイーサンが入ってきた。今日ばかりは、褒めたたえたいくらい良いタイミングで往診に来てくれた。
「エレン様、今日はありがとう。これから、診察が始まるの」
エレンはチラリとイーサンを見て、立ち上がると丁寧に頭を下げた。
「では、私はこれで失礼いたしますね」
いかにも残念そうにエレンが言う。
「ええ、こんなありさまだから、お見送りはできないけれど、見舞いの品をありがとう」
そう声をかけるとエレンが驚いたように目を見開いた。
「あ、あのいえ、こんなありふれたもので、お恥ずかしいです。クロイツァー家にはもっと高価なお菓子がありますよね。お口に合わなかったら申し訳ありません」
エレンの言葉に、イーサンが鋭い目でローザを見据える。
(こんな言い方されたら、私が見舞いの品にケチをつけたみたいじゃない)
「謙遜することはありませんわ。ごきげんよう、エレン様」
ローザは引きつりそうになる顔に笑みを浮かべた。
最後にエレンはしっかりイーサンに微笑みかけてから、部屋を後にした。
こうしてみると、なかなかしたたかというか、あざといヒロインだと思う。
前世の記憶が戻る前のローザは、このころは格下のエレンを気にかけてもいなかった。
そして、イーサンが来たことでエレンが帰り、清々しい思いをしたのもつかの間、治療の中はいつも緊張感がただよった。
「あの閣下。本当にもうお越しにならなくても結構ですよ」
ローザは悪女面だが、なるべく愛想よく見えるように言う。
「だから、私の雇い主は君ではないと言っているだろう? クロイツァー卿は君の額の傷が消えるまで納得いかないようだ」
ローザはため息をついた。
なんて親ばかな父なのだろう。やめてほしいと思う反面、だからこそクロイツァー家を没落から守りたいとも思う。
それにはアレックスに近寄らないことが一番だと、ローザは改めて思うのだった。
婚約が決まる前に前世を思い出させたことは僥倖だ。




