魔法のランプ
古い知人から、魔法のランプを買う事になった。
なんでも、このランプを磨くと、ランプの魔人が出てきて三つの願い事をかなえてくれるという。
先週インドに行った時に見つけた、掘り出し物中の掘り出し物を、長年親しくしているこの僕に10万円で譲ってくれるらしい。
「マジでさ、このランプ、こすってみ!魔人が現れるんだって!俺さ、マジでビビっちゃってさ、願い事いうの忘れてさ、そうこうしてるうちに魔人がランプの中にかえっちまって、呼び出す資格を失っちゃってさあ。高い金出して買ったんだ、捨てるのもバカらしくてね、お前に譲ろうって決めたのさ。」
知人は、怪しいことをさせたら天下一品なのだ。
おかしなモテモテドリンク、おかしな幸運になるお香、おかしな守護霊がつくお札。
今まで相当いろいろ買ってきたが、どれもこれも…効き目は抜群でね。
「…本当に?」
どう見ても安物のランプ、魔人が出るとは到底思えないが、今までの実績が実績なだけに、信じざるを得ないというかなんというか。
まあ、とりあえず呼び出してみようじゃないかってね。
いきなり大きな魔人が出てきてパニックになるといけないので、人気のない場所に移動しようと言われ、素直に移動することにした。
知人の車に乗り込み、15分といったところか。
人気のないさびれた公園に到着し、やけに汚いベンチに座って、魔人を呼び出すことになった。
ごし、ごし、ごし。
「ちゃんと目を閉じて、祈りながらこすらなきゃだめだ!」
「お、おう・・・。」
擦り方と祈り方が悪いと怒鳴られたので、素直に目を閉じ、一心不乱にランプをこすり続ける…。
ごし、ごし、ごし、ごし・・・。
「わたしは、まじんで、あーる!」
「おわあ、でた!!」
どこからどう見ても、着ぐるみを着込んだおっさんにしか見えない魔人が、俺の目の前に立っている。
「われをよんだのは、おぬしであーるか!ねがいごとを、みっついうので、あーる!」
どう見ても、インチキだ。
どう見ても、嘘くさい。
…だが、知人には、実績があってだな。
もしかしたら、現代風にアレンジしてランプの中から出てきたのかもしれない。
「ええと!彼女が欲しいです、おいしいご飯が食べたいです、健康な体が欲しいです!」
魔人は、両手を広げて何やら呪文を唱え始めた。
「ふんにゃらほだらか、ずんずん、ゆーん…!!」
僕の体に、軽い風圧がかかった。
うっ、これは魔法…?!
「かのじょは、にしゅうかんごにすれちがったじょしにこえをかけたらよきき!おいしいごはんは、この…ぎゅうどんむりょうけんでたべてくるがよきき!けんこうなからだは、たったいまさずけたのだ!では、さらばだ!!」
着ぐるみ魔人は、どこかに向かって走っていく、どこに行くんだろ。
追いかけようとする僕を、知人が止める。
「おい!やったじゃねえか!これでお前も彼女持ちデビューだな!おいおい、美味いもんッて牛丼でよかったのかよ!相変わらずお前は欲がねえなあ!…ずいぶん顔色がいいじゃん、さっそく健康になったのか?こりゃすげえ、さすがランプの魔人だ!」
魔人の行方を見ようとしたら、知人が俺の目の前を陣取り、視界を妨げられてしまった。
ランプの中に還らずにどこに行ったんだ、走って消えるとか、ずいぶん怪しいな。
だが…この知人には、実績があるんだ。
「牛丼は意外だったけど、まあ…美味ければいいか。」
「じゃあさ、飯食って帰ろうぜ、俺は自分の金で牛丼食うからさ、お前その無料券で食えよ!五枚もあるんだ、一人食べ放題できるじゃん!やったな!!!」
僕は知人の車に乗り込み、牛丼屋に立ち寄ってから帰宅した。
牛丼はまあ…普通にうまかった。
一杯だけ食べて、腹いっぱいだ。
「またいいもん見つけたらもってきてやるから!じゃあな!」
知人は嵐のように去っていった。
僕の手元には、やけに安っぽい魔法のランプが残った。
次の日、僕は仕事が休みで、一人パソコンに向かっていた。
パソコンデスクの端には、ランプが置いてある。
…ま、中身は空なんだけどさ、ひょっとしたら魔人がまた舞い戻ってくるかもしれないからさ。
―――ピン、ポーン!
「やあやあ、こんにちは、この前はおすそ分けありがとう、今日はそのお礼にですねって…またすごいもんおいてありますね、どうしたんです、アレは。」
何もすることのない孤独な休日、突然の訪問は何気にうれしかったりする。
二年くらい前に隣に越してきたこのおじさん、ちょっと好奇心旺盛で、遠慮をあまりしない…フレンドリーな人でさ。
ボチボチつかず離れず、顔を合わせれば挨拶をし、食べ物のおすそ分けなんかもしたりして仲良くさせてもらっているんだ。
僕んちはさ、ワンルームで玄関から部屋の中が全部丸見えなんだよね。
ものも少ないんで、何かが増えると目ざとく見つけるんだよ、この人はさあ…。
この前も怪しいツボを見つけて大喜びしてたし、何気に売ってくれた知人と気が合うんじゃないのかって思ってるんだけどさ。
「知人から買ったんです、実はあれ、すごい品物なんですよ、信じられないかもしれないですけど。」
「なんですそれは、ぜひ聞きたいですね!!!」
興味津々だ。
「そうだ、昨日僕牛丼の無料券もらったんですよ、一緒に食べに行きません?この前うどんおごってもらったお礼します。ついでに事のあらましをお話ししましょうとも!」
「いいんですか!じゃあ、私の差し入れのカップ麺はここに置いておきますから、また後日食べてください、ごちになります!」
おじさんはカップ麺をひと箱、玄関に置いた。
「ちょ!!こんなにもらっていいんですか!!!」
「いえね、私カップ麺食べないんですけど…頂いてしまって。もらっていただけたら助かります、はい。」
このおじさん、食べられないものがいっぱいあるらしく、先月は日本酒をくれたしその前は玄米をくれたしそのさらに前には砂糖もくれたし鰹節や水やお菓子や…もらってばっかだな、僕。
なんか悪いよ、そのうち僕食われちゃうんじゃないだろうね・・・。
「へえ…不思議な話もあるもんですねえ。そういえば、少し顔色がいいような気がしないでもないですけど。」
「はは、そういってもらえると嬉しいですね。…もうちょっとはっきり効果をね、実感したいとは思うんですけど。」
牛丼屋でうまい飯を食べ食べ、先日の出来事を話したら、意外にもおじさんは僕を笑うことなく、真面目に聞いてくれた。
いや、逆にめちゃくちゃ興味ありそうな感じだ。
「私も、その知人さんとお会いしてみたいもんですねえ…。」
「じゃあ、今度来たら紹介してあげますよ。怪しいですけど、効果は抜群ですよ、信じられないかもですけど。」
知人のほうがしり込みしそうだな。
でもまあ、あいつは年がら年中金欠だから、食べ物をたくさん恵んでくれるこのおじさんと知り合えたら幸せなのかもしれないし。
人と人ってのはさ、知り合ってなんぼ、助け合ってなんぼだと思うんだよね。
「じゃあ、私もアナタに、とっておきの人を紹介して差し上げましょう…健康になれること、まちがい無しですよ!!」
地味に僕は寂しがりでね。
知人が増えるのはうれしかったりする。
「はは、楽しみにしておきますよ。」
その日は、笑っておじさんと別れたのであった。
その週の、夜勤明け。
軽く睡眠をとって、散歩にでも行こうと靴を履いたら…。
―――ピンポンピンポン!!
「うわあ、なんだ?」
ちょうど出るところだったので、すぐさまドアを開けると…。
「やあやあ!!おはようございます!!この前言っていた知人、連れてきましたよ!!」
「どうも!!ハジメマッスル!!いい筋肉、つけてますか!!プロテイン、飲んでマスかっ!!」
「ぷ、プロテイン?飲んだことないな、飲んでみたいとは思ってるけど…。」
うわあ、今流行のゴリマッチョだ!!
年がら年中暑苦しい感じの、すごい人が目の前に!!!
「アナタ鍛えたいって言ってたでしょう、彼ね、筋肉について並外れた知識と愛情を持ってましてね!いい筋肉つけてくれると思いますよ!どうです、いい人紹介したでしょう、私!!」
やけにいかつい兄ちゃんは、毎朝僕と一緒にウォーキングをしてくれるらしい。
「いやあ!!僕ね!しばらくあんまり運動できない日々が長く続いててね!!すっかり筋肉なまっちゃっててね!君が一緒に筋肉鍛えてくれるって聞いてね!!ぶしつけだが、参上させてもらったんだよ!!ハッハッハッ!!!」
「長いこと密閉空間でくすぶってたんですよ、気の毒な人なんです、この人。」
ああ・・・コロナ騒ぎもあったし、閉じ込められてたのかな?
そうだな、広い空の下を堂々と歩けるっていいよな。
「僕体弱くて。鍛えたいなって思ってたんでちょうどいいや。ウォーキングしながら色々とレクチャーして下さいよ。」
「りょおおおかいしたあああああ!!!」
マッチョの兄ちゃんは、背中からダンベルを二つ取り出して…ねえ、どこにそれしまってたの?…まあいいや。
一キロのダンベルを二つプレゼントしてもらった僕は、毎朝プロテインを飲み飲み両手に持って歩くことになった。
見る見るうちに体が鍛えあがってゆく。
五分も散歩したら息が切れていたのがウソみたいだ。
ランプの魔人ってすごいなあ、僕めっちゃ健康になってるよ!!
いつものようにマッチョ兄ちゃんとウオーキングをしていたら、ジョギング中の女性とすれ違った。
…あれ、ハンカチ落としたぞ、拾ってあげよう。
「あの、これ落としましたよ!!」
「あ、ありがとうございます!」
ポニーテールが、ばさりと揺れる。
いいなあ、この躍動感。
…僕も髪伸ばそうかな。
「うわー!そのダンベル、私も同じの持ってます!」
僕が差し出した右手のハンカチを華麗にスルーし、左手で二つまとめて握るダンベルをまじまじと見つめて、女子の目が輝いている。
「このメーカーのダンベルが一番しっくり来るのです!!ハハハ!!」
「この人筋肉メーカーなんですよ。僕鍛え始めたばかりなんですけどね・・・。」
「ええー!なんか詳しい話ききたーい!」
あれよあれよといううちに、なぜか女子と仲良くなった。
やけに健康的な女性は、いつしか毎朝挨拶をする仲から…毎日食事を共にする女性になった。
マッチョ兄さんの奥さんと四人でジムに行ったりさ、毎日が充実してるのなんのって!
僕もついに彼女ができたんだ!
思い起こせば、彼女と出会ったのは、あの魔人の言っていた通り、二週間後だった。
知人のすごさに、俺は改めて驚愕した。
これはお礼を言わねばなるまい、そう思っていたら、ちょうど知人から連絡が入った。
『おーい、彼女できた?』
「うん、できたよ!あのランプの魔人、いい仕事してくれたよ。」
『ぷっ!!マジか!!…それはよかった、実はさあ、今日は宝くじの当たる財布を持ってきたんだけどさ、買わない?』
「うーん、僕はお金は別にいいかな、今の暮らしで満足…」
『つか、買えよ!!彼女できたんだったらさ、これから金も必要だろ?持ち金全部で売ってやるからさ、な。』
「いや、ぼくは・・・」
正直、僕はあまり気乗りがしない。
なんていうのかな、僕は慎ましやかな幸せを噛み締めたいタイプなんだよ。
暮らしていけるだけのお金はあるし、少々の貯蓄もある。
…大金はあまり持ちたくないんだ。
・・・。
ああ、そうだ、おじさん!
おじさんなら、面白がって買ってくれるかも?
「僕はいらないけど、ほしがりそうな人を知ってるから、紹介してもいいか?」
『・・・誰?怪しいやつじゃないだろうな。』
やけに尖った声が返ってきたぞ。
「隣に住んでるおじさんだよ。魔人の話したら、すごく興味あるって言ってたし、お前のこと紹介して欲しいって言ってたんだ。」
『ふうん、怪しいな、まあ、お前が付き合ってくれるなら譲ってやらんでも、ない。』
とんとん拍子で、話が進んだ。
とりあえず今から知人はこっちに向かうらしい。
隣の部屋のおじさんに声をかけようと自室のドアを開け、右を向いたところでちょうどドアが開いた。
…出かけるところだったのかな?
「あ、今からお出かけですか?前話してた知人がね、宝くじの当たる財布を売ってくれるって連絡があったんですけど…。」
「じゃあ、わたくしが買わせていただきましょうかね。」
「今から来るらしいんです、お出かけなら僕が買っておきますけど、いくらくらいまでなら出せそうです?」
「いや、出かける用事は…また今度で良いので。お邪魔して良いですかね?」
「もちろん。」
僕は彼女の置いていったジャスミンティをおじさんにご馳走しつつ、知人を待った。
「・・・へえ、じゃあ、5万でいいよ。」
「五万?宝くじが当たるんでしょう?五万なんて安すぎませんか。」
30分後、知人がやってきたので、おじさんを紹介すると。
何だろう、空気が、少し張っている?
どうしてこう、剣呑とした雰囲気が漂ってるんだろう。
「なんだ、初対面だからサービスしてやろうと思ったのさ。いいよ、五万で。今後もひいきにしてくれるなら、ね。」
「…ああ、今後はどうなるか、わかりませんね、とりあえず、今回は五万で。」
なんかおじさんが五万払っている、いいのかな。
「いい買い物をさせていただきました。ありがとう。」
「その財布を使ってたら、いつか必ず宝くじが当たるんだぜ?ま、当たる前におっさんの命が尽きたらごめんだけどな!」
「はは、だいじょうぶですよ!!私、とっても長生きなんでね!!」
「確かに長生きしそうだ!!末永く、よろしく!」
何だ、空気が悪いと思ってたけど、やけにフレンドリーにまとまったみたいだ。
心配して損したよ。
それから、何年も僕はおじさんと仲良くさせてもらっているけど、結局宝くじは当たったんだかどうだかわかんないんだよなあ。
宝くじ当たった?って聞いても良いかなあとは思うんだけど、なんていうか、下世話な感じがしてさ。
ま、僕はそういうの、あんまり興味ないというか、自分が幸せに暮らせてたら良いって言うか。
おじさんは相変わらず飄々として、突然お土産抱えてうちを訪ねてきたりするんだ。
たぶん、この人もあんまり大金とか興味なさそうなんだよね。
ああ、あのアパートは引き払ったよ、ずいぶん前に。
子供も三人いるし、さすがにワンルームじゃ狭くてさ。
子供たちもおじさんが大好きでさ、たまに手作りのお菓子や編み物をプレゼントしてたりする。
マッチョ兄さんもいいおっさんになったけど、相変わらずのゴリマッチョでさ。
息子さんも相当なゴリマッチョになって、うちの上の娘の目がハートになっちゃってるんだよ。
…僕の息子になりそうなんだよ、なんかめちゃくちゃ頼りになりそうだなあ。
知人とはもうすっかり連絡が途絶えてしまったな。
元気にしているのだろうか?
まあ、自分が怒涛の展開だったから、そっちに気が回らなかったってのもあるけどね。
嫁の妊娠に、遠い親戚のごたごた、引越しに出産、入園入学、卒業、就職。
何かあるたびに、マッチョ兄ちゃん夫婦やおじさんが顔を出してくれて、ずいぶん助かったんだ。
…人と人の出会いってのはさ、本当に…ありがたいことだよ。
僕もさ、出会ってよかったって言って貰えるような人間になりたいと思いながら、毎日暮らしてるんだ。
リビングで、庭をぼんやり見ながらコーヒーを飲んでいた僕は、人影に気が付いた。
…おや、誰か来たみたいだぞって、なんだ、おじさんじゃないか。
サンダルを履いて、ウッドデッキに出ておじさんを迎え入れた。
「やあやあ、この前は助かりましたよ!これ、お礼のお饅頭、由良ちゃんと玉ちゃんは?イユちゃんは烈火君のとこだよね?」
「ああ、こんにちは、今ね、みんなで安藤さんとこに行ってるんです、フライドチキン作るんだって。」
子供達ばかりか、嫁までマッチョ兄さんのところに入り浸ってるけど…僕は寂しくなんか無いぞ!!
もう少ししたら、きっと孫も生まれて、ますます騒がしくなるんだ、今は一人の時間をだな…って、僕も安藤さんとこ行こうかな。
「今からできたてのフライドチキンを食べに行こうと思ってたんです、一緒に行きましょうよ!」
「いいんですか!ごちになります!!」
僕はおじさんと連れ立って、近所に住むマッチョ兄ちゃんの家に向かった。
…おいしそうなにおいがふわりと香ってくる。
住宅密集地の、はす向かいなんだ。
ちなみにおじさんは、まだあのアパートに住んでいるらしい。
長年、単身赴任なんだってさ。
家族と離れて暮らすの、寂しいだろうなあ…。
「うわあ!!めっちゃうまそうなにおいが!!!」
「いっぱい作ってると思うから、腹いっぱい食べましょう!!」
マッチョ兄ちゃんの奥さんのフライドチキンは絶品なんだ。
そのレシピを、娘が今、受け継ごうとしているのだ!!
ぐう。
僕の腹が鳴ったとき。
ぐう。
長年仲良くしている、おじさんの腹も、鳴った。
僕とおじさんは…、並んでマッチョ兄ちゃんの家のドアを叩いたのだった。




