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神薙  作者: 猫ざらし
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28.蟒蛇(2)


 デジ子のつくりだした木鳥に掴まれたナカメは、加速しながら、蟒蛇のもとから離れていく。


 ――デジ子は否定しなかった。玄月様が、私の両親を殺したという話を。


「あれナカメ、久しぶりだね。少し瘦せた?」


 木鳥から地に下ろされたナカメ。そこは、玄月とワダツミが激しい戦いを続ける、そのすぐそばだった。

 笑う玄月の瞳は、いつもの玄月のまま。まるでワダツミとの激闘が嘘のように、飄々と笑ってみせる。


「玄月様、髪が伸びてますね……」

「あー、あまりにもワダツミがしつこくてね。長い髪も似合うだろう」

「はぁ? タバコ休憩しとったのに、そっちから喧嘩売ってきたんやろ、よう言うわ」

「お前のしつこさには呆れるよ。毎日お前の相手をする綴さんのことがかわいそうだ」

「様をつけろ言うとるやろうが! 次同じこと言うたら、その邪魔くさい髪おかっぱにしたるで」


 仲いいな。きっとこのふたりには、ただの敵同士じゃない。私の知らない因縁があるんだろう。

 ナカメには、なぜかそんなふたりのやり取りが、今はどうにも眩しいもののように思えた。


「ナカメ、立てるかい? 玉藻前を倒したんだろ? あの化け物はなんだ」

「あれは、蟒蛇だと言っていました。綴さんの中に潜んでいた、化け物です」

「やっぱり蟒蛇か。綴さんの肉体に乗り移りでもしたのだろう。だとすれば、ワダツミがここにいることも納得だ。あいつは野良犬にはなれない性だからね」


 言うべきか、迷う。蟒蛇から聞いたこと。私のお母さんは蟒蛇の子――玉で。玄月様が、私のお母さんを殺したという話を。

 ずっと私は、何者でもなかった。親もおらず、育ててくれた親戚からも、必要とはされていない。友達も、先生も。誰ひとり、私を一番に想ってくれはしない。常に相手の心の天秤には、私よりも大切な人が乗っている。

 それが、堪らなく寂しかった。強くなりたかったんじゃない。私はずっと、寂しかったんだ。ひとりが嫌だった。居場所をつくれるだけの、力がほしかった。


 ――だけど、辿り着いた神薙でも。私は結局、ひとりぼっちじゃないか。


「……ナカメ、蟒蛇から何か聞かされたんだね。それでデジ子に飛ばされてきたのか」


 玄月様の方を見ることもできず、黙って俯く。もう立ち上がる力も残っていない。いっそ、蟒蛇に手を貸せば楽になれるのだろうか。蟒蛇は私を、必要としてくれていた。私の力を、欲してくれた。それこそ、私の求めていた居場所なんじゃないのか。蟒蛇と一緒に、両親の仇を討つ。健気で美しいストーリーだ。だとしたら、私はどうして――。


「はは、隙だらけやん」


 ワダツミの刀が、ナカメの頬をかすめる。庇うように、玄月がナカメを抱き寄せた。玄月の頬から、微かに滴る血。それはナカメがはじめて見る、玄月が傷を負った姿だった。


「ナカメ。私が君の両親を殺したのは本当だ……私を憎むかい?」

「………………っ」


 玄月の言葉に、息をのむ。

 本当なのであれば、玄月様は私の仇。死ぬほど憎むべきはずなのに、それなのに。玄月様を憎めない――憎めるわけがなかった。玄月様は、神薙のみんなは。何度も私を助けてくれた。はじめてできた、命を懸けても守りたいと思えた仲間。

 萬様は、私に生き方を教えてくれた。デジ子も琥珀も、私のために蟒蛇と戦ってくれている。みんな、私のために命をかけてくれているのだ。


 ――そんなみんなを、憎めるはずがなかった。


 玄月が、ワダツミを血刀で弾き飛ばす。


「ナカメ、私の依代になれ。そうすれば、すべてがわかる。君に伝えられなかったことを、伝えられる。君のお母さんのこともね」


 そう告げる玄月の表情は、見たこともないほどに悲しいもので。 きっと、玄月様が私を依代にしなかった理由もそこにあるんだと。そう、直感する。

 迷う理由は、もう何もなかった。


「……私を、玄月様の依代にしてください」


 ナカメの返事と同時に、空から落雷が落ちる。


「はいそうですかって、見すごすわけないやろ?」

「ワダツミ。お前はもう少し空気が読めると思っていたよ」


 玄月はナカメを抱えると地面を蹴った。


「く、玄月様っ!?」


 雲に手が届くのではないか。そう思えるほどの高さだ。周囲には結晶となった血が、真っ赤な雪のように浮かんでいる。

 これも、玄月様の能力――。


「この高さなら、ワダツミも追いつけないさ。海の魔物は空を駆ける蝙蝠には届かない」


 昇りきったところから、一気に体が降下をはじめる。

 無数の星が遠ざかり、服の裾がはためく。落ちていく頭上の、遥か先。地上には、霧に包まれた街並みが見えた。広がる川は銀河のように揺らめき、遠くの街頭がガラス細工のように、微かな輝きを放っている。


「く、玄月様! 落ちてます……!」

「落ち着いて。私に掴まるんだ」


 玄月が腕を伸ばし、ナカメの体を抱きしめる。ナカメの体を、長い銀の髪が包んだ。


「時間がない……覚悟はいいね?」


 ナカメは無言で頷いた。それを合図に、玄月の鋭利な牙が、ナカメの首筋を貫く。

 痛みとともに、血が吸い上げられていく感覚。熱が奪われ、意識が滲む。目前に広がる夜の闇が、視界に溶け込んだ。世界が、歪んでいく――。


「ナカメなら大丈夫。絶対に死なない」


 囁くような、玄月の声。まるでそれは、自らに言い聞かせるように。

 玄月の言葉とともに、ナカメの中に血の記憶。玄月の持っていたものが、流れ出した。






「――まったく、血使いすぎよ!」


 彼女は、いつも怒っていた。思えば、ナカメといるときのデジ子は少し、彼女に似ているかもしれない。


「そんなに使って、貧血になっても知らないからね!」

「貧血の吸血鬼か。面白いじゃない」


 怒った彼女の表情は、見どころがあった。白い頬を膨らませ、唇をきゅっと結ぶ。怒っているはずなのに、拗ねた子どものように見える。わずかに震える鼻が、まるで威嚇する小動物のようで。


「ちょっと玄月! 聞いてるの!?」

「はいはい、聞いてるよ」


 わざと大股に歩くと、追いかけてくる小さな歩幅。


「もう、私の言うこと全然聞かないんだから!」

「なんで生まれたばかりの君の言うことを私が聞かなきゃいけないのさ」


 腕を組んで、そっぽを向く横顔。その振る舞いは、あまりにも人間らしく。


「玄月のことが心配なのよ。女の人が夜にひとりで出歩いたら危ないでしょ?」

「まさかそれ、本気で言ってるのかい? 言っておくけど、こう見えてもわたし吸血鬼だから。昼間に歩いたら死ぬからね」

「だったら、夜の魔物退治にはちゃんとデジ子ちゃんを連れて行ってよね! あの子、玄月がいないとき、ずっとソワソワしてるんだから!」


 ころころと変わる表情が、玉にしては物珍しかったので。


「なんてデジ子のせいにしてるけど、私がいないと君も落ち着かないんでしょ、(むらさき)


 耳の先まで赤くして抗議する。その顔に、つい肩を揺らしてしまう。

 私は彼女――紫という玉を、よくからかって遊んでいた。


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