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神薙  作者: 猫ざらし
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27.蟒蛇(1)


「哀れだな。感情も、善悪も。冷たい法則に従って消えていくだけ」

「…………綴、さん?」


 目の前に立っているのは、間違いなく綴さんなのに。なんだこの違和感は。

 ナカメの本能が、警鐘を鳴らす。この人は、綴さんじゃない。


「さすがは妖狐。十分な成果を果たしてくれた。その無念、私が果たしてやるとしよう」


 逃げろ。だめだ、体がまだ動かない。

 地面に伏したナカメの前で、綴の手が地を撫でる。そこはさきほど、玉藻前が灰となって消えた場所。

 嫌な予感が、背中を伝った。


 ――嘘だ。そんなこと、絶対にあっちゃいけない。


「……起きなさい。玉藻前」


 綴の言葉に、土の中から何かが這い上がる。硬い土の軋む音。それは泥人形のように、人の背ほどの高さとなり。そして──。


「主様……ふふふ……あはははは! どうして生き返られるのが、あなただけだと思ったのかしら? さぁ、続きをしましょう。不死のお前と、不死のあたしで」


 目の前に立っていたのは、間違いなく先ほど倒したはずの、玉藻前だった。


「そんな……玉藻前が、どうして…………!?」

「その怯えた目、唆るねぇ。もっと近くで見せてちょうだい! さぁ――――ぎ、あ」


 玉藻前の手が、ナカメに触れようとした瞬間。肉が潰れる音。同時に、玉藻前が何かに飲み込まれる。


「ひ、ッ…………!?」


 ナカメの目の前に現れる、巨大な青銅の鱗。それは、綴の右腕だった。綴の右腕が龍の顎のように開き、玉藻前が立っていた場所を丸ごと飲み込んだのだ。


「――私の力となって、ともに生きるのだ。妖狐よ」


 綴の、耽美な声は冷たく、思わずナカメが息をのむ。すると綴が、ナカメを見下ろした。


「なぁ人よ。生物の価値は、その行動によってのみ決まると思わないか?」


 やっぱり、この人は綴さんじゃない。この人が玉藻前の封印を解いた黒幕だ。


「会いたかったぞ、中六巡。お前にとってははじめましてだな。私の名前は蟒蛇(うわばみ)。お前のことは、ずっと昔から知っていた」


 蟒蛇が、藤色の目隠しの下で、微笑んだ。


「どうして妖狐の封印を解いたの……それに、綴さんは……」

「さぁ、どうしてだろうね」


 対峙しながらも、ナカメは死を直感していた。不死の力を持ってしても勝てない何かを、綴の中。蟒蛇に感じるのだ。


「無限の命は、ただの停滞。力というのは、適応のことだと私は思う。だがお前の母親は、それができなかった。哀れなものだな」

「私のお母さんを、知っているの……?」

「玄月から聞いていないのか、可哀想に。お前の母親は私の子だ……そして、父親ともども玄月に殺された」

「え」


 玄月様が、私の両親を殺した? そんなはずはない。だって玄月様は、私を助けてくれた。私に、神薙について教えてくれて――。


「やはり神薙というものはろくでもない。お前はずっと騙されていたのだ。不死の力を、神薙が良いように使うためにな」


 耳を貸すな。目の前にいるのは、間違いなく魔そのもの。人間を食らう化け物。


「私は玄月……そして、神薙が許せないのだ。自分たちの力のためなら、どんな犠牲も厭わない。そして何より、私の大切な子の命を奪ったことが」


 デジ子や玄月様も言っていた。トロッコ問題だと。大多数を助けるためなら、少数の犠牲はやむを得ない。神薙はそういった組織なのだと。


「中六巡。私と一緒に戦わないか。私の子であり、お前の大切な母親を奪った、神薙と」


 綴――蟒蛇が、手を差し伸べる。風に揺れて、顔を覆っていた藤色の布がはためいた。下からのぞくのは、いつか見た透明な瞳。ワダツミと同じ、ガラス玉のような瞳だった。


「私、は……神薙を……」


 蟒蛇の思想には、どうしてか深く共感できる。神薙が生み出し続けた、玉をつくりだすための数多の生贄。だが、神薙さえいなくなれば、生贄なんて生まれない。琥珀のような囮だって存在しなかったかもしれない。神薙さえ殺してしまえば――。


「――ナカメっ!」


 琥珀の声。頬をはたかれた。

 顔をあげると、ナカメの目の前にはデジ子の後ろ姿。デジ子の体から伸びた幹が、ナカメを飲み込もうと迫る蟒蛇の巨大な口を、食い止めていた。


「寝ぼけてんじゃないわよ!」


 ナカメの頬を叩いたのは、琥珀だった。


「蟒蛇は……」

「あの目を直視したらだめ! どうなっているか知らないけど、あれは綴さんの力。あの目を見てしまったら、操られる」


 琥珀の言葉に、はっとする。神薙を殺していいなんて、そんなはずがない。玄月様、萬様、デジ子に琥珀。みんなで一緒に戦っているんだ。何を迷ってるんだ。


「ふふ、心は脆いのだな。人間のなりそこない。そして、私の片割れよ」


 蟒蛇が笑う。


「だが、私の話は本当だ。お前の両親を殺したのは玄月。嘘ではない」


 真に受けちゃだめだ。そう思っているのに、考えてしまう。自分の力の意味を。どうして私は、玄月様と同じ力が使えるのか。どうして、不死身なのか。私は、どうしてここにいるんだ。私の家族を奪ったのは、誰なんだ――。


「ナカメ、あなたらしくないですね」


 デジ子が、腕のような巨木で蟒蛇を投げ飛ばす。


「死に急いでばかりいるあなたは、見ていられませんでした。生きた心地がしないものですから。ですが、じっと落ち込んでいるあなたは、もっと見ていられないものですね」


 デジ子の木から生まれた巨大な鳥が、羽を広げる。


「聞きたいことは、玄月様に直接聞きなさい」

「デジ子、でも蟒蛇がっ……」


 木鳥のかぎ爪が、ナカメの両肩を鷲掴みにする。大きく羽ばたいて、向かう先は玄月のもと。どんどんとデジ子の姿が遠ざかっていく。


「それくらいの時間なら、神薙の『先輩』である私が、稼いであげますから」


 先輩という言葉をやたら強調するデジ子に、琥珀が笑った。


「デジ子さん、先輩になりたかったんですか?」

「ナカメより私の方が年上ですから」


 デジ子に吹っ飛ばされた蟒蛇が、瓦礫をかき分けて起きあがる。


「来ますよ。琥珀もまだ戦えますね」

「もちろんですよ、デジ子先輩」


 蟒蛇の体は、少しも傷ついていなかった。無傷どころか、蟒蛇の左腕は右腕と同じように異形と化して。まるで腕が八本生えた、鬼のような様相。


「有象無象がわらわらと。ひとりずつ飲み込んでやろう」

《木霊千手──神楽》


 大樹が絡み合って生み出す木像。巨大な観音像が、蟒蛇の体を叩きつぶす。


「デジ子さんって、見かけによらずパワー系ですね……」

「倒せればなんでもいいじゃないですか」


 だが、叩きつぶしたはずの観音像の手のひらが、軋む音を立てて徐々に押し返される。


「玄月の木子か……なかなか面白い力だな。玉藻前もお前がいなければ、やられることはなかっただろう」

「やっぱり、一筋縄ではいきませんか」


 観音像を押し返していた蟒蛇の腕がさらに変形し、無数の魔物の頭を模る。そして、観音像を齧りはじめた。


 ――力を食われる……!


 咄嗟に、デジ子が蟒蛇を叩き潰していた観音像の腕を腐らせる。


「素早い判断力と、応用力。玄月が手放したがらない理由もわかる。だが、戦闘力には欠けるようだな。大ぶりな物量攻撃がその証拠だ」


 瞬間。蟒蛇の姿が消えた。否、目で追えなくなった。


「まずはひとり」


 瞬きした瞬間に、デジ子の目の前に蟒蛇が現れる。デジ子を飲み込まんと開いた口。避けられる距離ではない。だが――。


「ちょっとあたしのこと、無視しないでくれる!? むかつくんだけど、この触手化け物!」


 再び人狼の姿となった琥珀が火炎を纏い、萬の斧で蟒蛇を薙ぎ払う。


「裏方役でも、ふたりいれば十分強敵でしょ」

「私も裏方扱いですか?」


 琥珀の斧にデジ子の蔦が絡まり、巨大な棍棒のように姿を変える。


「琥珀さんの筋肉と繋げました。多少は扱いやすくなるはずです。私のことまで燃やさないでくださいね」

「任せてください! あの化け物のこと、これで一発ぶん殴ってやります」


 人の子の力になりたい。そう願って生きてきた木子にとって。琥珀もまた、守りたい人の子なのだった。


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