43 戦うな、話を聞け
施設の壁に掛けられていた絵を見て、第一王子は悲痛な表情を浮かべた。その後すぐに絵の書かれた当時の、疫病が起きた時代の記録を施設長に頼んでいた。
あまりのいつもの違う姿に唖然としてしまったが、そんな僕に彼は目線を向けた。
「ペンシュラ伯、君も手伝え」
「……え」
「何を狼狽えているんだ。君も疫病が起きた時代に何があったか、調べてくれと言っているんだ」
その言葉遣いは、姿は先ほどのふざけた第一王子とは違う。……第二王子から話は聞いていたが、本当に二重人格の様だ。そんな彼が混乱したこの絵……470年前、絵で見るに4、50代の中年の男性。
精霊に召喚された聖女シルトラリアが、建国する前に存在した、精霊に敗北した国の王太子。そんな男がゲドナの王女と婚姻をしていたとは。470年前だから、既に旧ハリエドは無く、王太子だったこの男も地位がなくなっている筈だ。僕は絵を見ながら、第一王子に話しかけた。
「何故この王太子は、ゲドナ王女の夫になったのでしょうか」
「……分からない。だがこの王太子は現ハリエドが建国された際、自ら望んで城の使用人に成り下がったんだ」
「元王太子が!?」
それまで何不自由ない暮らしをしていた王族が、自分の立場を奪った相手の世話を望むなんて有り得るのか?思わず声を荒げてしまった僕に、第一王子は悲しそうに微笑んだ。
「父親だった王は愚かな男だったが、王太子はとても心優しい人だったんだ。だから精霊が虐殺されたのを人一倍憐れみ、俺と一緒に王へ何度も戦争をやめるよう説得していた。……それも聞く耳を持たれず……最終的には自ら仲間を集い内乱を起こし、自分の父親を殺している」
「…………」
……父親を殺す。その言葉が胸に、強い痛みを生み出す。
「優しいだけで剣の才も頭脳もないから、せめて国の為に最後まで生きたいと。そう笑っていた。……シルトラリアと俺が死んた後も、そのままハリエドで余生を過ごしたと思っていたが」
「……その王太子が、ゲドナ国で王女の夫になっていた」
第一王子は僕の言葉に頷いた。その直後、施設長がやけに古い資料を重たそうに両手で持ちやってきた。そのまま僕たちは別室に移動し、施設長はテーブルにその資料を大きな音を出して置いた。
「いやぁ〜重たかった!!うちにある当時の資料をお持ちいたしました。流石に極秘のものは難しいですが……」
「いいえ、感謝します施設長」
第一王子は早速資料を手に取り、疫病が流行した時代の資料を読み始める。その資料に目を向けたまま口を開いた。
「……やはり変だ。疫病が流行してから、たった数ヶ月で患者数が0になっている」
僕は第一王子の持つ資料を横から覗き見て、患者数の変動具合に驚いた。
「当時のゲドナ国は現在ほどの医療技術はない。当時の技術で疫病がそこまで早く鎮まるなんて、有り得ないですね」
「その通りだ。……それにこの患者数が0人になったこの日付は、当時のゲドナ王妃……聖女キルアが病死した日だ」
「聖女キルア……確か剣聖と呼ばれた女性でしたよね?」
聖女キルア。ゲドナ国の王妃であり、戦いの加護を持つ聖女だった女性だ。聖女でありながら剣の才能に優れ、今の貿易に優れたゲドナ国の基盤を作った女性。
第一王子はその聖女の名前を告げる時、少し躊躇いながら口にした。500年前の宰相だった時代に、知り合いだったのだろうか?僕の反応に気付いたのか、こちらを見て苦笑いする。
「……当時のシトラの数少ない友人の一人だ。年齢が離れているからか、聖女キルアを姉のように慕っていたよ」
その言葉を聞いて、僕は少し前の出来事を思い出した。……シトラが500年前の記憶を全て思い出した時、まず一番にしたのは歴史を調べる事だった。その中の内容で、彼女が涙を堪える様な姿を見せていたのだ。周りにいた僕も他の友人も心配したが、すぐに元の元気な彼女に戻ってしまったので、結局何も聞けなかった。……あれは、この聖女の生涯を知ったからなのだろう。
……僕は、500年前のシトラを歴史の内容でしか知らない。だから、あの彼女が戦争で人間を殺していたとか、ハリエド国を建国したと理解していても、その薄暗い歴史を彼女がしたと信じれなかった。
だが、建国祭での開会式で、彼女は壇上で威厳のある姿を見せてきた。……僕の知らない彼女がいる。僕が触れられない彼女がいる。
「……でも、これからは触れられる」
「ペンシュラ伯?」
吐いた独り言に、第一王子はこちらを伺う。……僕は目の前の資料を手に取り、そのまま読み始める。先程の第一王子の様に、目線を合わせず口を開いた。
「僕を使うなんて、後で何を求められるか分かったもんじゃないですよ」
不敬罪と取られても可笑しくない言葉を吐く僕に、第一王子は驚いた様に目を開く。
だがすぐに、皮肉そうな笑みに変わった。
「恋愛事以外なら、何でも叶えるさ」
そう放つ彼女の過去の男に、僕は持っていた資料を皺にした。
◆◆◆
目の前に、13歳か?と疑いたくなるほどに威厳のあるルーベンがいる。随分と大人びているが、顔が近づけは年相応の幼さが目立った。……だがエメラルドの瞳がギラついて、此方を真っ直ぐ見ているものだから、目の前の少年が男に見えてしまいそうになる。
そのまま腹に置かれた手が、違う方へ行こうと動き出している。……これはまずい、本当にまずい。このままでは私はルーベンと大人の階段をのぼってしまう。もう三段跳び位で行ってしまう。私はどうにか止めようと、震える口を動かす。
「ル、ルーベンあ、あああの、本当に、はっ話聞いてむぐっ」
「黙っててくれないか」
なんとか言い訳をしようとする私の口に、ルーベンは引き裂かれた服の布を無理矢理押し込んだ。その所為でそれ以上声を出すことも出来ないし、吐き出そうにも詰め込まれ過ぎてすぐには難しい。
………はい無理ー!!もう終わったね!私の貞操はここで終了したね!!このままルーベンと大人の階段のぼっちゃうんだ!そして牢屋に入れられて一生出れないんだ!まさか二度目の人生がこんな詰んだものになるなんて、思わなかったやーい!もっと女子に優しくしろやーい!クソくらえーい!!
「ふがむがフゴッ!グギュ!!」
「……今から襲われるのに、泣きもせず呑気だな君は」
くぐもった声しか出せないので、それをいい事にルーベンへ罵倒を叫んでいると、ルーベンは呆れた様な表情を向けてくる。いいぞいいぞ!色気のない声に呆れて萎えてしまえ!!
だがその直後、覆いかぶさるルーベンの後ろから、美しい紫の目が光った。
剣をベッド下に落としていたルーベンは、腰につけていた短剣で後ろからの攻撃を受け止める。抑えきれない程の力だった様で、受け止めた短剣はヒビが入る。そのまま誰かは後ろに一度下がり、そのお陰で姿を見る事が出来た。
紫の目は、後ろからルーベンを襲ったのはガヴェインだった。理性を失った様に瞳孔を開き、低い唸り声を上げている。まるで、自分を殺そうとしていた時と同じ姿の様で、思わず生唾を呑み込んでしまう。
受け止めた短剣を見て、ルーベンは嘲笑いながらガヴェインを見る。
「さっきとは大違いだな。まるで獣じゃないか」
ガヴェインはルーベンの言葉に反応せず、再び剣を構える。どうやら怒りが頂点に達している様で、このままだとゲドナ国の王太子を傷つけ、聖騎士の称号を剥奪される可能性だってある。どうにか止めるために、私は口に埋められた布を気合いで押し出そうとする。そうこうしている間に、ベッドから降りたルーベンは床に落ちた剣を取り、同じくガヴェインへ向けて構える。
「はるか昔に絶滅した、戦闘力を誇る狼の獣人と本気で戦えるなんて。戦いの神も嫉妬しそうだな」
そのまま二人は、眼光鋭くお互いを見た。ルーベンに至っては楽しそうに口元に弧を描いている。張り詰めた空気に、私まで緊張して額に汗が浮かんでしまう。……そのまま二人の呼吸が一瞬止まった後、剣が強く当たる音が聞こえた。
何度目かの当たる音の後、ようやく口から布を吐き出した私は咳き込みながら二人を見る。
……そして目の前の光景に、大きく深呼吸をする。
「いいから!!話を!!聞けぇぇぇーーーーー!!!!」




