39 話し合い
私は荒い呼吸をしながら、目の前にいる金髪碧眼の女性に木刀を向ける。もう何度吹き飛ばされたか分からない、身体中が痛いし、木刀を持つ手も震えている。もう無理だ!もうやってられない死ぬ!私は半泣きになりながら女性に向かって叫ぶ。
『ねぇキルア!もう止めようよ〜〜!!』
『まだ10分しか経っていないじゃない』
『10分も経ってるんだよ〜〜〜!!』
彼女はこちらとは違い、疲れを一切感じられない声だ。そのままキルアは、木刀を持ちジリジリとこちらへ狙いを定めていく。……やはりまだやるのか。キルアは鋭い目線を向けながら口を開いた。
『シルトラリア、貴女は魔法に頼りすぎなのよ。弓は使えるけれど、近距離で襲われたら何もできない。魔法は呪文が必要で、近距離で攻撃されたら唱える時間もないわ』
『うっ……』
『建国したばかりのハリエド国で、右も左も分からない貴女を狙う輩だっている。近距離攻撃、覚えておくに越した事はないでしょう?』
もっともな意見に、私は何も言えずに顔を苦くさせる。……そして、そのまま狙いを定めてこちらへやって来る友人に、私はヤケクソになりながら叫んだ。
『精霊達に守ってもらうから!いいもんねーだ!!!』
その私の叫び声に、彼女以外の笑い声が聴こえた気がした。
「娘よ!ちゃんと聞いてるのか!?」
「わっ!?」
急に目の前に現れたディランの顔に、私は驚いて椅子から落ちそうになる。辺りを見回せば宿の食堂で、席に座る仲間達は私を呆れた表情で見ていた。
どうやら話し合いの途中で物思いにふけていたらしい。……しかし、随分懐かしい記憶を思い出していたな。500年間のゲドナ国の聖女姫。その後義理の父と婚姻し、ゲドナ王妃となった女性。魔法に頼りきりだった私を見かねて、よくハリエドにやって来ては剣術を叩き込まれていた。その剣術はウィリアムも舌を巻くほどで、ゲドナでは聖女の他に剣聖とも呼ばれていた女性だった。……まぁ、あそこまで教えてもらったのに、結局アイザックに刺された際には何も力を出せなかったが。
私は苦笑いをしながら頬を掻く。顔を近づけていたディランは、呆れた表情をしながら離れた。
「ゲドナ国へ入国してから、俺様達を監視する猫の獣人がいるんだ」
「へぇ〜猫の…………猫の獣人!?」
ガヴェイン以外に獣人族って生存していたの!?私は大声を出して立ち上がると、皆は更に呆れた表情になっていく。しまった、全く話を聞いていなかった事がバレてしまった。私はゆっくりと席に座り、額に汗を流しながら下を向く。
そんな情けない私の頭に、ふわりと優しく手が乗せられた。思わずその方を見ると、美しい顔面で微笑むアイザックが頭を撫でてくれていた。食堂にいた周りの客も、見惚れて食器を落としている。
「そんなしょげなくても、もう一度話すから」
「ア、アイザックぅ………」
なんて優しい男なんだ、二度も私を刺したけど!
アイザックはそのまま、聞いていなかった私の為にもう一度説明してくれる。なんて分かりやすい説明で、優しく教えてくれるんだ!二度も刺した癖に!!
話を要約すると、昨夜、アイザックとガヴェインが、ゲドナ国に来てから感じていた気配の捜索をしていた所、その猫の獣人に出会ったそうだ。誰かに頼まれて私達を監視している猫の獣人は、すぐに姿を消してしまったと言う。
「何で、私達を監視する必要があるんだろ?」
「それは分からない。ただ、今日のゲドナ王の事もあるし、あの猫の獣人が関わっている可能性もある。……だから、シトラとリリアーナ嬢は、今日からアメリアと夜を過ごしてほしい」
アイザックの言葉に、アメリアも頷く。……なるほど、魔法が使えない私とリリアーナを守る為か。でもそれはアメリアに負担が掛かりすぎではないだろうか?猫の獣人は、狼ほどではないが戦闘力もある。上位精霊のアメリアとて、二人を守りながら戦うのは無理がある。かといって魔法で防御魔法を私達に施したとしても、攻撃ではなく囚われる可能性もある。私は可能性を一つ一つ潰していき、そして妙案を思いつき皆を見た。
「私、ガヴェインと夜を過ごすよ」
「は!?」
私の提案に、今度はガヴェインが叫び立ち上がる。人目があるので、フードで隠していた耳が出そうになるのを慌てて直し、そして真っ赤になりながら私を凝視している。頭を撫でていたアイザックは手を止めて、そのまま手は私の肩を掴んだ。なんか強い、笑顔が怖い。
「………どうして、ガヴェインなんだ?」
「だって、アメリアさんに私達二人分を守って貰うのは酷でしょ?アメリアさんにはリリアーナを守ってもらって、私は自分の騎士に守ってもらうよ」
「で、でも別にガヴェインじゃなくても」
「何で?ガヴェインは神の言葉で攻撃できるし、条約には「聖女聖人が他国での魔法を禁じる」ってだけで、使者の加護を持つガヴェインは関係ないでしょ?」
「………そ、そうだけど」
アイザックは何も言えないのか声を濁す。しかし今度はリリアーナが机を強く叩き、何故か怒りの表情を向けている。皆、感情豊かだなぁ。
「駄犬がお姉様を!襲うかもしれないじゃないですか!!!」
その怒声にガヴェイン以外が大きく頷いた。えぇ〜絶対ないってそれは。確かにガヴェインは短気だから、前みたいに怒らせると何するか分かったもんじゃないが。怒らせなければいいのだろう?余裕だ余裕、礼儀正しい日本人の血を舐めてもらっちゃあ困る。私はリリアーナに笑いかける。
「もぉリリアーナったら〜!ガヴェインは何もしないよ!」
「お姉様を亡き者にする為に!あ、あああんな濃厚な口付けをする男がですか!?」
「あ〜なんかあったね〜懐かしいなぁ、何年前だっけ?」
「まだ1年前ですが!?」
えぇ〜そんな最近だったのか。あの頃の何でもキャンキャン吠えていたガヴェインが、今では真面目に聖騎士として働いてるなんて、何だか感慨深い。まるで子供が成人した時みたいな気持ちだ。500年前も今も子供はいないが。
その後も皆に提案を却下されたが、私はことごとく言い返していった。あまりにも言い負かしていくので、ウィリアムは「何でこういう時にだけ頭が回るんだ!」と失礼な事を言っていた。
確かに未婚の男女が同じ部屋で過ごすのはよろしくないが、かと言ってガヴェイン以外いないのだ。ディランみたいに全裸で抱いて寝てきたり、アイザックやウィリアムの様に眩しすぎてサングラス必須になる事もない。今朝も足元でうずくまっていただけだし、現状この男達の中で一番まともだ。それに!それに耳を好きなだけモフモフできるのだ!素晴らしい!!周りが私に説得をする中、ガヴェインだけは下を向いて耳、というかフードを激しく動かしていた。はっはっは!面倒事が嫌いなガヴェイン君、悪いが私の騎士なのだから時間外労働を頼むよ!
食堂で食事を終え、私は不貞腐れている皆に苦笑いしながらガヴェインを見る。
「じゃあ、寝る準備してそっち行くね。確かそっちベッド二つあったよね?一つ借りるね」
「…………おう」
ぶっきらぼうに声を出したガヴェインは、そのまま自分の部屋に向かっていった。ディランやウィリアム、アイザックは私を唖然とした表情で見る。いや、私はお前らに唖然だよ。よくも毎朝全裸やら両側から眩しくさせたりしてきたな。
私は彼らを放って自分の部屋に戻る。全く、心配性な仲間達だ。ガヴェインがそんな不埒な事をするわけないのに。
そのまま風呂に入ろうと、服のボタンに触れた所で……私は、窓を開けたまま部屋から出でいないのに、窓が開いて夜風が入り込んでいる事に気づく。…………背中に、冷たい冷気が当たる。
「聖女王……いや、今はシトラなんだっけか?」
後ろから聞こえる声に振り向こうとしたが、何故かそれが出来ない。恐らく後ろの男の所為だ。まさかこの声の主が、昨日アイザック達が出会った猫の獣人か?
……しまった。昨日の今日で、まさか自分の部屋に入り込むとは思わなかった。しかも部屋の外には仲間もいるが、この男に誰も気づいていない。恐らく、この男は気配を消せるのに、昨日まで私達に気づかせる為に、わざと気配を消していなかったのだろう。ボタンに触れていた手に冷や汗が出てくる。そんな私の姿に、後ろの男は笑う。
「アンタを襲ったりしねぇよ。安心しろ」
「………じゃあ、何しに来たの?」
口だけは動くので、私は後ろの男へ問いかけた。それには男は深呼吸を一回して、そして私の元へ一歩進む。
「ゲドナ王だが、助けたいならゲドナ王族を辿れ」
「なっ」
「城の中を探れば自ずと、真実が分かる」
何でこの男が、ゲドナ王の近状を知っているんだ。外にいる仲間に叫んで捕まえてもらうか?だがこんな男が、そう易々と捕まってくれるとは思えない。現に昨夜、ガヴェインとアイザックから逃げ果せているのだから。
……心臓の音が五月蝿い。何者かわからない恐ろしさはあるが、でも何故か、この男は嘘は言わないと確信できてしまう。何故かわからないが……懐かしい気がする。
「……私と、会ったことある?」
再び問いかけた言葉に、男は無言になる。
だがすぐにそれは、鼻で笑うものに変わった。
「悪ぃが、そんな安っぽい口説き方されても、俺にはもう女がいるんでね」
その言葉の後、目の前のカーテンが急に靡き目を瞑る。そして体が動くようになったので、すぐに私は後ろを向いた。……だが、そこには男はいなかった。
「………「ゲドナ王族を辿れ」か」
私は男のいた場所を見て、告げた言葉をもう一度繰り返した。




