34 やっと行けます
まさか、公爵令嬢でありこの国を建国した聖女に、金を要求されるとは思わなかった。そんなにもハリソン家は困窮しているのかと思えばそうではなく。何やら自分の力で、もしくはあの公爵が嫌がった事を実行しようとしているのか。どちらにせよ、国に迷惑をかけなければそれでいい。
……私は、とある一枚の写真を眺めて、これ以上ないほどに蕩けた表情を向ける我が妻、カミラを見る。シトラ嬢との初めてのツーショット写真で、自分との婚姻時に撮った写真よりも喜んでいるし、また寝室に持って来ている。もう何枚目だ。……夫が、ベッドの上で待っているのに、全くこちらを見ない妻へ呼びかける。
「……カミラ」
「はぁ〜今日はなんて素晴らしい日なんだろうまさか生身の推しと話せて聖地巡礼もして推しに課金ができて!しかもコラ写真じゃないツーショット写真を撮らせて貰えるなんて!今日を記念日にしなきゃなんて名前にしようかな「シトラたん三次元に存在した記念日」とかどうかないやー味気ないかなじゃあ「花よりシトラたん記念日」の方がオシャレかなウッヒョまさか私がオシャレとか言う日が来るなんてこれも全てシトラた」
「カミラ〜〜〜〜???」
「うにゃ!?」
永遠と喋り続けそうな妻に、私は腕を引っ張り自分の元へ連れて来る。衝撃で宙に浮いた写真をベット近くのサイドテーブルに置き、そのまま胸の中にいる妻の顔を無理矢理こちらへ向かせる。
「そろそろ、私にも構ってくれない?」
「…………あっ、えっ、えっと」
恥ずかしそうに頬を染める、自分しか映さない美しい赤い瞳に。
……あの聖女よりも、自分の方が先にこの瞳に惚れたのだと。そう言いたい気持ちを抑えて、愛おしい妻に口付けを落とした。
◆◆◆
まさか国からお金を頂く事になるとは思わなかったが、何はともあれ無事に旅費を獲得した私は、カーター家が保有する旅客船に乗りゲドナ国へ向かっている。
500年前にはハリエドはここまでの設備はなく陸路だったので、海で向かうのは初めてだ。普段のドレスと違い今回は平民の服を着ているし、何だか昔の他国への挨拶回りを思い出して胸が高鳴る。
「ゲドナ国へは、明日の朝着くみたいだね」
甲板で海を眺めていた私に、リアムが美しい微笑みを向ける。私はそれに応えるように笑顔を向けた。
「流石船は早いですね!いやーまさか、リアム様にお会いするとは思いませんでした。ゲドナへは仕事ですか?」
「ハリエドとの貿易を整えたのは僕だからね。その後どうなっているのか確認する為に、今回ゲドナ国へ行くんだけれど。まさかシトラ達がいるとは思わなかったよ。……本当、危うく抜け駆けされる所だったなぁ」
そう、私達がゲドナ行きの船に乗る際、偶然同じく仕事で向かうリアムに出会ったのだ。リアムもまさか私がここにいると思わなかったのか大層驚いていたが、その後ろにいる面々を見ると顔を歪ませていた。前回ディランに酷い目に遭っていたので、多分ディランを見ていたんだろう。大丈夫、もう指一本触れさせないから!
今回の旅の内容をリアムへ伝えると、笑顔で「何がどうなって、そうなった?」とアイザックと同じ事を言ってきたので、やはり血が繋がった家族なのだと思った。二人とも他人の様に接しているが。
「でも折角他国へ行くんだから、観光も楽しむといいんじゃない?ゲドナ国は、歴代の聖女が残した遺物が展示されている博物館もあるよ」
「あ!そこ行きたいと思ってたんですよ〜〜昔仲良かった友達の、遺品見たくて!」
「……すごい理由だね」
私の返しに苦笑いを浮かべるリアムだが、友人の遺品が見たい理由以外に、実はもう一つある。
……私が過去も現在も、二度刺された際に使われた短剣。実はあの短剣は、過去にいたゲドナ聖女が神より賜ったとされるものなのだ。元はその博物館に置かれていたものだが、様々な理由があり受け取り、返す事が出来なかった。丁度アイザックが持っていた短剣が古くなっていたので、返せないなら使ってもらおう!と短剣に掛けられている加護を封印して贈ったのだ。……まさか、それが仇となると思わなかったが。
その為今回は、国王に今回の旅費と、城で保管されていた短剣を譲ってもらった。短剣が欲しいと伝えた時のアイザックの表情は忘れない。自分が刺されるのではと酷く怯えてたな、私を何だと思ってるんだよ全く。
「僕も仕事が終わったら、君とゲドナ国を観光したいな。どう?」
「是非!一緒に色々見てまわりましょう!」
何度かゲドナ国へ行っているみたいだし、一回しか行ったことがない(それも500年前)の私よりも詳しいはずだ。私は笑顔でリアムの返事に答えると、目の前の彼は背後に薔薇を出しながら、色気たっぷりの微笑みを向けてくる。私達の近くで「はぁん!」と喘ぎ声のようなものを出して倒れる観光客がいるので、おそらくリアムの色気に当てられたのだろう。伯父のアイザックは芸術品のようで神々しいが、リアムは神々しさではなく官能的な色気だと思う。どちらにせよ迷惑な顔面であるに間違いないが。
リアムの色気に鼻血を出すのを抑えていると、背後から走ってこちらへ来る足音が聞こえた。複数人のその足音に後ろを振り向くと同時に、私は足が宙に浮かんだ。
「うぎゃ!?」
「娘よ!リリアーナ嬢が用意した部屋!物凄い広いし、なんか凄そうなフルーツが置かれていたぞ!!高いぞあれは!!」
「リリアーナ様、領主用の特別室を用意してくれたんですよ!すご〜く広くて!すご〜く豪華ですよ!!」
私を持ち上げるディランも、側にいるアメリアも目を輝かせて部屋の豪華さに興奮している。まるで子供の様な二人の態度に私は苦笑いをした。二人の後ろからリリアーナ、ウィリアム、アイザックにガヴェインもやって来て、ディラン達に呆れた表情をむけている。……いや、待てよ?ガヴェインお前、獣人である事を隠す為に被っているフード、めっちゃ動いていないか?ま、まさか……耳が激しく、動いているだと!?豪華な部屋にはしゃいでいるのか!?
「お二人とも!紳士淑女が恥ずかしいですわ!」
「馬鹿精霊ども、彼女を離せ近づくな馬鹿がうつる」
リリアーナとウィリアムが息のあった叱責をする。そのままウィリアムは、離すのを嫌がるディランの首ねっこを掴んで、無理矢理私から離した。
ウィリアムは宰相事件後、勝手に移動魔法で飛ばしたリリアーナに謝罪をしてから何故か意気投合したらしい。変態精霊と何が意気投合したのか聞いた際、リリアーナが「崇める方が同じなので、話が合いましたわ」と言っていたが、崇める方とはなんだ?まさかウィリアムが教祖をする「黒い霧」に加入したのか?お姉様許しませんよそれは!!地面に足をつける事ができた私に、アイザックが心配そうに見る。
「シトラ様、大丈夫ですか?」
「あ!また敬語!!」
私は頬を膨らませてアイザックを見る。聖女や聖人が他国へ行くのは、向かう王室に便りを出してから招かれるのが通常だ。だが今回は、禁断の恋をしているアメリアとイザークの為に騒ぎにする訳にはいかないので、お忍びでこっそりゲドナへ入国する。その為に皆は平民の服装をしているし、自分よりも年上に見え、そしてこの美形集団の中さえも、異次元の顔面のアイザックに敬語を使われるのも目立つので禁じた。ディランの娘呼びを辞めさせるのは無理だった。もう娘でいいわ。アイザックは慌てた表情をして、目線を横にする。
「ごめん……人前だと、つい癖で」
「もー!二人っきりの時みたいに話せばいいだけじゃん!」
「そ、そうなんだけど……」
「次敬語だったら、この旅では私はアイザックを「お父さん」って呼ぶからね」
「それは絶対に嫌だ!!」
真っ青になりながら嫌がるので、流石に20代に見える男が、15歳の娘のお父さんなのも可笑しいかと考える。敬語をやめさせる事ができる、嫌な呼ばれ方。……ふと、頭に思い浮かぶ言葉を私は唱える。
「よし、変えよう」
「え?」
「よくよく考えたら、15歳の娘を持つ人に見えないもんね。次敬語だったら、この旅で私はアイザックを「旦那様」って呼ぶ!」
「…………だんっ」
おうおう?吃ったな!?こんなしょーもない女の夫と思われるのは嫌だろう!?どうした顔を下げて?嫌すぎて顔が歪んでいるのかな?私はにやけながらアイザックの顔を覗き見ようとしたが、それを何故かディランに止められた。先程までアメリアと目を輝かせていたのに、アメリアと共に今は真剣な表情でこちらを見ている。
「娘よ、そんな調子だと本当に襲われるぞ」
「うん?」
「シトラ様、言葉で人は狂わせる事ができるんです」
「……ほ、ほぉ?」
諭される様に言われているが、ちょっと何言ってるか意味が分からない。旦那様はふさげ過ぎたという事だろうか?ガヴェインとリアムがアイザックの背中を何回も叩いているが、それは痛くないのだろうか?




