33 隠し部屋へ
「まさかこんな陰キャの引き篭もり場所に用事があるとか何イベント?イベントに入ったの今?目の前に生身のシトラたんがいるハワワ直視したいけど出来ない!相変わらず同じ髪色なのに艶も違うしえっ?えっ髪型変わってない?いつ変えたの何で皆教えてくれないのえっちょ写真撮らなきゃ!でも目の前でカメラ持っていきなり写真撮ったらシトラたん吃驚しちゃうよねこんな王妃マジないわとか思っちゃうよね抑えろ抑えるんだ私!そうか目に焼き付ければ良いんだアッでも直視出来ないん」
「母上!!!」
呪文の様に、息継ぎする事もなく目の前の王妃は、頬を赤くしながら子うさぎの様に震えている。どうやら私を嫌いでないのだけは理解できたので、それはよかった。ちょっと引いたけど。
我が国の国王の妻、カミラ王妃の生まれは友好国の一つであるサヴィリエ国であり、かつて存在したサヴィリエの加護持ちの技術と知識のお陰で、今なお他の諸外国より遥かに先進した国だ。何でも電子機器や、普通に携帯電話とかも存在するらしい。前に住んでいた世界と同じ位の文明を持つ唯一の国だと思う。……そういえば、500年前にその加護持ちの男と関わりがあったが、結構なオタクだったなぁ……まさかその後の国民性にも影響するとは。
ギルベルトに叱責され、ようやく意識をこちらに向けてくれた王妃は、震える手で紅茶のカップを持ちながら私を見つめ……ない。目線だけ下を向いている。
「そっ、そそそれで、この薔薇園に何か、御用があるとか……?」
「えっと、薔薇園というより、薔薇園が立っている土地といいますか。500年前に私がこの土地に隠し部屋を作っておりまして、その部屋に置いた物を取りに来たのです」
「え!?推しの所有物がここにあるの!?聖地だったのここ!?」
「母上……」
ギルベルトは呆れて、もう名前を言う事しか出来ない様だ。……た、確かに想像していた王妃様とは全く違うし、ちょっと私に似ている様な気もするが。驚愕した表情の王妃に、私は頷きまっすぐ見つめた。その所為なのか王妃は「眼球が溶けるぅ」と言いながら更に頬が赤くなっているが、もう気にしているとキリがない。
「薔薇達は傷つけない様に致しますので、温室の中を詳しく見せていただいてよろしいでしょうか?」
「ももも勿論!あ、あわよくば、あわよくば私も、その……聖地巡礼させてほしい………です」
「巡礼……?も、勿論です王妃様!!」
私達の対話に、ギルベルトは声を出すのもやめた。
そのまま私は、薔薇園の床を見て、目印としていたハリエド国王族の紋章が描かれたタイルを探す。時間がかかると思っていたが、通路の真ん中にあったので簡単に見つける事が出来た。一緒に探していた王妃とギルベルトも、床に描かれている古い紋章に驚いている。
「こんな紋章、毎日ここに居て初めて見たわ」
「阻害魔法で見つけられない様にしているんです」
そのまま私は紋章のある箇所を押す。紋章のある床のタイルが沈み、私はそのまま呪文を唱えた。すると金色の魔法陣が床に浮かび上がり、地面が揺れる。ギルベルト達は驚いてバランスを取っていたが、紋章のあったタイル周辺が沈み、そのタイルで地下への階段が造られていった。
聖女の墓である階段より随分簡素な作りだが、それでも突然、薔薇園に地下通路が出来た事に二人は固まっていた。私はそんな姿を見て自慢げに笑う。
「さて、では私の秘密部屋にご案内します!」
500年ぶりに入ったので、老朽化を防ぐ魔法が切れてしまっているかと思ったが、そんな事もなく当時のままの姿で、階段も崩れる事なく保っていた。
国王だった私が、誰にも見つからずにのんびりと過ごしたいが為に改造した場所だったので、地下室の階段も墓の地下よりも短いし簡素なつくりだ。私達は明かりを持って階段を下り終えると、そこには墓と同じく硝子で出来た花畑が出迎える。500年前の戦争時火薬庫だったこの場所は、広さや高さなど全て墓と同じだが、違う所といえば全ての花が私の好きな藍色な事だろうか。しかし今では失恋の色だ。……まさか、失恋してから再びこの地に足を踏み入れる事になるとは。あの二股野郎、絶対許さねぇ。後ろでついて来ていた二人は、いきなり現れた花畑に驚いていた。
「薔薇園の下にこんなものがあったとは……」
「す、すごい……推しのイメージカラーの花畑……」
私は二人をそのままに、地下の奥へ足を進めていく。そこには無造作に置かれた大きな木箱があり、私はその木箱の蓋を開ける。……中には、500年前に賠償金として旧ハリエド国から頂いた金貨や武具が置かれている。いやー!無理矢理精霊達に寄越されたけど、どうしたらいいのか分かんなくて、面倒だからここに置いといたんだよね〜!流石に500年前の金貨は今は使えないけど、これを売れば今の相場でも旅の往復分位にはなるだろう。私がにやけているのを見て、ギルベルトは此方にやって来る。
「シトラ、それが用事ですか?一体何が………………」
「かつての戦争の賠償金の一部です!これを売れば今度の旅の足しになるかなって!」
私は笑顔でギルベルトの方を向くが、彼は驚愕の表情で木箱の中身を見ていた。どうしたのかと尋ねようとしたが、気づいたらこちらに来ていた王妃に両肩を掴まれる。先程まで吃って目線を逸らしていたのに、真っ青な表情で私を見ている。
「シトラた、シトラさん!!どうしてここに魔術鉄があるの!?」
「魔術鉄?」
何だそれは?私はそのまま王妃に肩を前後ろに揺らされていたが、額に汗を浮かべているギルベルトが答えを教えてくれた。
「この木箱の中にある武具に使われている鉄です。魔術により造られたもので、中位の魔法にも耐える事が出来ます。………対価が大きく禁忌の鉄と呼ばれ、諸外国との条約違反になるものです。世に出したりなんてしたら、我が国は条約違反で破滅します」
「え!?」
まさかそんな代物になっていたと思わず、私は大声を出してしまった。そんなもの売ったら一大事すぎるじゃないか!……だから戦争中、なんか人間皆頑丈だな、異世界凄いなと思った!!
……その後、人目につかない様に木箱は地下から運ばれ、一応専門家による鑑定をした結果、木箱に入っていた武具はやはり魔術鉄で出来たものだった。
それでだけでなく、金貨に描かれていた絵も当時の精霊との戦争を描いたものだったり、その他の装飾品など、全て世に出したらハリエド国が終了するほどの禁忌の品ばかりだった。
鑑定結果を確認する国王の前で、私は震えながら無言で立っている。ギルベルトと王妃、騒ぎを聞いたアイザックは、私の後ろで悲惨そうな表情を向けてくる。見てないで助けて。……全てを読み終わった国王は、いつも張り付いていた笑顔も忘れて、無表情で私を見る。
「シトラ嬢は、ハリエドを潰したいの?」
「滅相もございません!!!」
「でもこれ売ろうとしてたんだろう?」
「そ、それには深い事情がございまして!!!」
流石にイザークの父親である国王に、貴方の息子さんの息子さんを潰しに行くために、ゲドナ国行きますなんて言えない!!心で叫びながら唇を噛み締めていると、後ろから王妃が震える声を出した。
「あ……あなた………シトラさんは、悪気があってしたわけじゃ」
「悪気がなくてもあっても、あともう少しでハリエド国が条約違反で潰れる所だったんだぞ」
「……で、でも」
「カミラ……昔、シトラ嬢に心を救われてから崇拝し、私達の寝室にまで写真を持ってくる彼女を庇いたい気持ちはわかるが、それでもこれは大問題だ」
……私、王妃様に何かしたっけ?っていうか、夫婦の寝室にまで私の写真持って行ってるの?一応聖女だから、魔除けかな?効果無さそうな魔除けだな?
王妃は国王に何も言い返せないのか、下を向いて「推しを救えないなんて、息する意味とは?」とか何とか呟いている。他二名は目線で訴える中、国王から庇う王妃に感動して涙が出てきそうだ。もし私が牢屋に入る事が免れたらお茶菓子をお礼に贈らなくては。
国王は、そんな妻である王妃を見てため息を吐く。そしてそのまま、私を見て口を開いた。
「で、何がほしいんだい?」
「ほぇ?」
私の呆けた声に、国王は苦虫を噛み潰した様な表情を向ける。
「500年前の戦争での賠償金だ。まさか500年も放置されていたとは思わなかったが、それでも受け取った側の君はこの武具を好きに出来る権利がある。……だが、この品物は全てハリエドにとって最大の汚点だ。それならば、世に出ない為に君から奪うしかない」
「あぁ〜…………なるほど?」
「絶対分かってないだろう。……つまり、君の願いを最大限叶えるので、この賠償金の品物はうちに寄越せと言っているんだ」
呆れた様な声を出されながら、国王に提案された内容の意味を理解する。
だか、私は自分の建国したハリエドを潰す気など全くないし、危険なものなら自分で持っているより国に私た方が安全だと思っているので、別に特に願いも何も、寄付したいくらいなのだが。
……と、思った所で、自分がどうしてこの品物を売ろうとしたのか、その目的を思い出す。……そして、この願いをどう伝えたらいいのか分からず苦しむ表情を国王へ向ける。私の表情に国王は、緊張した表情でこちらを見た。
「………国を君に返す、以外で頼むよ?」
「い、いや……そうじゃなくて……」
じゃあ何だよ?と更に強張る表情を向けた国王に。
私は苦痛の表情のまま、絞り出す様に声を出す。
「…………お金…………ください………」
「…………………………」
部屋の温度が下がった。私は恥ずかしさのあまり、表情はそのままで顔が暑くなっていく。……暫く皆無言だったが、一番最初に意識を戻した王妃は、勢いよく部屋の扉を開き、外で待機していた使用人へ叫んだ。
「だ、誰か小切手を持ってきてちょうだい!!!推しが!!!推しが課金を望んでいるの!!!」




