26 追いかけっこ
500年前、ダニエルと一緒に考えた城下町の道を、移動魔法を唱えながら目の前の男を捕らえるべく駆け抜ける。
向こうも向こうで移動魔法を唱えながら、しかも私が降り立つ位置が手に取る様に分かるのか、力の方は私が強いのに全く追いつけない。私は男に向かって大きく舌打ちをして、肺に大きく空気を取り込む。
「待てやコラーーーー!!!大人しくしやがれーーーー!!!」
大司教兼イザーク第一王子、というかダニエルは右頬を腫らしながら、焦ったような表情を向けながら同じく叫ぶ。
「捕まったら何されるか分からないのに!大人しくできる訳ないだろ!?」
「うるせーー!!!アイザックの時みたいに攻撃魔法をぶっ放すだけだーー!!!」
「君は本当に脳筋すぎないか!?」
つい先ほど、私はダニエルに強烈な平手打ちを喰らわせた。目の前で建国の聖女が第一王子に暴力を振るったので、会場の貴族来賓達は騒然とした。平手打ちをされたダニエルは、最初こそ狼狽えたが再び私に何か言おうとしたので、私はもう一度平手打ちをしようとしたが咄嗟の防御魔法でそれを弾いた。
王子が魔法を使った事で更に周りは混乱し、この場にいるのは更に混乱を招くだけと思ったのか、ダニエルは移動魔法で姿を消した。それを私は追いかけた、そしたら奴も逃げた、そしたら私も追いかけた…………と、今ここ。
城下町の通路を移動しながら、私は目の前の男に叫ぶ。
「聖女の庭園で会ってた時の記憶も消しやがって!!この陰湿男!!!」
ダニエルの目の前に魔法で現れたが、捕まえる寸前の所で奴も魔法で避ける。庭園での記憶の事を言う私に、ダニエルは驚愕の表情を向けた。
「なんでそれを!?」
「そう簡単に魂の記憶は消えないんじゃい!!お陰で伸ばしてた髪を対価に差し出す羽目になったんだぞ!!」
「だから髪を短くしたのか!?可愛すぎて固まったじゃないか!!」
「どうもありがとう!!!」
「どういたしまして!!!」
国民も、建国の聖女と王子が叫びながら瞬間移動している事に呆然としている。
城下町に飾られた、聖女の色とされている藍色は、ダニエルが初めての舞踏会で私に贈ったドレスの色だった。私に似合うと言ってくれた、私が大好きになった色。……だが今は目障りすぎる。
ダニエルはそのまま移動し続け、城下町から教会へ向かった。外廊下を丁度通りかかっていたアメリアが、舞踏会にいるはずの私達が魔法で熾烈な追いかけっこをしているのを目撃して「うええええ!?」と胸を揺らしながら叫んでいた。ああもう、このままだと埒が明かない!
私は移動魔法をやめて、長々と呪文を唱え始める。その呪文と共に、私の右手に金色の光が集まっていく。……やがて其れは、光の弓となった。その弓を構え、私は目の前でちょこまかと動く奴に狙いを定め構える。構えた手にも光が集まり、其れは矢になった。私の姿を見てダニエルは顔を引き攣らせて慌て始める。
「おい待て!?それ戦争中に兵士にやってた魔法じゃ」
「死なない程度にしてやんよ!!受け取れええええい!!!」
そのまま私はダニエル目掛けて矢を放つ。
金の矢は周りを抉り取る様に吸い込み、そのまま真っ直ぐ奴の元へ向かう。慌てて防御魔法を唱えたダニエルだったが、其れでも聖女の弓には敵わないだろう。多分腕の骨は折れるな。
……と、思っていたら、ダニエルの目の前に白服の騎士団員が現れ、寸前の所で自身の構える剣で矢を止めた。ダニエルと私はその人物に驚く。
「ウィリアム!?」
ダニエルの呼びかけに返事をせず、ウィリアムは険しい表情をしながら矢を止めているが、力技で止めているので剣は堪えきれないのか、ヒビの入る音が聞こえる。ウィリアムは後ろで呆けているダニエルに鋭い目を向けた。
「さっさと防御魔法を重ねろッッ!間抜け!!」
「っ!!!」
怒声を浴びせられたダニエルは、言われるままに防御魔法をウィリアムと自分に重ねる。
その直後、剣が割れる音が鳴り、弓は再び進み始め光り輝く。だが流石に、何重にも重ねられた防御魔法には負けるのか、弓は弾かれ消滅した。
弓が消滅した事を理解して、滝の様に汗を流しながらウィリアムはその場に座り込む。ダニエルもこれまでに移動魔法で酷使してからの防御魔法だったので、やつれた顔をしながらその場に座る。……私はまさか、渾身の矢を止められると思わなかったので頬を膨らませた。
そのまま二人の元へ行こうと、足を前に出そうとした所でその足が宙に浮く。そして頭上からため息が聞こえた。
「娘よ、流石にやり過ぎだ」
「ディラン!」
呆れた表情と声で、ディランが私を羽交締めにしていた。離してもらおうと暴れるがびくともしないし、なんならそのまま横抱きをされた。私は更に頬を膨らませて不機嫌そうにディランを見る。
「離してよ!」
「そんな可愛い顔をしても無駄だぞ。俺様は今怒っているからな」
「……パパ、離してよぅ」
「…………………許す!!!」
「おい親馬鹿精霊、絶対に離すなよ」
座り込んでいたウィリアムが眉間に皺を寄せながら言うので、陥落しかけていたディランも、平静を取り戻し私を強く横抱きする。……そんな悲惨な状態の私達の元へ、胸を揺らしながらアメリアがとびっきりの笑顔を向けてこちらへ駆け寄っている。
「すっっっご〜〜〜〜い!!!シトラ様今のなんですか!?あんなの見たことな〜〜〜い!!もう一回見た〜〜〜い!!!」
魔法魔術オタクの彼女は、興奮気味にこちらへ向かって来ている。眩しい程の笑顔に、私はダニエルへの戦意を無くしていき、そのままディランにもたれ掛かった。




