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24 花畑


『そうか、君はこの世界の名前をまだ決めていないのか』

『うん、おとうさま?は、私が決めていいよって』

『……シトラ』

『え?』

『この国を建国した、シルトラリアという聖女の名前から取ったんだ』

『しると、らりあ?』

『よければ君はこれから、シトラと名乗るといい……どうかな?』

『シトラ………すごくいい!今日から、私のなまえはシトラ!』










建国祭最終日の朝、俺の部屋にメイド長と妹付きのメイドが深刻な表情をしてやってきた。どうやら妹がまだ起きていない様で、普段なら勝手に部屋に入り叩き起こしているメイド長も、昨日の事があり入るのを戸惑っている様だった。


昨日、どこかへ行っていた妹が晩餐会場へ戻った時、明らかに普段と違う表情をしていた。俺も、勿論エスコート役だったケイレブや友人達もそれに気づき声をかけたが、本人は「疲れただけ」の一点張りだった。そして公爵家に戻った妹は、人払いをして自分の部屋に篭った。初めて見せる行動に、両親も使用人達も心配したが、今日は一人にさせようと皆そのままにした。


……晩餐会で、何か嫌な事でもあったのだろうか?俺は隣にある妹の部屋のドアの前に向かい、ノックをする。


「シトラ、もう起きないと建国祭に間に合わないぞ」


返事かない為、俺はドアノブに手をかけたが鍵がかかっている様で開かない。……嫌な予感がした。それは後ろにいるメイド長も同じで、メイド長は妹付きのメイドにスペアキーを持ってくる様に頼んでいた。……その時、内側から鍵が開けられる音が鳴った。そのままゆっくりと開くドアに安堵し、俺は中にいるであろう妹に小言を言おうと口を開いた。


「お前、昨日から一体どうし…………」


けれど、それ以上言葉を出せなかった。……目の前の妹の焦茶色の髪が、乱雑に切られていたのだ。何年か前に伸ばし始めて、ようやく胸あたりまでいったと喜んでいた髪が、肩あたりまで切られている。後ろで同じく見ていたメイド達も小さく悲鳴をあげていた。


だが本人はやけに清々しい表情をして、俺達に笑う。


「おはようございます、お兄様」






◆◆◆






公爵家に戻った後、人払いをして自分の部屋に戻り、記憶を戻す為に呪文を唱えた。瞼に残る知らない記憶を、魔法で戻せるかと思ったが不可能だった。どうやら魔術でかけられているらしい、魔術は魔術でしか打ち消す事が出来ない。


「……対価が必要か」


おそらく其処まで大きな対価は必要ないものだろう。前にディランが、聖人聖女の体の一部は魔法魔術の素材で貴重だと聞いた事がある。……私は机の引き出しから鋏を取り、伸ばしていた髪を切った。そのまま床に描いた魔法陣の中央へ置いた。




そのまま目を瞑り、私は自分に加護を与えた予言の神の名前を唱えた。








私の部屋へやってきた兄達も、両親も皆ひどく驚いた表情を向けた。そりゃあそうだ、昨日いきなり部屋に篭ったと思えば、次の朝には髪をぶつ切りしていたのだ。流石に詳しくは言えないので、苦笑いを浮かべて皆に謝った。流石にこの髪型では建国祭へ出席出来ないので、急いで切り揃えられ私は支度をした。今日の舞踏会は昨日とは違い祭服で出席する。かつても今も、大分着なれた祭服を見に纏い、私は城へ向かう為に両親と兄と馬車へ乗った。皆聞きたい事もあるだろうに、何も変わらず優しく接してくれていた。




私の到着を待っていた護衛のガヴェインは、馬車から降りた私の髪を見て驚いていた。昨日の晩餐会でも、警備をしているから声をかけてくる事はなかったが、とても心配そうに見てくれていたのは分かっていた。だから質問攻めになるのではと心配したが、ガヴェインは小さく舌打ちをして、頭を軽く叩いただけだった。本当に優しい、私の騎士だ。


その後も、一緒に舞踏会へ入場する国王陛下、アイザックやギルベルトに驚かれたが、皆似合っていると微笑んでくれた。そのままたわいも無い話をしていると、忙しなく待合室のドアが開いて、真紅色の正装を着るイザークが現れた。


「あはは、寝坊しちゃいまし………」


イザークは普段通りにおどけた様子で入ってきたが、私の姿を見て固まっていた。そんな彼に私は笑いかける。……イザークは、それに反応をせず固まったままだった。






最終日は昼から夜にかけて舞踏会が繰り広げられる。王族と共に会場へ入った私は、来賓へ挨拶を交わしていく。その中にはゲドナ国を代表してルーベンとマチルダもいた。二人とも急に髪を短くした私に驚いていたが、似合うと褒めてくれる。ルーベン達とそのまま話していると、城の音楽隊によってダンスの音楽が流れる。私はルーベンを見て微笑んだ。


「昨日の約束、少し待っていただけますか?」


それには驚いていたルーベンだったが、私が相手へ目線を向けると納得したのか、そのままマチルダを連れて離れていった。……私は目線を向けた相手の元へ向かう。その人物の前に来ると、私は手を差し出した。


「イザーク様、一緒に踊っていただけますか?」

「……え」


まさか自分が誘われると思っていなかったイザークは、目を大きく開けて戸惑っている。私は狼狽える彼の手を無理矢理取り、そのまま中央へ歩いた。途中アイザックと目が合う。眉間に皺を寄せていたが、懸命に微笑んでいた。そのまま中央へ向かうと、混乱しているイザークに体を寄せてダンスを始める。


「シ、シトラ様?」

「建国祭が終わったら暫く会えませんから、最後にダンスでもと思いまして」


その言葉でようやく納得したのか、イザークはどこか安堵した様な表情をして苦笑いをする。そのまま私の腰に手を添え、曲に合わせて踊る。……イザークとは初めて踊ったのに、ルーベンの時と同じように、彼が次に何をするのか分かる。それは彼も同じようで、苦笑いは段々と優しい微笑みに変わっていった。


「そういえば、昨日イザーク様とアイザックを聖女の庭園で見ましたよ」


その言葉に繋がれる手が強張る。


「……内容は、聞きましたか?」

「流石に其処までお転婆じゃないですよ私」

「……そうですか。いやぁ、聖女の庭園にある花は夜綺麗ですから、こっそり見に行ってたんですけどね〜。王弟殿下にバレちゃいまして!」

「聖女の庭園じゃなくても見れるじゃないですか」

「ああ、城の地下ですか?あそこ、前行こうとしたら鍵がかかっているのか地下の扉が開かないんですよ。シトラ様、魔法でどうにか出来ませんか?」



そう言いながらいつも通りに笑う彼に、私は下を向いて言葉をつづけた。



「どうして、城の地下の存在を知っているのですか?」

「え?」

「あの地下の入り口、一度来た事がある人にしか分からない様に、500年前に私が阻害と鍵魔法をかけたんです。だから私が招いた人しか知らないし、私しか鍵を開けれないんです」

「……ああ、王弟殿下に教えてもらって」

「それに、あの地下に私が花の魔法を掛けたのは、私がアイザックに殺される直前です。……あの地下に、聖女の庭園の様に花畑が広がっているのを知っているのは、私ともう一人だけです」




私は顔を上げて、目の前の男を見た。

男はかつて、私が刺され倒れている時と、同じ表情をしていた。



私は足を止めて、まっすぐ男を見る。





「……あの花畑で。私にプロポーズをしたダニエルしか、知らないんですよ」





ダニエルは、まっすぐ私を見つめた。


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