21 体は覚えている
「よくも愛娘を連れ去ったな、馬鹿精霊」
娘が踊る姿を眺めていたウィリアムに、俺は後ろからやや不機嫌に話しかけた。奴はこちらを振り向かずに、けれど鼻で笑う。
「親馬鹿は怖いな」
思わず顔が引き攣りそうになるが、それを深呼吸で抑え頭を掻く。
「俺はまたお前がやらかすと思って心配していたんだぞ」
「そうだな。彼女が説得していなかったら、その通りになっていただろう」
そう言いながら珍しく笑っているものだから、この男は本当に俺の娘に執着しているのだと、再確認させられてしまう。
娘が死んだ後、娘の死をハリエドの人間側は病死とし、宰相が殺害した事を隠した。愛する娘を亡くした悲しみ、その真実を隠そうとする人間に激昂したウィリアムは、怒りのあまり炎の制御が出来ずに関係者を全員殺した。
予言の神はその結果にウィリアムを見限り、使者の加護を剥奪した。……それを奴は「彼女を守れなかったから」と思い込み、全てに絶望し眠りについた。あの後俺とアイザック、ノアは精霊の信頼回復の為に、死に物狂いで貢献した事を奴は知らない。……まぁ、その娘を殺したのがアイザックだったので、あいつだけは自業自得だが。
俺はウィリアムの隣に並び、蘇った娘を見つめる。カーター家の子息と踊る娘は、子息に熱い目線を向けられ恥ずかしそうだが、それでも楽しそうだ。……あの子息の髪が亜麻色だからか、かつての宰相と娘のダンスを思い出してしまう。それはウィリアムも同じなのか、奴も目を細め微笑んでいた。……が、蜃気楼が見える。
「おい、あの子息を燃やすなよ」
「彼女が悲しむからそんな事はしない」
「………悲しまなかったら?」
「灰にする」
奴の即答に、今度こそ顔を引き攣らせてしまう。娘に出会う前の炎の精霊は、こんな個人に執着するような男じゃなかった。それが今では娘中心に物事を決めて、今も暴走するのを娘の為に抑え込んでいる。……そういえば、と俺は気になった事を聞こうと口を開いた。
「アイザックは灰にしなくていいのか?」
俺の質問に無言になったウィリアムは、暫くするとゆっくりとこちらを見る。不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、腕組みをしてため息を吐いた。それを近くで見ていた令嬢達がうっとりとした表情で奴を見るものだから、趣味が悪いと言ってやりたい。
「シトラが許しているからな……それに」
「それに?」
そうしてまた黙ってしまうので、俺は耐えかねて「早く言え」と急かす。……観念した様に口に手を添えたウィリアムは、気まずそうに目線を落とした。
「……理由を聞いて、何故か納得してしまった」
「……………」
「おい、何故黙る」
最古の精霊は更に眉間に皺を寄せてこちらを見るが、俺は衝撃で声が出なかった。……娘の周りには、異常な精霊しかいないのか?自分のものにならないから手に掛けるなど、どうして納得できるんだ?
「………いや、そもそもこいつは、娘の死を隠蔽した人間を殺してるのか…」
「おい、親馬鹿精霊。何をブツブツ言っているんだ」
「娘を守らなくてはと思っただけだ、気にするな」
それには呆れた様な表情を向けて、苛立ちを抑えているのか腕組みをした片方の指を忙しなく動かしている。
「彼女は俺が守るから心配ないだろう?」
「それが心配なんだよ!!!」
「……はぁ?」
俺は、愛する娘を異常精霊から守る使命を、神から与えられた様な気がした。
◆◆◆
小っ恥ずかしいバカップルのようなダンスを終わらせた後、私たちの元へ周りの子息達に熱い視線を向けられながら、リリアーナがこちらへ向かって来る。分かるぞ子息達よ、今日のリリアーナは格別に可愛い。だがやらん!お前らにリリアーナは渡さんぞ!!ええい見るな見るな!!有料だ!!
「お姉様!とっても素晴らしかったですわ!感動いたしました!!」
「リリアーナ有難う。でもケイレブ様のお陰だよ」
「そんなご謙遜を!……まぁ確かに兄は、この日の為に苦手なダンスを死に物狂いで練習していましたが」
「リリアーナ!!!」
どうやら言って欲しくなかった事らしく、ケイレブは恥ずかしそうに真っ赤になりながら妹を叱責している。私は仲睦まじい兄妹を眺めていると、後ろから二人分の足音が聞こえる。ギルベルトとリアムかと思ったが、そこにいたのは藍色の衣装を着たルーベンとマチルダだった。
「聖女様、今日もとてもお美しいですね」
「昨日ぶりですわ聖女様!本当にお美しいです!」
ルーベン達は微笑みながらそう言ってくれるが、いやそちらの美しさには負けるだろう。周りは二人の美形兄妹の登場に頬を赤く染めているし……ハッ!?私の目の前にも、ハリエド産の美形兄妹がいる!!なんだこの前も後ろも美形兄妹まみれは!?やめて顔面が攻撃してくる!!アイザックみたいな事してくるこの人達!!
私は顔を出来る限り手で隠しながら「うう、眩しいよぅ」と細々と声を出す。カーター兄妹はいつもの私の変な行動だと気にしていないが、ゲドナ兄妹は不思議そうにこちらを伺っている。それを見たケイレブが苦笑して二人を見る。
「シトラのいつもの事です、お気になさらないでください」
おい、いつもの事とはどういう事だ、と聞きたいが来賓の前なのでぐっと堪える。ルーベンは少し考えている様な声を出し、その後顔を隠していた手に触れる。
「聖女様、よろしければ僕とも一緒に踊っていただけますか?」
「え?」
思わず顔を隠していた手を離すと、目の前にダニエルの顔がある。それに固まっていると、顔から離した手を強く掴まれ、そのまま私は広間の中央へ連れて行かれる。あまりの強引ぶりに、私は呆然とされるままになった。
後ろからケイレブ達の声が聞こえるがルーベンは聞こえないフリをしているのか、そのまま中央で立ち止まると、再び強く手を引っ張られそのままダンスを始めた。……あれ、私了承の返事したっけ?強引すぎないか?と顔が引き攣っているのを見たルーベンは、意地悪そうに笑った。
「これくらい強引でないと、聖女様を独り占めできませんから」
「ひぇえ」
笑う顔も、声もダニエルそのものだったので、思わず奇声が出るほど緊張してしまった。それにも笑ったルーベンは、力強くダンスのエスコートをしていく。
……変だ。私はここまで足取り軽やかに踊れただろうか?まるで自分ではないほどに軽く、そしてルーベンが次どう行動するのか手に取る様に分かる。
「……ここまで息が合うのは初めてです。聖女様はダンスがお上手だ」
ルーベンは驚きながらそう褒めてくれるが、これはそうじゃない。……これは体に染みついた記憶だ。500年前にダニエルにダンスを教えてもらい、一緒に舞踏会で踊ったあの時の記憶だ。……駄目だ、泣くな。この人はダニエルじゃない。ゲドナの王太子で、性格だってダニエルと全く違うんだ。
「……僕も、皆さんの様に聖女様をシトラとお呼びしてもいいですか?」
そんな私の葛藤を知らずに、ルーベンはそう言いながら微笑む。その微笑みが懐かしく感じて、私はそれを抑え込む様に、精一杯の笑顔を彼に向けた。
「はい!どうぞシトラとお呼びください、ルーベン様!」
私は、ちゃんと笑えていただろうか?
兄との時よりも美しく踊り、誰から見ても幸せそうな姿の二人を見て、私は思わず顔を歪めてしまった。……本当に、あのゲドナの王太子はお姉様の心を簡単に持っていく。ただ顔が似ているけで、私達に見せなかったお姉様の表情を見せびらかしてくる。……横で同じくその光景を見ていた兄は、お姉様の姿を真っ直ぐ見て、そしてゆっくりと後ろに下がった。
「お兄様、どうされましたの?」
「……少し、外で涼んでくる」
そう私へ伝えると、兄はそのまま逃げるように会場の外へ向かった。……私は、その背中に声をかける事が出来なかった。




