15 燃える藁
ちょっと暗いです。
建国祭二日目は、大きな行事は城下町のパレードだが、他にも来賓は勿論、ハリエドの地区長、教会や城の関係者への挨拶回りがある。パレードでは馬車が勝手に進み、手を振っているだけでよかったが挨拶回りはそうはいかない。
「聖女様、お会いできて光栄でございます」
「ええ、私もお会いできて嬉しいです」
「聖女様!先日産まれた子に、是非名を付けてください!」
「子の名前は親が与える最初の祝福。どうぞご両親がお決めください」
「聖女様、うちの倅が聖女様と同じ年頃でして」
「そういうのはハリソン公爵家を通してください」
作り笑いが段々と引き攣るものに変わっていくが、変な顔になるとガヴェインが後ろから、こっそり背中を突いてくれるので有難い。いかんいかん、私は今はイケてる女、聖女シルトラリア。建国の聖女でハリエドの生きる伝説。この日の為に、伯爵として一回り二回りも違う相手に商談を成功させているリアムに特訓してもらったのだ。恥ずかしからない為にずっと見つめ合う特訓とか、色気に当てられて鼻血が出そうになったのを懸命に耐えたあの特訓を!!無駄にさせない!!
ふと隣を見ると、自分と同じ位に、いやそれ以上に話しかけられているアイザックがいる。美しい微笑みを浮かべ、主導権を握りながら相手と会話をする彼を見て、伊達に国王に大量の仕事を押し付けられているだけあるな、と感心してしまう。此方の目線に気づいたのか、アイザックは心配そうに私を見た。
「シトラ様、疲れましたか?」
「いや、アイザック様の方がお疲れでは?」
国王はパレードが終わった途端「仕事あるから」とさっさと城へ帰ったので(挨拶回りも仕事だが)国王の代わりに挨拶もしているアイザックは、相当疲れていると思うのだが。私の言葉にアイザックは眩しい笑顔を向ける。
「ジョージの無茶振りには慣れてますから。……それに、シトラ様とこうして過ごせるのが嬉しいので、むしろ元気です」
「ヒョエ」
国宝級の顔面と声に、思わず奇声をあげてしまった。同時に、同じく顔面を直視したアイザックの護衛をしていた騎士団員が数名倒れる。あと数名も前屈みになっているので、つまりは全滅している。ガヴェインは直視せずに横を向いていたので逃れている、さすが私の騎士だ。……アイザックよ、私を刺してからちょっと顔面の輝きが増してない?君はそのうち神様になっちゃうのかな?信者多そうだな〜?
光り輝くアイザックに思わず顔を引き攣らせていると、後ろの方から「シトラ様〜〜〜〜〜!!!」と陽気な声が聞こえる。声の主は知っているので、私は引き攣った顔のまま後ろを向くと、予想通りイザークが大司教専用の祭服を着て、スキップしながら此方へ向かってきている。その後ろからギルベルトも来ており、兄から一定の距離を保ちながらやってくる。うわ弟に引かれてるじゃん。イザークは目の前へ来ると、アイザックの1割位の眩しい笑顔を向ける。
「そろそろ教会で挨拶回りする時間だと思いまして、迎えに来ちゃいました!」
「何で挨拶しようとしてた人が迎えに来る!?」
「えぇ〜私と挨拶しても、今更すぎじゃないですか?建国祭の予定考えた人頭硬いですね」
「建国祭の最高責任者が言う言葉じゃないなぁ!?」
ギルベルトは実の兄へ、呆れたような表情を向ける。
「兄上、もう大司教が第一王子だと皆知っているのですから、もう少し落ち着きを持ってください」
「目の前にシトラ様がいるんだから、無理に決まっているだろう?」
イザークは私の研究の第一人者であるから、研究対象が目の前にいれば確かに興奮するだろう。彼の書いた論文は私も過去に見た事があるが、あまりにも500年前の記憶通りの内容すぎて、もはやストーカーの様だと震えた。
イザークとギルベルトが迎えに来たので、私はアイザック達と共に次の挨拶回りの教会へ向かおうと馬車へ向かう。けれど、その時に自分の頭から何かが落ちる感触がして、思わず立ち止まった。
思わず頭を触ると、付けていた花冠が崩れている。……いや、崩れているのではない。土台となっている藁が腐って落ちているのだ。
「シトラ様、どうし………」
急に立ち止まった私へ、アイザックが私の方を向いて、花冠の状態に目を開く。ガヴェインやギルベルトは不思議そうにしていおり、ギルベルトは私の頭上を見る。
「シトラの頭に付けていた花冠、さっき見た時は、ついている花も生き生きとしていましたよね?どうして急に」
「シトラ様、落ち着いてください」
ギルベルトの言葉を遮るように、今まで見たことが無い真剣な表情でイザークが私へ近寄り手を差し出す。ギルベルトもガヴェインも、イザークの切迫した態度に驚いているが、アイザックもイザークと同じく真剣な、そして混乱した表情を向ける。
この花冠は、精霊が自らの藁で作ったものだ。だから枯れる事もない。
……その精霊が命が尽きるまで、枯れない。
イザークの手が触れる前に、私は呟くように移動魔法を唱える。自分の立つ地面に金色の魔法陣が浮かび上がり、自分を止めようとする声を聞きながら、私は光に包まれた。
枯れた藁の源を辿り、私は城下町の外れにある細い通路の前に着いた。当たりを見回すと、通路の奥から何人かの笑い声が聞こえる。下品なその声は、何かに向かって唾を吐いている様だ。
「本当に藁はよく燃えるなぁ!!」
「あんな姿で精霊だって?んな訳ねぇだろ気色悪い!」
「服を脱がしても藁だったし、女か男かも分からなかったな」
「女だったら犯してやればよかったか?どこが穴だったんだろうな!!」
私は、その声の元へ歩く。
そんな事はないと願いながら、信じながら歩く。
私が見えたのか、中年の男の一人が此方を見て、驚きの表情を向けた。慌てて何かを言っているが、何も聞こえない。
だって、男達の目の前には……藁が、藁が燃えているのだ。もう動かない藁が。
「お前らが、やったのか」
そう声をかけると、男達は再び声を出す。けれど聞こえない。……怒りで声が聞こえない。
私はそのまま、小さく呪文を唱え男達の立つ地面へ魔法陣を出す。そこから出る硝子のツタが、男達の足を、手を口を掴み締め上げる。……何かが折れる音がした。硫黄の匂いがした。何かが叫ぶ声が聞こえた。けれど、どうでもいい。それはこの者たちの自業自得なのだから。
私は一際騒がしい男の元へ進み、泣き崩れる顔に手を翳す。そしてゆっくりと呪文を唱えると、男は歪な声を出しながら血を吐く。……どうしてそんな顔をするんだ?お前達、さっきまで笑っていただろう?燃える藁に唾を吐いて、燃える藁に何をした?
私はそのまま、男の断末魔を聞くために翳す手で触れようとした。
「シルトラリア」
けれど、その手を掴む誰かが、私の名を呼び止めた。……そこには、イザークがいた。荒い呼吸をしながら、真っ直ぐに私を見る。
「今は戦乱じゃない、今は国がある、今は法律がある」
ゆっくりと、諭すように語られる言葉に、私は既視感を感じた。
「君が手を汚す必要は、もう無いんだ」
そう言って微笑む彼は、まるで500年前の私を知っている様だった。




