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13 アニマルセラピーは狼は向かない


肌と髪を乾かし、寝巻きだという白のノースリーブを着たガヴェインは、私を床に座らせ、自分はベッドの上に座って険しい目でこちらを見ている。


貴族と平民の寝巻きの文化、全然違うんだな〜うちの兄はシルクで、パジャマみたいな感じだったし。なんて思いつつ見ていると、ガヴェインは更に険しい表情になったのでもう一度土下座した。


「で?寝れないから俺の耳を触るために、わざわざ夜中に移動魔法で来たってか?」

「お、おっしゃる通りです……」

「バカかお前は」


クッッッソ!!腹立つが何も言えねぇ!!私は床に正座をしながら唇を噛んで目線を下にする。ガヴェインはそれを見て、わざとらしくため息を吐いたと思えば、次には私の腕を掴んで立たせた。ベッドに変わらず座り、不機嫌そうに耳を動かすガヴェインはそのまま私を見上げた。


「……さっさと触れよ」

「えっ?」

「耳、触りに来たんだろ?」


えっ、いいんですか!?と驚いてガヴェインを見たが、彼はすでに目線を下げて無言だった。だが、触ってもいいよ〜!と言わんばかりに目の前で耳をピクピク動かすものだから、その誘惑に私は生唾を飲み込む。


……なんだろう、いつも勝手に触っているのに、風呂上がりでいつもと雰囲気が違うガヴェインは色気があり、なんだかいけない事をしている気分だ。息が荒くなりそうで、セクハラで訴えられるかもしれない。


「で、では……失礼します」


私は恐る恐る両手で耳に触れる。風呂上がりで毛並みのいい耳は、普段とは違い格段フワフワだ。あまりの柔らかさに「ふわぁあ〜」と変な声を出してしまうがしょうがない。最高だ、もうこの感触のクッションとか欲しい。


「柔らかい〜!ふわふわ!気持ちい〜最高〜!」

「……本当にお前、獣人の耳好きだよな」


されるままになっているガヴェインは、呆れた声でそう告げてくれるが、それには私は首を横に振った。


「獣人の耳だからってのもあるかもだけど。ここまで好きなのは、ガヴェインの耳だからだよ」

「はぁ?」

「大好きなガヴェインの耳なら、尚更好きって事」


そう告げると、ガヴェインは目を大きく開いた表情をこちらに向けた。その表情に私は吹き出して、そのまま耳を触る。ガヴェインが私をどう思っているか分からないが、昔と違って今は守ってくれるし、たまにだけど笑顔も向けてくれるようになった。今では大切な私の友達で、大切な私の騎士だ。そのまま黙ってしまったガヴェインの耳を暫く堪能していると、下から弱々しいため息が聞こえた。


「……なぁ、ここまで好き勝手に触らせたんだ。俺にも触らせろよ」

「うん?」


突然、ガヴェインが私の腰を両手で掴んだと思えば、そのまま私の視界はフワフワの耳から部屋の天井に変わった。あまりの華麗な技に驚いていると、天井が見えていた視界に、真顔でこちらを見るガヴェインが現れる。髪を結んでいない為か、長い白髪が自分の周りを覆う。


「……うん?」


ちょっとこの状態の意味がわからず、思わず声を出すとガヴェインは意地悪そうに笑う。そのまま私に覆いかぶさったガヴェインは、右手で頬を優しく触れる。貴族とは違う、ゴツゴツとした豆がある手。思わずその感触に一回震えてしまう。そのまま右手は私の片耳を摘み、優しく触れる。


ああ、触るとはそういう事か。こんなのでいいなら別に、いつでも触ってくれて構わないのだが。私はそのままされるままに耳を触らせていると、ガヴェインは目を細めながら不思議そうに見た。


「お前の耳、相変わらず柔らかいな」

「え、触った事あるの!?」

「お前が膝の上で昼寝してる時に」


なんて事だ、確かに獣人であるガヴェインにとっては人間の耳は珍しいかもしれないが。まさか知らぬうちに触られていたとは。気恥ずかしくなり思わず目線を逸らすと、そのまま耳を触っていた手は頬へ、そして口元へ行く。


……別にこの辺りは獣人と変わりないと思うが。触る意味があるのだろうか?唇を摘んだり、親指の腹で触ったり、もう好き勝手にされている。私は段々この目の前の獣人を驚かせてやりたくて、唇に触れる手の、人差し指を噛んだ。


「っ!?」


驚いて手を引っ込めるガヴェインに、私はしてやったりな表情を向ける。私だからいいが、淑女の口元を執拗に触るのはよろしくない。私はそのまま鼻息を出してガヴェインを見つめると、本人は頬を赤くしていき、耳も騒がしく動いでいる。……流石に、私も紳士の指を噛むのは宜しくなかっただろうか?ガヴェインは聖騎士だし、手は大事にしていたかもしれない。私は段々申し訳なくなり、彼へ謝罪を述べようとした。


けれど、謝罪を告げようとしたその前に、熱を持った紫色の瞳が急速に近づいたと思えば、自分の首に熱い息と、白髪が当たる。


「っ、えっ!?」


首筋に、生暖かい水滴が落ちた所で、私はガヴェインに首を噛まれる所だった事を理解した。……けれどそれは、かつて付けた従僕の首輪により首筋を噛む前に止められ、ガヴェインの開けた口から涎がこぼれ落ちた。


ガヴェインは肩で呼吸をし、大きく舌打ちの音を鳴らす。


「……このっ、無防備クソ女が!」


久しぶりに聞く「クソ」発言に、ガヴェインが怒っている事が分かった。やっぱり騎士の指を噛むなんてよくなかったのだ。私は慌てて起きあがろうとした時、首近くにあるガヴェインの顔が見れて、その表情に驚く。


熱っぽい紫の瞳が、いつもよりも濃く、獣のように此方を見つめている。口をだらしなく開けて荒い呼吸をし、よく見える鋭い牙が光って見える。……のぼせた様に頬を赤く染めるその姿は、まるで発情した獣の様だ。驚いている私を見て、ガヴェインは呼吸をなんとか整えながら、首筋にあった手をもう一度、頬に当てる。近づく美しい紫の瞳に、私は何をされるのか理解して、どんどん自分の顔が赤くなっていく。


「ちょ、ちょっと待ってガヴェイン!待って!!」


弱々しく伝えても、ガヴェインは離れない。私は頭の中が真っ白になり、移動魔法を唱えようとしても肝心の呪文を忘れてしまうほどだった。私は震える手でガヴェインの胸を叩くが、鍛えた男にはそんなもの力の無駄使いだ。



そのまま、ガヴェインの浅い呼吸が唇に触れるほどに近づいた所で、ガヴェインは近づけるのを止める。……そして、やけに色気のあるため息を溢すものだから、私は思わず目を瞑った。




「●◆▷●□▲▲」




そのまま私は目を瞑ったまま、ガヴェインの放った魔法で金色の光に包まれた。








◆◆◆







無自覚クソ女を移動魔法で公爵家に戻した俺は、力尽きてベッドにそのまま倒れるように寝転がる。もう何度目か分からないため息を溢して、俺は天井を見る。


あのクソ聖女は本当に鈍感で、自分の身の危険を理解していない。悪く言えばバカだ。


そもそも深夜に男の部屋に来ようとする神経が分からない。もしもこれがあのスカした伯爵や第二王子の元へ行っていれば、既成事実でも残されていただろう。しかも来た理由が耳を触りに来たなどバカすぎる。よくあんな無防備で今まで手を出されずに済んだものだ。


嬉しそうに耳を触り、獣人族の耳をここまで好む奴も初めてなので理由を聞けば、とんでもない言葉を告げられ……もうそこからは駄目だった。抑えていたものが剥がれ落ちる音が聞こえながら、俺のベッドに寝転ぶ女に背徳感を抱きながら触れた。


柔らかい耳、頬、唇に触れて、ここまで触ればこの無防備女でも多少は危機感を持つと思えば、あの女はあろう事に小さな口で指を噛んだ。


「……無自覚煽り女が」


誰もいない部屋で、思わず声が溢れる。……狼の獣人は、愛情表現で番を噛む。あの女がそれを理解していた事は絶対にないが。それでも好きな女が、自分に覆い被されている女がそんな事をしてくれるものだから。……もう襲ってくれと言っている様なものだ。この日ばかりは、この首輪があって良かったと感謝した。



前夜祭の夜、女はかつての恋人だった男の名前を呼んで走った。驚きながら、危険だと思い捕まえた。だがあの女は普段では考えられないほど、見た事も無い位に狼狽えていた。初めてみる女の表情に、ソレをさせたのが自分ではない事に苛立ちを覚えた。


既に500年前に死んでいる恋人に似ているだけで、そこまで表情を変える所なんて見たくなかった。……酷い話だが、一生見つからなければいいと思った。そう思っていたからか、神とは無情で、恋人に瓜二つだと言う男は他国の王子だった。

……公爵家の娘が、嫁ぐにはうってつけの地位の男だった。


「クソッ!!!」


苛立ちが治らず、思わずベッドを拳で叩く。それと同時に香る、女の残り香に思わず喉が鳴ってしまう。


平民の中でも下、文字も通貨もわからなかった俺が、今では教会の聖騎士となり公爵家の人間の護衛をしている。普通じゃあり得ない事だ、これ以上高望みするつもりもないし、このまま食い扶持を稼げればそれでいい筈だ。……だから、建国の聖女なんて、精霊と初代ハリエドの王だった女なんて、求めてはいけないと分かっている……頭では分かっている。



でも、もしもあの女が。俺の気持ちに気づいて、答えてくれたらなんて。……その小さな可能性を、捨てきれない。



「………クソ」



俺はベッドに香るあの女の匂いに。……もう一度熱を込めた、ため息を吐いた。






◆◆◆






ガヴェインの魔法で戻された私は、目が点になりながら湿った首筋に触れて、現実なのだと顔を赤くする。そのまま部屋のベッドに潜り込み、もう寝るとかの前に心臓の鼓動を戻そうと深呼吸をする。……何度か深呼吸した所で落ち着き。そして自分の腕に付けられているブレスレットを見る。


「……これ、付けてるの忘れてた」


従僕の首輪。これを付け始めた時は、ガヴェインに殺されるか否かの時期だったが。もうそんな事はないだろう。……明日、噛んでしまった事を謝って、首輪を取ろう。私とガヴェインには、もうそんなの必要ないのだから。






翌日、やや寝不足そうなガヴェインがいつもの様に公爵家へ来た。私は昨日の謝罪を伝えると、気まずそうに頷き許してくれた。やっぱり私の騎士は優しい。


「ガヴェイン、少し屈んで」


私がそう命令すると、ガヴェインは怪訝そうにしながらも黙ってこちらへ屈んでくれる。何か悪い事でもされると思っているのか、耳がペシャリと下がっているのが可愛い。


ガヴェインと出会って一年ほど。その一年で随分と背が伸び、顔つきも変わった彼に少し微笑みながら、私は彼の首に触れて従僕の首輪を取った。首輪が取れたと同時に、私の腕についていたブレスレットも外れ落ちていく。その光景を目を大きく開いてこちらを見るガヴェインに、私は笑った。



「ガヴェイン。これからも私の騎士でいてくれる?」



私の言葉にガヴェインは耳を立てて…………そして優しく笑った。





「クソ聖女様が、俺を望む間は騎士で居てやるよ」





その優しい笑みに思わず見惚れていると。次にはいつもと変わらない意地悪な笑みに変わって、私の腰を掴み抱き寄せる。昨日に続き、急な展開に驚いていると、そのまま熱の込められた紫の瞳が細くなり近づいたと思えば………首に鈍い痛みが襲う。



私は驚きと、この駄犬が何をしているのか理解し、断末魔の様な叫び声を上げた。





イチャイチャ書くの楽しいです〜!へへ〜!

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