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最古の精霊、耐える《上》


ゲドナ国での厄災が無事に解決し、ハリエド国内の水源が安定している現在。俺様は教会にあるアメリアの研究室で「魔法薬」の研究をしていた。今現在「魔法」と呼ばれるものは全て、加護を持った者か精霊しか扱かう事が出来ない。その為危険な魔術が人間達に知れ渡り、そして命を対価にする者も出てしまったのだ。それならば、ただの人間でも扱える魔法薬を作り出してしまえばいい。より安全で、自分の為になる薬。それが完成すれば、もう何かを対価にする魔術は薄れていくだろう。


と言ってもそんな簡単に出来るものでもなく、そもそも魔法薬を作る上での素材が難しかった。魔法を込める所まではいいが、それが何処までが安全なのか。その場ではなく薬を飲む、もしくは掛ける時に発動できるにはどうすればいいのか?魔法素材は魔法を唱える時に力を増幅させる為のもので、そもそも魔法薬の為のものではない。まだまだ考える事は山積みだが、未知の世界を切り開くのはとても心が踊る。アメリアも俺様と同じ考えなのか、この話をした際には何度も頷いて協力を願い出てくれた。


「ディランさん!無事に第56号の、例の試作品ができましたよ!」

「おお!ついに出来たか!」


邪魔そうな胸を揺らしながら、アメリアが嬉しそうにビーカーに入れられた桃色の液体を差し出す。何度も失敗を重ねた結果、完璧な配合を見つけた56回目の試作品。解析魔法を唱え液体を調べると、希望通りの効果が掛けられている。俺様は成功の嬉しさでその液体を天高く掲げた。


「よくやったアメリア!!成功したぞ!!」

「やったーー!!!」


当初は治癒魔法薬を作ろうとしていたが、まさか何度か繰り返している内に全く違うものになるとは思わなかった。だがそれでもようやく成功した魔法薬だ。これは決して世間に流通させる事はできないが、それでもこの調子で他の魔法薬も成功できる筈だろう。俺様とアメリアは、この魔法薬を早速使ってみようと興奮していた。……その所為で、ドアをノックする音が全く聞こえなかった。ドア近くではしゃいでいた俺様達は、急に開くドアに驚いた。


「アメリア〜下町の美味しいマロンケーキ持ってきたから、一緒に食べよ……ってディランもいたの?」

「シトラ!!」


マロンケーキの入った箱を持ちながらシトラが現れる。まさか愛しい娘に会えると思わず、俺様はビーカーを持っているのも忘れ、嬉しさで抱き付こうとした。




……その結果、ビーカーに入った液体は中から飛び出した。




「冷たっ!?」



液体は全て抱き付こうとした娘の頭に掛かり、娘は冷たそうに自分の頭を触る。俺様とアメリアは予想外の出来事に固まったが、こちらを見ようとする娘の目をアメリアが手で塞いだ。急に視界が暗くなったので、娘は慌てて塞いでいる手を取ろうとするが、そこは俺様が抑え込んだ。


「ちょっと二人とも!?何故目を塞ぐ!?」

「す、すいませんシトラ様!で、でもこうしないと発動しちゃうから!!」

「落ちついてくれ娘よ!取り敢えず、このまま何も見ないでくれ!!」

「何だ!?何が発動するんだ!?」


流石に精霊二人に抑え込まれて何も出来ないのだろう。動揺しながらも目を塞がれたままでいてくれる。俺様は抑え込んだまま、何か見ても害のないものを研究室の中で探していた。


「………シトラ、どうした?」


だが、研究室にやってきていたのは娘だけではなかった。後ろから現れた、白服の騎士団服を身に纏うウィリアムは、怪訝そうな表情で俺様達を見ていた。娘が精霊二人に抑え込まれている姿を見た奴は、目を大きく開いた後、アメリアの手を力強く掴み離した。同じ上級精霊でも、300年も生きていないアメリアの力では、最古の精霊に敵わない。思わぬ力に手を離されてしまったアメリアは、真っ青な表情で小さく叫んだ。ウィリアムは俺様とアメリアを鋭く見つめている。


「……彼女に何をしているんだ」

「うわあああウィリアム最悪だ!お前は最悪だ!!」

「ウィリアムさんのアホーーー!!!」


「あ!目開いた!ねぇウィリアム何があっ………………………」


隠されていた手が開き、娘はウィリアムを見てしまった。娘が話しかけていた言葉が途切れたので、ウィリアムは娘を見て、そして僅かな魔法の気配を察知したのか娘の肩に触れる。


「何だこの魔法は……おい、お前達何をした?」


険しい表情で俺様達を見るウィリアムだったが、すぐにそれは娘が奴に抱きつく事で驚いた表情に変わった。暫く抱きつかれた事に呆然としていたが、娘が奴を見上げた時の、今まで見たこともない様なうっとりとした表情に更に驚く。



娘は、ウィリアムの瞳を真っ直ぐ見て、頬を赤く染めながら小さな口を開いた。



「……ウィリアム、愛してる」









《 最古の精霊、耐える 》










「ウィリアム、こっち向いて?大好きな顔を見せて?」

「……………ぐ、」

「もぉ、何でそっぽ向くの?ウィリアムは私の事嫌い?」

「……そんっ、な……こと……」

「じゃあ何でこっち見ないの?私の騎士でしょ?」

「………だ、だからっ………俺は……」

「あ、違うか……ウィリアムは私の事が大好きな、可愛い私の騎士だもんね?」

「おい!!早くどうにかしろ!!!」



この世界に現存する最古の精霊。精霊の中でも凄まじい強さを持ち、かつての戦争では聖女の騎士として、そして精霊軍の将軍として栄光を手にした炎の精霊。

……そんな精霊が今、自分よりも何千歳も年下の女の子を膝に乗せ、耳元で甘く囁かれる声に頬を赤く染めながら、必死に何かを耐える表情をしている。普段は無表情な彼がここまで荒れるとは、とても面白い。


私とディランさんはその光景を見ながら、シトラ様が持ってきていたマロンケーキを食べながら困り果てていた。流石貴族令嬢シトラ様の持ってきたものは美味しい。今まで何度か持ってきてくれたが、どれもハズレのない素晴らしい美味しさだった。ディランさんは口いっぱいにケーキを頬張りながら、小さくため息を吐いた。


「無茶言うな、娘が頭から被ったのは試作品の魔法薬だぞ?これから持続時間やら確認しようとしていたんだ。すぐに解毒剤みたいなものが作れるわけないだろう」

「そうですよ!最初に見た相手に発動するものだから、私は目を隠してたのにぃ!」


シトラ様にかかった魔法薬は、私の魅了魔法の応用版の様なものだ。かけるもしくは飲んだ相手が最初に見たものを愛する様になり、そして見たものが望む様な対応を取る。魔法薬を頭から被ってしまったシトラ様が、ウィリアムさんを見た事で彼を愛するようになり、そして彼が望んでいる対応を取っているのだ。シトラ様の態度を見たディランさんは、呆れたような表情を浮かべている。


「……ウィリアム、お前娘に殴られて興奮するだけかと思ったが………まさか、心の奥底で娘に攻められたいと思っていたとは」


ディランさんの言っている通り現在、シトラ様はまるで子供を可愛がる様な声と言葉で、ウィリアムさんに愛を囁いている。殴られて喜ぶ最古の精霊も引いたが、いい大人が10代の娘に攻められて喜んでいる最古の精霊はもっと引く。最初こそこのままでは埒が明かないと思い三人がかりで魔法で眠らせようともした。だが相手は聖女で、何なら世界と契約をした人類最強の女性だ。普通に魔法で弾かれるので、もう諦めてしまった。


「まぁ、試作品ですから1日経てば治ると思いますが……それよりも、この状況どうすればいいんです?公爵令嬢をこんな風にして、私達罰せられません?」

「そうだなぁ、ハリエド国の法律で精霊は守られているが……流石にこれは無事では済まないだろうなぁ」


ディランさんと話しながらウィリアムさんを見ると、彼は頬を赤く染めたまま引き攣った表情を浮かべていた。どうやら私達が言いたい事を察したらしい。


「……彼女が治るまで、俺の屋敷に匿えと?」

「公爵家には教会から上手いこと言っておきますから!シトラ様何度かこの研究室で私の実験に付き合ってくれて、教会から連絡して一晩過ごした事もあるから大丈夫ですよ!」

「よかったなウィリアム!百合の花が今見頃だから、娘に見せたいと言ってたものな!!」

「ウィリアムの家に行くの?じゃあずっとくっついて居られるね」


私達の言葉と、耳元で囁かれる甘い声に挟まれたウィリアムさんは、怒りやら色々と必死に抑え込んで震えている。



………だが、最後には長い長いため息を吐き、抱きついているシトラ様をそのまま持ち上げて、移動魔法を唱え消えてしまった。



マロンケーキを食べながら、私は隣にいるディランさんに問いかける。


「ウィリアムさん、シトラ様の事襲いませんか?流石に見張ってましょうか?」


同じくマロンケーキを頬張るディランさんは、少し考えた後笑った。


「流石にあの変態も、魔法にかかった娘を襲うような奴じゃないだろう」

「確かに、シトラ様にあそこまで攻められても耐えてましたもんね。なら大丈夫かな」

「むしろ俺様達のおかげで、懸想した相手と一晩過ごせるんだ。いい事したと思っておこう」


いや、むしろ生殺しをしているのでは?と思ったが面倒なので、言うのを辞めた。

……ウィリアムさんはいいとして、あの状態のシトラ様は大丈夫だろうか?

今の彼女は、ウィリアムさん大好きな攻め攻め聖女になっているのだが。








◆◆◆







教会に用があった俺が、それを終わらせ廊下を歩いていると彼女に出会った。どうやらアメリアの研究室に向かうらしい彼女は、時間があるなら俺もどうだと誘ってくれた。彼女に求められるのに断る理由がない。嬉しさを隠しながら彼女について行った…………が、予想外の事が起きた。



屋敷の廊下を、使用人が用意した紅茶を持ちながら進んでいる。

俺の屋敷には使用人は老人の女性一人だ。祭壇室は別として他はそこまで広い屋敷ではないが、それでも通常なら後数人は使用人が必要だが、一人しかいない。

俺は王国騎士団長という肩書きはあるが、貴族ではない。見た目も30代ほどだからか、雇った使用人達は玉の輿の言わんばかりに俺に色目をつかってきた。もし爵位があれば法律で罰を与える事が出来るが、俺はないので罪にはならない。なので既成事実さえ作ってしまえば俺の妻の立場を得られる、と考えていたらしい。なので10人中、今いる使用人一人以外は全て解雇する羽目になった。……まぁ、料理以外は魔法でどうとでもなるので、問題はないが……精霊に愛されるとは、どういう事なのか分かっていない馬鹿な女達だ。


俺は奥にある客室のドアをノックし中に入る。部屋の中には書斎室から取ってきた古代魔法の本を読むシトラが、部屋に入ってきた俺を見て嬉しそうに微笑んでいる。その表情と、彼女の姿に俺は目線を逸らした。

何の着替えも持って来ずに連れ帰ってきたので、使用人にそれを伝えると娘のお下がりだと白いネグリジェを渡された。レース素材のそれは少し透けている素材で、渡してきた使用人は笑顔で頷いている。……違う、彼女とはそういう関係ではない。そう伝えるが今の彼女の態度を見た使用人は、信じてくれなかった。


そんな使用人の計らいで、今までドレスで隠れていた足や、腕の部分が透けて見えるネグリジェを着た彼女にどうにかしてしまいそうで、目線を逸らしその場を凌ぐ。駆け寄ってきたシトラは、そのまま俺の頬に抵抗もなく口付けを落とす。


「ありがとう!一緒に飲もう?」

「………あ、ああ………」


思わず唇を噛み締める。……耐えろ、彼女は今魔法でどうにかなっているんだ。こんな状態の彼女を襲って、その後彼女が悲しむのを見たくない。紅茶の入ったポットと空のカップを置けば、そのままカップへ注ぎ彼女へ差し出す。受け取った彼女は、小さな口で息を吹きかけ紅茶を冷まして、そのまま紅茶を一口飲んで、俺に満面の笑みを向けてくる。俺もカップを持ち、興奮で熱の息を吐きすぎて乾いた口に紅茶を含んだ。……緊張で、全く味がしない。


「今日は泊めてくれてありがとう。大好きなウィリアムと一夜を過ごせるなんて、凄く幸せ」

「そう、だな」

「……ウィリアム?」


流石に、研究室からずっと吃っている俺を心配したのか、シトラは俺の目の前まで来ると額に触れた。どうやら熱があるか確認している様だ。少し眉を寄せながら、考えこむ様に唸っている。


「うーん、熱は無さそうだなぁ……疲れちゃった?」


魔法にかけられていても根元が変わらないのか。普段と変わらない表情で心配する姿に、俺は襲うか襲わないかの緊張で張り詰めていた体が緩んでいく。額に触れる手を掴み、出来る限り優しく降ろして笑った。


「疲れてない、大丈夫だ」


そう伝えると、彼女はほっとした様な表情を浮かべた。彼女の変わらない優しさで調子を徐々に取り戻した俺は、そのまま立ち上がり彼女の頭に手を置く。


「もう夜も遅い、明日は中庭で朝食を取ろう」


そう伝えそのまま部屋から立ち去ろうとした。が、後ろから袖を掴まれる。何かまだ必要なものがあったのかと後ろを向けば、目の前に頬を赤く染めた、可愛らしい表情を向けられる。思わず俺も釣られて赤くなっていくが、彼女はそんな俺に呟くように声を出した。




「……しない、の?」

「………えっ」


俺の呆けた声に、どんどん頬を膨らませた彼女はそのまま腕を掴み足を進ませ、客室に置かれていたベッドで俺を座らせた。……流石に身の危険を感じ彼女から離れようとしたが、その前に唱えられる拘束魔法で、俺はされるままにベッドの上に倒れ込む。彼女の魔法は俺でも解くのは至難の業だ。本当に厄介な女性に育ってしまった。

思わず顔を歪ませていると、腰に重みを感じ目を向ければ、そこには熱を込めた目線を向ける彼女がいた。思わず生唾を飲んで凝視してしまう。


そのまま、俺の上に跨る彼女は酷く色香を漂わせて、普段と全く違う姿を魅せている。



「こんな服着せておいて……しないの?」



その言葉に、色香に俺の理性がどんどん削られていく。興奮で吐く息は荒くなり、上せる様に目線がぐらつくのに、彼女の姿だけは鮮明に見せてくれる。……本当に、なんて厄介なものをあの馬鹿精霊共は作ってくれたんだ。どれだけ俺が彼女を想っているのか知らないのか?彼女の着ているネグリジェだって、違うものを用意しようとすればどうにでもなった。……だが、俺の欲で着せているんだ。彼女にどんな事をしたいのか、どんな顔をさせてやりたいのか。それを魔法がかかり、俺の望んだ姿のシトラは分かっている。


彼女はそのまま俺に顔を近づける。思わず口付けをされるのではと顔を逸らしたが、彼女は色っぽく笑い耳元で囁いた。




「………しよ?」





そのあまりにも甘美な声に、近づいた事で濃くなった色香に。


俺は力技で拘束魔法を解き、驚く彼女の唇に噛み付いた。






1話で収まりきりませんでした……次回の更新「下」に続きます〜!

ちょびっとウィリアムの心情を追加しました。

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