リリアーナの誕生日
若干の百合要素があります(本当に若干)
朝、いつものように顔洗い用の桶を持ちながら、私の侍女になったクロエは笑顔で部屋のドアを開けた。
「もうすぐ朝食のお時間ですよ!おじょ…………お嬢様が起きてる!?」
「おはよぉ……」
まさか起きていると思わなかったのだろう。クロエは驚愕した表情で私を見て、そして夢かと思ったのか頬をつねっている。だが私の目にくっきりと出来た隈を見て、そしてある物を見て。一気に険しい表情へ変わった。
「ま、まさかお嬢様!これを作るために徹夜されたんですか!?」
「えへへ………張り切っちゃった…………」
それだけ告げて、私は床に倒れ込んだ。こちらへ走り向かってきた足音と、クロエの泣じゃくる声が聞こえる、大丈夫死んだわけじゃないから、眠いだけだから。だからそんなに泣かないで、執事長に泣かせたと思われて、めちゃくちゃ怒られるから。
「お嬢様ーーーー!!!今は死なないでーーーー今死んだら後継者の予言の神の!思う壺になっちゃうーーーーー!!!」
いやどういう意味だよ、今じゃなかったら死んでいいのか。
クロエの叫び声によって、隣の兄が慌てて来たあたりで……私はそのまま、どういう意味だと聞く前に意識を飛ばした。
言っておくが、死んでない。
《 リリアーナの誕生日 》
私は今日、成人である15歳の誕生日を迎えた。
成人を迎えた貴族は、舞踏会の参加資格を得る事が出来る。男性は家を継ぐ為に親の仕事を手伝い、女性は婚約者探しを始める。最近は独身のまま生涯を過ごす貴人も増えているが、私はカーター侯爵家の娘だ。自分が望んでいなくても周りが婚約者探しを囃し立てるだろう。………分家達は、自分の子息を私の夫にしたがるだろう。侯爵家の令嬢として生まれたのだから、家の為になる、由緒ある家の子息と婚姻を結ぶのは当たり前だ。
鏡の前で、使用人達が今夜行われる舞踏会の身支度をしてくれる。この日の為に両親が用意してくれた美しい薄紫のドレス。それに似合うように作られたアクセサリー達。それを一つ一つ飾り付けていく過程で、私はふとお姉様の事を考えた。……最近、公爵家へ遊びに行ってもお姉様は出かけている事が多かった。いつも家にいたのに、何かお気に入りの場所でも見つけたのだろうか?私も連れてってくれてもいいのに……。
「今日は来てくれるわよね、お姉様」
舞踏会の招待状を手渡しした時、嬉しそうに受け取ってくれたのだ。あの選び放題のお姉様と違って、私は過去の失態もあるから、将来の夫は慎重に選ばなくてはならない。そうなるとこれからはお姉様に会いにいく時間も減るだろう。だから会える内に、沢山会ってお話がしたい。
準備が終わると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。私は中から返事をすると、ドアが開かれた先には両親と兄がいた。三人とも私の姿に目を大きく開け、微笑んでくれた。
「本当に美しい女性に育ってくれたな、リリアーナ」
父が私の肩に触れて、優しく声を掛けてくれる。反対側の肩にも触れる感触があり、そちらを見れば母が涙ぐんでいた。私も思わず涙が出そうになったが、化粧が落ちてしまうので耐える。そんな姿を兄は穏やかに見つめてくれた。
……あの時は、こんな幸せな家族に戻れると思わなった。兄にも嫌われて、両親にも腫物を扱う様に接しられていたあの時は。でもそんな時に、お姉様が私達家族を救ってくれたのだ。私は父に声をかける為に見つめた。
「お父様、あの……お姉様はもう、いらっしゃっていますか?」
「ああ、そういえばシトラ嬢はまだ来られていないな。毎年のお前の誕生日には一番に来られているのに……珍しいな」
「そうですか……」
私の暗い声色に気づいた兄は、下を向いた私の頭を優しく撫でてくれた。
「シトラが来ないわけないだろう?必ず来てくれるさ」
整えた髪を崩さない様に撫でる、優しい兄の手が心地よい。私は兄を見て微笑んだ。それを見ていた母だったが、私の姿を見て何かに気付いたのか、首を傾げながら声を掛けた。
「リリアーナ、ネックレスはどうしたの?付けないなんて事ないわよね?」
「ああ、お姉様から「当日のネックレスを贈るから付けてほしい」と言われているんです」
「ネックレスを?……ハリソン家のお抱え宝石商からは、何も報告はなかったけれど」
母が疑問に思うのも仕方がない。ハリエド国の鉱山は全てカーター家が所有している領地内にある。だからこの国全ての鉱石はうちから出荷されているのだ。勿論ハリソン公爵家のお抱えの宝石商も、我が家の管轄である。……そもそも、その宝石商の報告で、お姉様が青い宝石を好んでいる事を知り、あのサファイヤを渡したのだから。……だが、うち以外でネックレスに使える宝石を仕入れる事が出来る場所はないはずだ。私達家族は顔をお互い見て、まさかお姉様が宝石なしのネックレスを贈ろうとしているのでは、と引き攣った表情を浮かべた。父が小さくため息を吐く。
「………一応、うちにあるもので今日の衣装に似合うものを、見繕うか」
「………そ、そうですね」
使用人へ私の宝石箱を出してもらう事を伝えようとした時、再びドアのノックが鳴る。入って来たのは使用人で、革張りの箱を持っていた。
「旦那様、ハリソン公とご家族様が来られました……それと、シトラ様からお嬢様宛にこちらを」
「お姉様から?ネックレスかしら?」
「は、はい……」
使用人は一応、あの考えている事が分からないお姉様からの贈り物なので、中身を見たのだろう。何故か使用人は汗をかきながら全身を震わせている。私達は去年の様な危険なものでは、と緊張が走る。私は震えている使用人に声を掛けた。
「……な、中は開けていいのかしら?」
「はい……危険物ではありません………ただ、その………」
「………中身を、見てもいいかしら?」
そう伝えると、使用人は震える手でゆっくりと箱を開く。……大丈夫、お姉様の突拍子もない贈り物には慣れている。だが最近は魔法を自由に使う様になっているから、いつもより恐ろしい。
が、…………箱の中に入っていた「ネックレス」に、私達家族は固まった。
◆◆◆
リリアーナ嬢お披露目の舞踏会、会場の隅で妹は椅子に座り屍の様に倒れている。どうやら成人の贈り物を手作りしたそうで、その総仕上げの為に昨日は寝ていないらしい。そこまでする贈り物とは一体なんだと思ったが、妹は「見てのお楽しみです」と言うだけだった。だが侯爵家まで家族で馬車で向かった際、今ままでどんな移動も魔法で行っていた妹は久々の馬車の揺れで酔ってしまったらしい。全く世話の焼ける妹だ。
「シトラ!お水を貰って来たから飲みなさい」
父が使用人から受け取った水の入ったグラスを妹へ差し出す。妹は掠れた声でお礼を伝えてから受け取り、一気に飲み干した。心配そうに見つめる母が、妹の背中をさする。
「やっぱり馬車で休んでいた方がいいんじゃないかしら?ここは人も多いから辛いでしょう?」
「いえ……わ、私の最高傑作を見るまでは………倒れません……」
いや倒れられても困るんだが。余程今年のリリアーナ嬢への贈り物は気合を入れているらしい。ネックレスと作ると言うもんだから、宝石商と協力してデザインをする程度だと思っていたが、最近毎日の様に公爵家へ妹を慕う精霊達が会いに来ていたし……今までのリリアーナ嬢の誕生日の贈り物は「元の世界の制服」と言い足が膝上まで出ている破廉恥なドレスだったり、護身の為にと異常に鋭利な短剣だったり。とても令嬢が令嬢へ贈るものではなかった。……おそらく、毎年そんなものを贈ってくるのだから、リリアーナ嬢も別でネックレスを準備しているだろう。登場した彼女が妹の贈ったネックレスを付けていない場合、ショックを受けるだろう妹を宥めなくては。
その時、今夜の主役であるリリアーナ嬢の登場を告げる声が聞こえた。会場の来客も皆、開かれるであろう扉に注目している。
重厚感のある扉が開かれると、美しく着飾ったリリアーナ嬢がゆっくりとヒールの音を鳴らしながら会場へ入場する。皆、ハリエドで今一番求婚が多い貴族令嬢の美しさに息を呑んでいる。大胆に胸元が開いたデザインのドレスは、彼女がもう子供ではないと伝えている様だった。………が、皆はその美しいリリアーナ嬢もだが、それ以上に胸元に輝くネックレスに驚いた。
中央にはめられている大粒の宝石は、色味からしてダイヤモンドだろう。だが俺の知っているダイヤモンドよりも美しく輝いているし、大粒以外の周りに飾られているダイヤモンドも小粒ながら同じ輝きをしている。……それに、その美しい宝石の土台、草木をイメージしたのであろう装飾を施された部分や、宝石部分意外全て金色だった。
「……あの土台、全部金なのか……?」
横にいた父が信じられないと、大きく目を開いて呟いた。……それもそうだろう。そもそも宝石なら兎も角、この豊かな大地を持つハリエド国でも金脈はない。唯一金脈を持つユヴァ国で輸出されるものも価値が高く、リリアーナ嬢の付けているネックレスほどの量ならば、もしかしたらその金額で小さな国が買えてしまうかもしれない。……このハリエドで広大な領土を持つカーター侯爵家が、まさかここまで資産があるとは。
だが、皆がそんな事を思っている中、妹は弱々しく拳を作り笑っていた。
「………さ、流石リリアーナ………宝石に負けず、似合ってるぜ……」
その言葉に父も母も、そして俺も妹を見る。……まさかそんな筈、と真っ青な顔で喜ぶ妹に声を掛けられずにいると、遠くから笑顔でカーター侯と夫人、そして妹よりも真っ青な表情をしたケイレブがやってきた。本来なら現ハリソン家当主である父に挨拶が先だが、何故かカーター侯と夫人は妹の目の前でしゃがんだ。
「今日はお越しいただいて有難うシトラ嬢。で、色々と聞きたい事があるんだがいいかね?」
「素敵なネックレスを贈ってくれて有難うございます。で、どこであんな、とんでもないものを?」
その言葉に思わずケイレブを見ると、奴は苦笑いをしながら頷いた。
◆◆◆
リリアーナの15歳の誕生日、今までと違い成人になる誕生日なのだ。そんな大好きな友人にネックレスを贈りたい!そう思った私は、最初こそ宝石商と協力して作ろうとした。……だが、この世界の宝石のカット技術は元の世界よりも粗い。この世界が中世っぽい年代だからしょうがないのかもしれないが、今年の贈り物は妥協したくない。私の誕生日にあんな素晴らしいブローチを贈ってくれたのだ。もうなんなら超えたい。リリアーナは勿論、あの何にも動じなさそうなカーター侯に吃驚してもらいたい。
そんな私の熱い思いを、ゲドナ国以来随分仲が良くなったアメリアに伝えると「じゃあ素材から発掘して作っちゃいましょうよ!」と元気よく言われた。……そう言えば戦争時代、地雷対策の為に透視魔法をよく使っていた。その度に地雷ではなく金やら宝石の原石やら、そんなものも見ていた気がする…………そうか!!この魔法で金脈と鉱山を見つければいいのか!!!そして私が前の世界の様に宝石をカットすればいいのか!!
私の考えを伝えると、アメリアも面白そうだと言い付き合ってくれる事になった。透視魔法を何度も使っていると、ウィリアムにディラン、アイザックや他のハリエドにいた精霊達が何事かと尋ねてきたので、また説明すると快く手伝ってくれた。
そうして、精霊達の力を借りて作り上げたネックレスに様々な加護を掛けて。完成したのが今リリアーナが付けているネックレスだ。いやー!アイザックにデザインを頼んでよかった!私だったら素材が良いだけになってたね!
「……と、いう感じ、です」
久しぶりの馬車の所為で酔っている私は、周りに途切れ途切れにネックレスの説明をした。説明が終わっても皆無言でこちらを見ているので、私は慌てて首を横に振りながら付け加える。
「こ、今回見つけた金脈と鉱山は!ハリソン領で見つけました!決して、他の家の領土ではうへぇ気持ち悪い」
「………ハリソン領、という事はハリエド国内で、新たな金脈と鉱山を見つけたと?」
「そうです!決して、他国で魔法を使っていません!!うぐぇ」
そう、本当に運よくハリソン家の領土で見つける事が出来たのだ(見つからなかったらカーター領からちょっと頂こうと思っていたが)だから決して他の家の領土とか、他国の領土からこっそり取っていない!私は首を横に振りすぎて更に気持ち悪くなっていき、後ろに倒れこむとケイレブが慌てて受け止めてくれた。彼の腕の中は安定感がある、思わず体を預けると何故か震えられた。どうした。
だが周りの大人達は、皆何度もため息を吐いている。一体どうしたのだ?まさか自分の家だったとしても、勝手に穴掘っちゃ駄目だったのか?王弟であるアイザックも手伝ってくれたし、法律違反とかないと思うのだが?もしや掘る時勢い良すぎて地盤が緩み、この前のハリエド国初の地震を起こしたことがバレたか!?そう思っていると、目の前のカーター侯は眉間に手を添え……そして堪えかねた様に吹き出した。
「っ………っくく………はっはっは!!!いやー!!本当に素晴らしいなぁ君は!!」
「……えっ?ネックレスの技術がですか?でも金を溶かして形を作ったのはウィリアムだし、冷やして固めたのはディランですし…うぐぅ」
「いやぁそれもそうだが!!!まさかこれまで他国に頼っていた金を掘り当てるなんて!新たなハリエドの産業を生み出すとは!!」
大声で笑うカーター侯を、夫人は面白そうに微笑んでいるし、両親や兄、ケイレブは私を呆れたように見ている。暫くして笑いが収まったのか、カーター侯は立ち上がり、私と、私を支えているケイレブに優しく微笑む。
「シトラ嬢。うちの息子は顔は良いし、性格も真面目ないい男だ。将来公爵になるから爵位も悪くない」
「……え、あ、そうですね……?」
「うちの息子、夫にどうだね?」
「えっ」
カーター家から私とケイレブの婚約話が何度か出ているのは知っていた。だが政略結婚だし、ケイレブ程の素晴らしい男は私に勿体ないと思って断っていたのだが。まさか直接侯爵から言われると思わず、そして侯爵の狙いを定めたような目線に思わず身震いした。おい!なんとか言ってやれケイレブ!と後ろを見たが、ケイレブは真っ赤な顔をして目線を横にしている。今恥ずかしがるんじゃない!このままだと本当にしょーもない女と婚約されてしまうぞ!?どうしたらいいのか分からず震えたままでいると、カーター侯と私の前に父と兄が割り込んできた。鋭い目線はカーター侯を見ている。
「狸ジ……カーター侯!!娘の婚約話はまだ早いと何度も言ってるだろう!?」
「そうです!そもそも妹の婚姻は、妹が望む相手にしたいと思っています!!」
「そうは言ってもシトラ嬢は鈍感すぎるのだから、多少は強引にしなければならないでしょう?このままだとシトラ嬢も、彼女の周りも誰も婚約者を作らないのでは?」
えっ、皆まさか私に気を使ってるから婚約者を作らないのか!?そんな!!私が皆の婚期を遅らせている原因なのか!?ケイレブの腕を掴みながら立ち上がり、私は自分のどうしようもねぇ罪に顔を歪ませながら、カーター侯へ訴えた。
「そんな!皆素敵な友人たちです!!私なんかに遠慮しなくても!!皆好きな人と婚姻してください!!ちょっとしか僻みません!!」
私の訴えにカーター侯は、いい笑顔でこちらへ向けて指をさしてくる。
「ほら、シトラ嬢はここまで言っても、こんな調子ですが?」
「な、なんか馬鹿にされてる事だけ分かるな!?喧嘩か!?」
「お、落ち着いてくれシトラ!」
思わず威嚇する様に歯ぎしりをする私に、ケイレブは慌てて宥めようと肩に触れる。心配そうに私を見つめる彼が、政略結婚の道具になってしまうなど!!………あ、そういえば前もこんな話があって、その時はまんざらでも無さそうだったな?政略結婚したい派だった気がする。
「お姉様!!!」
そんな、今にも家同士で喧嘩でもしそうな最中に、奥から美しく着飾ったリリアーナが駆けつけて来た。その表情はとても嬉しそうだ。
「素敵な贈り物を有難うございます!!本当に嬉しいです!!」
「よかった〜。大好きなリリアーナの成人の誕生日だからね、皆に協力してもらって発掘した甲斐があった」
「えっ発掘?」
その後、再び先程の説明をリリアーナにすると、彼女は大泣きして抱いついた。どうしたのだと問いかければ、嗚咽を交えた声で教えてくれた。
「お姉様が、私の為にそんな苦しい思いをしていたなんて……!!」
「いやこれは馬車酔いなだけで、発掘は苦しくなか」
「私……私は!!やっぱり自分の心に素直になります!」
「あっ聞いてないなこれ」
「私はお姉様と婚姻します!!!」
「えっ」
リリアーナの大声の宣言により、更に周りは騒ぎ始めた。……えっ?




