55 望まれなかった聖女ですが?
ハリエドに戻ってすぐ、私は新しいメイドの紹介をする為に、大広間へ使用人全員を集めた。皆何事かと不思議そうにしていたが、金髪金目のメイド服を着た美女が登場した途端、全員口を開けて凝視した。
その美女、クロエは皆の前で優雅にお辞儀をする。
「本日より、シトラお嬢様付きのメイドに戻りました、クロエと申します。皆様、再びご指導御鞭撻をよろしくお願いいたします」
「前のクロエと見た目違うけど、中身はそのままクロエだから皆気にしないでね〜」
クロエを再び公爵家のメイドとして雇ってほしいと父に告げた所。まさか長年うちに仕えていたメイドが、予言の神アルヴィラリアだったと思いもしなかった父は、驚きすぎて椅子から転げ落ちていた。父はメイドではなく、教会で高位の司祭として働いた方がいいのではと提案したが、クロエ自身がここで働きたいと進言した。その際にクロエは「お嬢様のお世話は一生私がします」と言ってくれたものだから、思わず私が恥ずかしくなった。
一番前にいたメイド長が、姿が全く違うクロエの登場に真っ青になりながら座り込んだ。そういえばメイド長はクロエと仲が良く、クロエを次期メイド長に推薦までしていたと聞いていた。彼は前のメイド長が辞めてから元々の執事長と兼任して、ハリソン家のメイド長に相応しい相手を探していたのだ。だからクロエが突然姿を消した時は暫く沈んでいた。しかもクロエが居なくなったので、毎朝私を起こすのは彼の役目となり、クロエが居たときは皆「執事長」と呼んでいたのも、毎朝部屋付きメイドに変わって私を起こすので次第に「メイド長」に変わっていったのだから。なんか色々と申し訳ない。
そんなメイド長兼執事長であるヘンリーは、目の前にいるクロエの姿に驚きながらも口を開く。
「クロエ………まさか、貴女は……」
クロエはそんなヘンリーを見て、艶やかに微笑んで見せる。ヘンリーは勿論、見ていた使用人達も頬が赤くなるほどの美しさだ。そのままヘンリーの前にしゃがんだクロエは、微笑んだ表情のまま彼の手を握る。
「執事長。前に私に伝えてくれた愛の言葉を、今返事をしても宜しいですか?」
「えっ!?」
「私は予言の神として、執事長よりも途方もない月日を生きてきました。あの時は住む世界が違うと返事もしないまま離れてしまいましたが……こんな異端な私でも宜しいのであれば……是非、私を貴方の妻にしてください」
「えっ!?」
「子供は何人に致しますか?私、3人くらい欲しいです」
「えっ!?」
あの厳しいメイド長が、真っ赤な顔をしながら同じ言葉しか発していない。まさかクロエが姿を消した後に沈んでいたのは、プロポーズの返事を断られたと思ったからだろうか?クロエは元予言の神で、その権限が無くなったとしても精霊なのに、人間との間に子供が出来るのだろうか?
……まぁ、そんな事を外野の私が考えても致し方ない。私は二人だけの空間になっている彼らを放って、他の使用人を解散させた。せいぜい幸せになってくれ二人とも。子供が生まれたら名付け親になろうじゃないか。
私はクロエを皆に紹介した後、そのまま移動魔法で城へ向かった。今回のゲドナ国の呪いや、私が契約したゼウスについての説明の為だ。どうやら近々大国四カ国で今回の事について会合があるらしい。その情報集めと言った所だろう。
契約主である私の命令は絶対ではあるが、呼んでいないのに勝手に時空から手を出して、構って欲しそうに体を触ってくるゼウスを目撃した者は多い。私に加護を与えている予言の神もアイザックで、神の中でも珍しい、国で王族の役職を持ちハリエドで働く神だ。私も世界の全てを定める存在と契約した事で、ハリエド国と他国でのパワーバランスが崩れ始めている。それほど神や加護持ちの存在は過去に偉業や爪痕を残し、重要なものとされているのだ。
私が城へ到着し、国王がいる大広間へ向かうと、扉の目の前にギルベルトがいた。一週間ほどしか離れていないのに随分懐かしく感じる。向こうも私に気付いたのか、優しく微笑みながらこちらへ歩いてくる。
「ちゃんとハリエドに帰って来ましたね。お利口さんです」
「いやあんな脅迫文出されたら、誰でも帰りますって」
「愛する女性を引き止めようとしただけですよ」
いや脅迫文だろあれは。ハリエド国で利用価値が上がった私を逃さない為だろうが、家族を人質に取るとはなんと腹黒だろう。ルーベンやイザークといい、皆聖女を求めすぎだろう?戦争も起きない今の時代に、私の価値はほぼないと思うが?
そのまま私とギルベルトは大広間の扉を開けた。中には既に王座に座る国王と、隣に王妃、そして王座のある壇上の下にはイザークとアイザックがいる。隣にいるギルベルトも含めれば王族全員集合だ。うへぇここでゲドナ国での説明をするの?もう帰りたいんだが。王座に座る国王は頬杖をつきながら苦笑いを浮かべた。
「シトラ嬢、すぐに帰れないから観念しなさい」
「な、何故考えていた事を!?」
「君は顔に出るんだよ」
思わず両手で顔を触っていると、横にいるギルベルトが小さく笑っていた。なんだか恥ずかくなってきたが、もうここまで来たのだから腹を括るしかない。私は壇上にいる国王を見て、大きく息を吸った。
「……ええっと、ゲドナ国王の執務室に入り込んだ私が見つけたのは」
「ちょっと待ちなさい、いきなり恐ろしい言葉が聞こえたんだが」
「何ですか?最後まで聞いてください。……それでかつての友人の日記帳を見つけ、それが王太子、今の国王に見つかり、ベッドの上で傷物にされるのを阻止してから呪いを」
「待て待て待て待て待て」
何故かその後も国王は、ゲドナ国で起きた出来事を話すのを止めてきた。あまりにも国王が止めるものだから、ギルベルトもアイザックもイザークも、皆恐ろしい表情をしているじゃないか。みんな話を区切られて意味が分からなくなり、国王へ怒っているのだろう。王妃様だけは真っ青になりながら「推しが鈍感すぎる……キュン」と言っていた。
国王の謁見が終わった後、私は迎えにきたガヴェインと共に教会へ向かった。イザークが戻ってきた事により、アメリアは大司教の任から解かれ一般職員へ戻った。ゲドナ国で魅了の魔法をかけたグレイソンとは、その後何と文通をしているらしい。
実はグレイソンは魅了魔法は既に解かれており、その後のアメリアに向けていた熱い視線は全て本心だったのだ。ハリエドに戻る際、グレイソンにそれはもう聞くのも恥ずかしい愛の告白をされていたアメリアは、断る為にいかに精霊と人間では寿命が違うか、子供を残す事ができない事や、自分が神との間に生まれた精霊なので異質な存在である事。グレイソンが不幸になるだけだと説明していた。……だが、グレイソンはその説明を全て聞き終わった後、アメリアへ一言伝えた。
「貴女と共にいれるなら、絶対に不幸にならない」
あまりにも情熱的な告白をされ、アメリアも目をまん丸にして頬を赤くしていた。だがイザークもマチルダとの婚約話は破断となっていたし、アメリアさん!どっちを取るの!?とリリアーナと盛り上がっていたのだが……アメリアは賢いので、イザークを捨ててグレイソンを取ったらしい。私と違って見る目があるな。グレイソンとアメリアの結婚式のスピーチなら喜んでやりたいが、多分そうなった時はルーベンがするだろう。
ガヴェインと共にアメリアの研究室へ向かうと、防護用のゴーグルと付けたアメリアが出迎えてくれた。研究室には多種多様な魔法薬や魔法魔術書が置かれており、中央では魔法で浮かんだビーカー達が動いて中の液体を混ぜている。そのまま簡易椅子へ座らせてもらい、アメリアはビーカーに紅茶を入れてくれる。このビーカー実験で使ってないよね?
「呼び立ててすいません……シトラ様にお願いがありまして」
「お願い?」
いつもの胸を揺らして暴れている彼女が、随分としおらしくなっている。手に持った紅茶の入ったビーカーを弄りながら、彼女は次の言葉を小さく発した。
「……あの、ゲドナ王に誘われていたゲドナ国の建国祭。私も一緒に行きたくて。……グレイソン様は、国王の従者で、他国の公爵家の方だから……私一人で会いに行っても、お会いできないかも知れなくて……シトラ様と行けば、ちょっとなら会えるかなって」
「…………グゥッ」
「グゥ?」
あまりのアメリアの可愛さに変な声が出た。いやハリエドの公爵令嬢呼び立ててる奴が何言ってるんだとか、お前第一王子と恋人同士だっただろとか、色々突っ込みたい所はあるがもういい!私は堪えきれず椅子から立ち上がり、興奮冷める事なく鼻息を荒くした。
「勿論一緒に行こうアメリアさん!私達もう友達じゃん!友達の恋の手助けなら何だってするよ!!」
「シトラ様……!!」
アメリアは嬉しそうに顔を明るくしながら、彼女も立ち上がり私に抱きついた。うーん胸があたるなぁ、顔も良いなぁチクショウ。親の顔が見てみたい、きっと美男美女の神様なんだろう。
アメリアと話し終えた後、次に会いに向かったのはウィリアムとディランだ。ゲドナ国でのゼウスに取った行動で、それはもう恐ろしいほどに怒られた。ウィリアムなんて暫く後ろにくっ付いて離れないし「もう離さない」とかボソボソ言っていた。私は宥める為にも何か願いはないか伝えた所、今回のお茶会を求められた。
500年前、国王になりたてで重い責務に苦しんでいた時、二人は気晴らしにいつも百合の花が綺麗に咲き誇る花畑へ連れて行ってくれて、そこで持ち寄ったお菓子を食べたのだ。今はその場所はウィリアムの屋敷が立っており、百合の花は中庭に咲き誇っている。ガヴェインも来てもらおうとしたが不機嫌そうに「終わったら教えろ」と何処かへ行ってしまった。……ウィリアムも苦手だろうし、ディランにはトラウマがあるのだろう。
魔法でウィリアムの屋敷へ着くと、既に待っていた二人が扉を開けてくれた。だが何故か二人とも髪も服もボロボロで、敵襲でもあったのかと思い慌ててしまうが、どうやら料理をしていたらしい。いやお前ら今までした事ないじゃん。何故急にしたのだと問えば、ウィリアムは珍しく恥ずかしそうに頬を染めて目線を下げる。同じような表情のディランが、戸惑いながら声を出した。
「15歳の誕生日、アイザックの事もあってちゃんと祝えてないだろう?……誕生日ケーキ、どうせなら手作りしてやろうと思ったんだ」
思いもよらない言葉に、私は目をまん丸にするしかなかった。……そして、あまりの嬉しさに今度は私が顔が赤くなってしまう。ウィリアムとディランはため息を吐きながら「やっぱり買いに行くか」と話しているが、私はそんな二人に駆け寄り思いっきり抱きついた。物凄い焦げ臭い、ケーキを作るためにどうやったらこんな風になるんだろう。
「もう一回作ろう!私もやる!材料買いに行こう!!」
抱きついたままそう叫ぶと、二人は驚いた表情をしながら黙り込む。
だが直ぐにその表情は優しく微笑むものに変わって、両側から擦り寄られる。
「貴女にそう言われたら、またやるしかないな」
「ああ、次はきっと成功するぞ!」
500年前も今も変わらない、私の大好きな精霊達。私が召喚されなければ、この二人は500年前に戦争で死んでいたかも知れない。そう思えば、あの苦しい記憶しかない戦争時代が、ほんの少しだけ穏やかな気持ちで思い出せる。
その後、材料をもう一度用意して再び作ったが、見事に二度目の爆発を起こした。三人でしょぼくれながらケーキ屋へ向かったのは、いい思い出になった。
そんなこんなで家に帰ったのは夕方過ぎ。家の門まで着くと、正面玄関前にある広場の噴水に、本を読みながら座る人物がいた。門を開けた音に気付いたのか、その人物はこちらを見る。
「遅い、今何時だと思ってるんだ」
「……ちょ、ちょっと色々あって」
その人物、兄はため息を吐きながら本を閉じてこちらへ近づく。最近益々男らしくなった兄は、毎度の事ながら思うが何故婚約者が出来ない?ちょっと求めるハードルを下げれば見つかると思うのだが?アメリアやアルヴィラリア達美女を見ても何も思わないみたいだし、ハードルどんだけ高いんだ?
そのまま私の目の前へ来た兄は、私の顔を見て眉間に皺を寄せる。そのまま顔が近づいて来たと思えば、口端を舐められた。その行動のあまりの軽さと、驚きで私は目が点になる。そのまま舐めとったものを口に含み味を確かめて、終わればそのまま何も無かった様に目線を向けた。
「なんだ、ケーキ食べてきたのか」
「……………ウィ、ウィリアム、の所、で」
「あの精霊に何もされていないな?」
「アッ、ハイ」
「お前は無防備すぎる、もう少し危機感を持ちなさい」
「アッ、ヒャイ」
………まさか、危機感を出させる為に舐めたのか?なんて教育熱心なんだこの兄は。こんな事を他の令嬢にしていないだろうな?遊び人と思われても仕方がないぞこれは?
目は点のまま、私は頭の中だけフル回転で思考を巡らせていた。そのまま固まる私を、次には兄は軽々と横抱きした。そのお陰でようやく体を動かせる様になった私は、あまりの恥ずかしさに兄の腕の中で暴れる。だが全く痛くも痒くもないのか、そのまま横抱きを続けられている。……いつも思うが、何で細腕なのにこんなにも力があるんだ。
「俺はお前にしか、こんな事しないよ」
「……こ、心読まれてる」
「お前は顔に出やすいからな」
「国王と同じ事言われた……」
なんと妹想いの優しい兄だ。私は思わず「危機感を持ちます!」と兄にガッツポーズを見せると、何故か兄は不機嫌になった。何でだよ。
そう言えば、兄は私を何処へ連れて行っているのだろう?自分の部屋に連れて行かれていると思ったが、方向が全く違う。この先には舞踏会や宴会用のホールしか無いはずだが?
「お兄様、何故こっちへ向かっているんですか?」
「行けばわかるさ」
いや分からないから聞いているんだが?そのままホールの扉の前に着いた兄は、扉をゆっくりと開けた。
開けた中から、沢山のクラッカーの鳴る音が聞こえる。ホールは明かりが灯り、中にはギルベルト、リアム、ケイレブとリリアーナ、ガヴェインがいた。どうやらクラッカーの音は彼らが鳴らせた様だ。奥には先程一緒にケーキを爆発させたウィリアムとディラン、アメリアとアイザック、イザークまでいるし、勿論私の両親も、カーター侯と夫人までいる。
ホールに並べられたテーブルには、私の好きなクロワッサン含めた料理やお菓子もある。この状況が分からず呆然としていると、ギルベルトとリアムが険しい表情で近づいてきた。
「何でシトラを横抱きしているんですか?」
「ジェフリー様、シトラの兄だからって何でもしていいと思ってます?」
「ギルベルト王子殿下と、ペンシュラ伯には言われたくないんだが?」
兄は言い争いで力が抜けた所を逃さず、私は兄から離れテーブルに並べられた料理を見た。並べられているのもが全て私の好きなものだ。クロワッサンにハンバーグにチョコケーキ!好きなものが茶色まみれなので、造花でいい感じに見栄え良くまとめ上げている!あとこれ絶対メイド長がやったな!絶対食えと言わんばかりに小皿には既に野菜が盛られている!思わず感動していると、ケイレブとリリアーナがそばへ寄ってくる。
「お姉様の誕生日をちゃんとお祝いしようと、皆で協力して準備しましたの。お姉様、これはカーター家からの誕生日プレゼントです」
「随分と贈るのが遅くなってしまったが、受け取ってくれ」
そう言われ差し出されたのは可愛い小箱だった。すぐに開けられる様になっていたので中を開ければ、そこには見たこともない程の大きなサファイヤが嵌め込まれたブローチが入っていた。美しいそのブローチに驚いていると、隣へやって来たカーター侯と夫人が笑いかける。
「うちの領地に良質なサファイヤが採れる鉱山があってね、滅多にお目にかかれないサファイヤが採れたと聞いたので、君に贈ろうと家族で話し合ったんだ」
「う、嬉しいのですが、貰って宜しいんですか?」
「構わんよ、だが出来れば常に身に付けてほしい。そこまでのサファイヤが採れるのは我が領地くらいだからね、いい牽制になるだろう」
「私を何から牽制させようと!?」
「言ったらフェアじゃなくなるので言えないな」
そこまで言うなら教えてくれ!悔しそうにする私を見て、夫人は小さく声を出して笑った。常に身に付けてほしいとの要望なので、私は無くさない様に追跡魔法を掛けてから、元々つけていたブローチを外して贈られたものを取り付けた。リリアーナは「素敵です!!」と言ってくれるが、もうこれ顔が宝石に負けてると思うんだが。あと何かすごいキラキラしすぎて目がチカチカする。
兄との言い争いが終わっていたのか、ギルベルトとリアムが不機嫌そうにため息を吐いている。
「平民の10年分の給金と同じ位のものを贈るとは……この後私達も贈り物があるのに」
「本当にやる事が恐ろしいんですよ、カーター家」
「10年分なのこれ!?」
つけているブローチが一気に重くなった気がする。取って厳重にしまいたいが、贈られた本人達は身に付けてほしいと言うし。体が恐怖で震えていると、そんな私を見たリアムとギルベルトはお互いを見て笑う。そしてギルベルトからは異国の珍しいお茶菓子のセットと、リアムからは兄弟で開発したという新しいハーブティーを贈られた。どちらも私の大好きなもので、嬉しくて両手で抱えながら二人に笑顔を向ける。
「すっごく嬉しいです!!早速明日頂きます!!」
「リアムのハーブティーと一緒に頂かれるのは腹が立ちますが、どうぞ召し上がってください」
「ギルベルト様のお茶菓子を打ち消すほどの爽やかな味のハーブティーだから、口直しに飲んでね」
お互い貶し合っているが、それは友情があれば故だ。本当に仲がいいなこの二人は。だが流石に言いすぎていたのか、お互い眼光を鋭くさせながら睨んでいる。やっぱ仲悪いかもしれない。
そのまま放って置こうと後ろに下がると、気づかず内に側にいたガヴェインにぶつかった。
「ガヴェインごめん!!痛くない!?」
慌てて謝るが、ガヴェインは耳をペシャリと下げたままで、頬も赤い。まさか怪我でもしたのかと更に慌てる私の前に、急にガヴェインは何かを差し出してきた。
「………おめで、とう」
「…………」
差し出されたのは赤いアネモネの花束で、随分と可愛いリボンで括られている。ガヴェインは赤い頬のまま、小さな声で祝いの言葉を告げているので、おそらく誕生日の贈り物だろうか?………えっ、ガヴェインが?私に?夢じゃないかと思ってしまい、私は恐る恐る花束を見ながら質問した。
「こ、これは私への、贈り物なの?」
「……それ以外何があるんだよ」
恥ずかしそうに声を出すガヴェインへ、私はこの愛おしい気持ちを耐える事が出来ずに飛び跳ねて彼へ抱きついた。花が崩れない様に咄嗟に腕を上げるガヴェインは、反対の手で私の肩を掴み離そうとしているが、そんな事もお構いなしにきつく抱きつく。
「おい離せ!!!何してんだバカ聖女!!」
「ガヴェイン大好き!!!」
「バッ!!!〜〜〜〜っう!!」
どうにかして鳴き声を出さないようにしているガヴェインが愛おしい。あぁなんて素晴らしい私の騎士なんだ。永遠に守ってみせる、この純粋な獣人を!!
そんな私達を見ていたギルベルト達は、引き攣った表情をむけていた。
「本当にあの駄犬は腹が立ちますね」
「尻尾がなくてよかった。あれば嬉しくて揺れている尻尾を僕は切る所でした」
「私とお姉様以外爆ぜれば良いのに」
「リリアーナどうした」
よく聞こえないが、多分マナーとかなんかだろうな。
ガヴェインをきつく抱きしめていると、恐ろしい強さで後ろから剥がされる。兄かと思ったがそれはアイザックで、そのまま神々しい笑顔で口を開いた。
「俺からも贈り物があるんだけど」
二人きりでもないのに言葉遣いが敬語ではない。それすらも忘れるほどに私の行動に怒っているのだろう。私は真っ青になりながらアイザックの前に立ち尽くす。そんな私へ、アイザックは頬に触れながら何やら呪文を唱えている。予言の神となったアイザックの魔法は、私と同じかそれ以上の高度な神の呪文だ。
私達の周りに金色の魔法陣が浮かび上がり、それと同時に胸に鈍い痛みが現れる。魔法陣が消えると同時に痛みはなくなり、私は何をしたのかアイザックを見上げた。彼はそんな私をうっとりと見つめて、耳元に声を這わせる。
「魔物化の呪文、シトラが死んだ時に発動する様に掛けたんだ」
何だそれか、そんな事なら先に言ってくれれば良いのに。約束したのだから私は逃げるつもりはないが、心配だったのだろうか?
「心配しなくても、私は死んだら責任を持ってアイザックの側にいるよ?」
「君が嘘をつかない事は分かってる。ただ今掛けたのは魔物化の呪文と、契りの呪文」
「契り……古代魔法だっけ?」
確か、掛けられた相手が、掛けた相手以外の他の異性と肉体関係を持つ事が出来なくなる魔法だった。そもそも持とうと思わないほどの洗脳を与える魔法で、分類が洗脳魔法となり禁呪とされているものだ。………うん?今それを掛けたの?この顔面凶器が?
「俺のものになるのは死後だからね、魔物化と同時に発動する様にしてるから安心して」
「安心できるか!?未来に洗脳される運命が確定してるんだぞ!?」
「俺以外の男に目を向けなければ発動しないから大丈夫」
「全然大丈夫じゃないじゃん!!!」
なんて事だ、私はこの先誰と結婚しても、愛しても最後にはアイザックを想うようにされてしまった。……あ、でもその時には相手も死んでるから目を向けないか。なら問題ないな。
「大丈夫かも……?」
「俺さえ見てれば発動しないから、大丈夫だよ」
「確かに!見なきゃ良いんだもんね!!」
「そうそう、魔物になったら、永遠に俺だけ見てれば良いから」
「そうする!」
開き直ってアイザックに笑いかける私に、彼は神々しいほどの美しい笑みを浮かべた。側で全てを聞いていたガヴェインは引き攣った表情で「馬鹿すぎる」と言っているが、いやいやちゃんと考えたよ全くもう。
近くにいたイザークにもこの会話が聞こえていたのだろう。アイザックを睨みつけながら持っていたグラスにヒビを入れている。ゼウスも勝手に出てきて手をバタバタ動かしているし、皆心配性だなぁ。
私達はその後も、たわいも無い話をしたり、皆笑顔でパーティーを過ごしている。
そんな皆の表情を見て、私は思わずため息を吐く。
500年前には、私はこんなにも大切な人達が出来るとは思わなかった。
戦争の兵器として求められた聖女が、今の平和な世の中には、いらない存在なのは分かっている。……でも、だから何なのだ?いらない存在だった私は、この時代に生き返ってハリエドに再び精霊を呼び戻したし、ゲドナ国を救ったんだぞ!13年前に望まれなかった私がいたから、皆を守れたのだ!
「望まれなかった聖女だけど、ちゃんと役に立ってる!望まれない聖女が何だってんだ!」
私の独り言に、皆が不思議そうにこちらを見た。
私はそんな皆の元へ、笑顔で向かっていった。
End




