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48 唱える

城の裏庭に座り込み、隣で同じく座る金髪の彼が、間食用にと持っていたクッキーを半分頂く。手作りらしいそのクッキーは、素朴でとても美味しかった。


『そうかぁ、私の付き人は嫌かぁ』

『申し訳ございません……でも、僕よりももっと、優れた方はいますから』


優秀とか、そう言うのではなく、友達になりたいから付き人になってほしいのだが?と言いかけた所で抑えた。王だからとか、使用人だからとかではなく恥ずかしくなったのだ。

私は顔を隠すように立ち上がり、それならばと提案した。


『ならせめて、このクッキーのお礼に何かさせてよ』

『えっ!?いやいや!!こんなクッキーなんかに』

『こんな美味しいクッキーだからこそ!!お礼させて!!』


慌てる彼に食い気味で言うと、少し恥ずかしそうに顔を染めていく。……暫く目線を逸らして吃っていたが、やがてそれはなくなり、真っ直ぐ私を見た。




『……なら、僕と……踊っていただけませんか?』















「シトラ、大丈夫か?」

「えっ?」


自分の名前を呼ばれ、古い記憶を思い出していた私は、意識を戻した。


目の前にはルーベンが心配そうにこちらを見ていた。どうやら心配をさせてしまったらしい、私は慌てて呆然としていた事と、感謝をルーベンへ伝えた。



大魔法は通常の魔法陣より巨大なもので、勿論土地も必要になる。この施設の中で、それに当てはまる場所が地下だった。地図では貯蔵庫と書かれているが、一部が立ち入り禁止で、それに貯蔵庫と言っても、施設の下全て必要なほどの広さは必要ないはずだ。

私達は立ち入り禁止となっていた地下の扉を開き進むと、やはり奥には古い魔法陣の跡があった。470年間国を守り続けた魔法陣は、すでに中央部分の紋章のみで後は消えている。……魔法陣の中央には、地面を剣で刺した跡がある。剣聖と呼ばれた彼女は、いつも肩に背負っていた事を思い出した。


思わずその場所を呆然と見つめていると、ふと自分の手に温かい感触が触れた。そのまま絡みつくのは誰かの手で、思わず手が触れる方を見るとルーベンがいた。彼は私に苦笑をしている。


「必ず成功させる。……だから、そんな顔しないでくれ」


どうやら心配させてしまう様な表情だったらしい。私はできる限りの笑顔を向けてその言葉に答えた。私よりも、王太子のルーベンの方が、父親の命がかかっている彼の方がよっぽど辛い筈だ。



私は何度か深呼吸をして、ルーベンの手を握り返す。そのまま後ろにいた友人達へ振り向いた。


「皆もっと後ろに下がってて。私もルーベン様に魔法を教えたらそっちに行くから」


そう伝えると皆、素直に後ろへ下がっていく。私は皆が安全な場所に行った事を確認すると、手を握っているルーベンの正面を見た。


今から大魔法を唱えようとしている彼は、緊張しているのか表情が硬い。私は、そんなルーベンを見て微笑んだ。


「実は、ルーベン様のその顔、500年前に私の恋人だった人に瓜二つなんです」

「……え?」


予想外の話に、ルーベンは目を開き驚いている。私は握っていた手を更に強く握った。


「顔もだけど、一緒に踊ったダンスも、彼と同じで。だからルーベン様は、彼の生まれ変わりだと思っていました。運命の糸の魔術で、私の元へ戻ってきてくれたんだと」

「……………」

「でもそれは違う。ルーベン様はダニエルじゃない。……ずっと、今まで忘れてたんです。もう一人、私と息の合ったダンスを、一度だけしてくれた人を」



美しいエメラルドの瞳が揺れる。……どうして忘れていたんだろう。中身が全く変わっていない彼を、どうして気づく事が出来なかったんだろう。


私は握っていた手を離し、呆然としているルーベンの胸を両手で強く押す。

急な力に彼はされるままに、後ろに倒れていく。



私は、倒れていく彼に精一杯の笑顔を向けた。






「ライアン」






そのまま私は、後ろへ倒れていく彼を見ながら。

世界へ向かって、魔術を唱えた。










◆◆◆






シトラに急に押され、僕は後ろに倒れてしまう。

目の前にいる彼女が、その笑顔がやけに胸を締めていくのと同時に、彼女は神の言葉ではない呪文を唱えた。


それと同時に、目の前に彼女が加護を持つ、予言の神の色ではない白銀の魔法陣が浮かび上がる。一体何が起きたのか分からない。だが後ろに下がっていた精霊達が、彼女に向かって叫んでいた。……その言葉で、彼女が魔術を唱えていた事を知った。そうか、確かに魔法を封じられたチョーカーを付けた彼女が、魔法を唱えれるわけがないか。



その美しい魔法陣と、目の前のシトラを見る。

彼女が、魔術を唱え何をするかなんて、説明されなくても分かった。だから手を伸ばして止めようとするが、凄まじいほどの圧力が掛けられているのか、体が全く動かせない。


「………陛下」



僕は、何故か彼女をそう呼んでいた。

それと同時に、頬に涙が伝っているのが分かった。



「……陛下、陛下」


ああ、どうして忘れていたんだろう。

僕は彼女の、陛下の為にここにいるのに。



身体中が悲鳴をあげているのも無視して、僕は懸命に陛下に手を向ける。

側にいたくて、今度こそ、側にいさせて欲しいと伝えたかったのに。


陛下の目の前の空中が割れ、時空の切れ目が現れる。そこから無数に溢れる、大人や子供様々な大きさの白い手が、彼女を攫おうと体に触れていく。



その手は対価を求めていた。

彼女の願いを、それに見合う対価を。



陛下はそのまま僕を見ないで、そして小さな口を開けて、ゆっくりと言葉を出した。








「……世界よ、私の願いを聞き届けて。………対価は、私の














魂なんてやるか!!!バーーーーーーカ!!!」









彼女は、隠し持っていた古い短剣を、時空の裂け目から現れた手に思いっきり刺した。


……いや、もう貫通する位に、ぶっ刺した。



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