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【完結】江ノ島の魔女  作者: 優月アカネ@重版御礼


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28/51

意気地なしは嫌いなんだよ

「お前、何なんだ? 小早川の周りをうろうろして」

「は? 君こそ何なの? さっきアンジュ様に気安く触れていたよね?」

「ちょ、ちょっと二人とも……!」


 ――なんだか可笑しなことになっている。テーブルを挟んで睨みあう二人を前にして、わたしは頭を抱えていた。

 路地裏で今にも言い合いを始めそうになっていた二人。どうにか近くのカフェに押し込み、飲み物を注文したのだけれど――


「だいたい僕はね、君みたいな意気地なしは嫌いなんだよ。いったいいいつになったらアンジュ様に――」

「待て待て待て! お前、何でそれを……!!」

「は? 見てりゃわかるでしょ」

「み、見てただと!? どういうことだよ!?」


 唾を飛ばしあう二人。わたしはわたしで、この状況に混乱している。

 風丸くんはどうして真珠が見えるんだろう? 魔力のない者、つまり人間には見えないはずなのに。


 そしてこの場を収集するには、どうしたらいいんだろう。ない知恵を絞り、頭を回転させる。

 あれもだめ、これもおかしい。いろいろな理由付けが思い浮かんでは消えていく。そして、結局頭に残ったものは、たった一つだけだった。


 ――信じてもらえるか分からないけれど、正直に話すのが一番いいんじゃないだろうか。親戚だとか兄妹だとかと言うには、あまりに真珠の見た目は浮世離れしすぎている。辻褄が合う、うまい言い訳が思いつかない。


 わたしが魔女見習いであることは、やたらと言うものではない。ここでは洋子さんしか知らない大きな秘密だ。でも、この場を収めるためには言うしかないだろう。非常事態だから止む無しだ。


 ――ただ、風丸くんはきっとわたしをからかったりはしないと思う。なぜだか、反射的にそういう確信を持った。

 信じてもらえなくても、例えば仲間内でそれを笑い話にするのではなく、例えば、どこか具合でも悪いのか? とか、そういう真面目な反応をする人だと思った。彼の人間性だけが、この状況で唯一の救いに感じた。


「お前、変な服だな。無駄にきらきらしやがって」

「君こそずいぶん地味だね? ただの石ころみたいだ。全く持ってアンジュ様にふさわしくないな」

「んだとっ!」


 はたから見ると、風丸くんは誰もいない空間と言い合いしているように見えるはず。怪しいことこの上ない。焦りもあり、わたしは風丸くんに話すことを決めた。


「あの! 風丸くん。話があります!」

「……話?」


 訝し気な顔をした風丸くんが、ようやくわたしの方を向く。


「じ、実はわたし――」


 高鳴る心臓を抱えて重い口を開いた。


 ◇


「――マジかよ」

「はい。信じられないかもしれないけれど、全部本当、です」


 風丸くんは頭を抱えて髪をわしゃわしゃしたあと、勢いよくコーラを飲み干した。

 そんな彼を見て、わたしは温かいココアの入ったマグカップをきゅっと握る。


「いや……もちろん小早川を疑ってるわけじゃないんだけど。ただ、すごい話だなっていうか……そういう世界があるってことが、受け止めきれないというか……」

「で、ですよね……」


 わたしは魔女の国ソルシエールから来た魔女見習いであること。そして真珠は、わたしの祝福の石が変化したものであること。そのあたりをかいつまんで話したのだけれど。やはりというか、風丸くんは混乱している様子だった。魔法を使って見せようかとも思ったけれど、ここは人目がありすぎる。


 修行先での魔法の使用は可能だけれど、慎重になる必要はある。その国の法に触れたり混乱を引き起こすような使い方をすると、修行未達成となり、魔女になれなくなってしまうからだ。それに、下宿先の魚心亭がなんらかの罰を受ける可能性だってある。


 目に見える形で証明できないことを申し訳なく思う。「いやでも……こいつは明らかにおかしいし……」などとぶつぶつ言っている風丸くんを、情けない気持ちで様子をうかがう。


「この状況でアンジュ様が嘘をつくわけないだろ」


 隣でふんと鼻を鳴らす真珠。長い足を組み、不機嫌そうだ。彼には飲食など必要ないのに、頼んでくれと言われて注文したメロンソーダのストローをかちゃかちゃとかき混ぜている。


「それでさ、アンジュ様」

「なに? 真珠」

「この男、魔力があるね。ほんの少しだけれど」

「「えっ??」」


 わたしの声と、風丸くんの声が重なる。


「だから僕のことが見えるんだと思う」

「「はい??」」


 再び重なる声。混乱するわたしたちと対照的に、彼は不機嫌そうなままだ。


「ちょっと待って真珠。風丸くんに魔力があるですって?」

「おい。どういうことだよ!?」

「ああもう、うるさいなあ。僕はアンジュ様と話してるんだよ」


 またしても二人の間に火花が飛び散り出す。――ああもう、面倒くさい。どうして二人とも平和に会話ができないのかしら!? 話が進まないじゃない!

 雪のように薄く蓄積していた怒りが、ついに閾値を超えようとしていた。


「――ちょっと二人とも。そろそろいい加減にしてくれると、すっごく嬉しいんだけど……?」


 思ったより、低い声が出た。

 視界の隅で、二人の身体がびくっと跳ねる様子が目に入る。


「……アンジュ様がそう言うなら。非常に不本意だけど、そうするよ」

「ふん。俺も小早川のためだから。お前に屈したわけじゃないからな」


 なおも睨みあう二人。しかし、言葉による言い合いはやめてくれた。

 はあとため息をつき、話の続きに戻る。


「それで真珠。風丸くんに魔力があるっていうのはどういうことなの? 説明してくれる?」

「言葉の通りだよ。ほんの少し、残渣っていう僅かなレベルで魔力がある。どうして魔力があるのかとか、詳しいことは感知できないね」


 祝福の石――それも高位にあたる宝石で、人型に変化もできる真珠には、そんな能力もあったのかと驚く。わたしには、他人の魔力を感知することはできない。


「風丸くん。心当たりはある?」


 驚いた表情をしている彼に尋ねる。


「いや、全然」

「そうだよね……」


 先ほどわたしの話をした時にも困惑していたくらいだ。今、自分には魔力があると言われても、青天の霹靂というやつだろう。


「じゃあ俺さ、」


 風丸くんが続ける。


「もしかして魔法とか使えちゃったりするの?」


 長めの前髪からちらりと覗く切れ長の瞳は、きらきら輝いていた。

 戸惑いはどこに行ったのだろうかと思いつつも、彼のそう言った子供のような表情を見るのは初めてで、新鮮な気がした。


「いや、無理だね。魔力は本当に少ししかないから。普通の人間とできることはなんら変わらないよ」

「そうか……」


 クールな真珠と、残念そうな風丸くん。


 ――そのあとも、三人でぽつぽつ話をしたのだけれど。これと言って何か新しいことが分かるわけでもなく、追加注文したオムライスを食べ終わるころ、真珠は元のネックレスへと姿を戻していった。その様子を見て、風丸くんは目を丸くした。


「――ほんとにこいつはネックレスだったんだな……」

「そうなの。びっくりだよね。わたしも最初は泥棒か何かかと思ったから……」

「ははっ、泥棒って。それ一番ひどいな」


 笑う風丸くんを見て、自分も自然と笑顔になる。

 真珠は、今日は最後まで付き添うと言っていたけど。もう店じまいしたようだ。わたしとしても、なんとなく見張られているような落ち着かない感じがあったので、少しほっとした。


「驚きの連続で、なんだか疲れたわ。小早川が魔女見習いで、変な付き人がいて、俺にも魔力があるだなんてさ。夢でも見てる気分だ」


 風丸くんが、腕を頭の後ろで組みながら言った。


「そうだよね。風丸くんからしたら、全てが信じられないようなことだと思う」

「だなー。でも、もう考えてもわからないから。とりあえず、仕切り直そうぜ」

「……仕切り直し?」


 なんのことだろう? そう思って風丸くんを見つめると、彼はふいと顔を反らした。そしておもむろに会計伝票をつかみ、席を立つ。


「で、デートだよっ。ほら、行くぞ」


 彼の広い背中から聞こえたその言葉。二、三回頭の中で反芻する。

 じわじわと顔が熱くなり――無言で彼の後を追うのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] わわわ どうなるのか続きみたいけど ちょっともったいないので一旦出ます。m(__)m
[良い点] あらら、アンジュ、風丸くんに事情説明したのか? でも話して大丈夫なの? って風丸くんにも微量ながら魔力あるのか。 これは後々の伏線になりそうな予感。
[一言] ま、魔力あったのか(゜Д゜;) い、いや待て……人を魅了する美貌、魔力……江ノ島の天女と関りが(ぇ
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