意気地なしは嫌いなんだよ
「お前、何なんだ? 小早川の周りをうろうろして」
「は? 君こそ何なの? さっきアンジュ様に気安く触れていたよね?」
「ちょ、ちょっと二人とも……!」
――なんだか可笑しなことになっている。テーブルを挟んで睨みあう二人を前にして、わたしは頭を抱えていた。
路地裏で今にも言い合いを始めそうになっていた二人。どうにか近くのカフェに押し込み、飲み物を注文したのだけれど――
「だいたい僕はね、君みたいな意気地なしは嫌いなんだよ。いったいいいつになったらアンジュ様に――」
「待て待て待て! お前、何でそれを……!!」
「は? 見てりゃわかるでしょ」
「み、見てただと!? どういうことだよ!?」
唾を飛ばしあう二人。わたしはわたしで、この状況に混乱している。
風丸くんはどうして真珠が見えるんだろう? 魔力のない者、つまり人間には見えないはずなのに。
そしてこの場を収集するには、どうしたらいいんだろう。ない知恵を絞り、頭を回転させる。
あれもだめ、これもおかしい。いろいろな理由付けが思い浮かんでは消えていく。そして、結局頭に残ったものは、たった一つだけだった。
――信じてもらえるか分からないけれど、正直に話すのが一番いいんじゃないだろうか。親戚だとか兄妹だとかと言うには、あまりに真珠の見た目は浮世離れしすぎている。辻褄が合う、うまい言い訳が思いつかない。
わたしが魔女見習いであることは、やたらと言うものではない。ここでは洋子さんしか知らない大きな秘密だ。でも、この場を収めるためには言うしかないだろう。非常事態だから止む無しだ。
――ただ、風丸くんはきっとわたしをからかったりはしないと思う。なぜだか、反射的にそういう確信を持った。
信じてもらえなくても、例えば仲間内でそれを笑い話にするのではなく、例えば、どこか具合でも悪いのか? とか、そういう真面目な反応をする人だと思った。彼の人間性だけが、この状況で唯一の救いに感じた。
「お前、変な服だな。無駄にきらきらしやがって」
「君こそずいぶん地味だね? ただの石ころみたいだ。全く持ってアンジュ様にふさわしくないな」
「んだとっ!」
はたから見ると、風丸くんは誰もいない空間と言い合いしているように見えるはず。怪しいことこの上ない。焦りもあり、わたしは風丸くんに話すことを決めた。
「あの! 風丸くん。話があります!」
「……話?」
訝し気な顔をした風丸くんが、ようやくわたしの方を向く。
「じ、実はわたし――」
高鳴る心臓を抱えて重い口を開いた。
◇
「――マジかよ」
「はい。信じられないかもしれないけれど、全部本当、です」
風丸くんは頭を抱えて髪をわしゃわしゃしたあと、勢いよくコーラを飲み干した。
そんな彼を見て、わたしは温かいココアの入ったマグカップをきゅっと握る。
「いや……もちろん小早川を疑ってるわけじゃないんだけど。ただ、すごい話だなっていうか……そういう世界があるってことが、受け止めきれないというか……」
「で、ですよね……」
わたしは魔女の国ソルシエールから来た魔女見習いであること。そして真珠は、わたしの祝福の石が変化したものであること。そのあたりをかいつまんで話したのだけれど。やはりというか、風丸くんは混乱している様子だった。魔法を使って見せようかとも思ったけれど、ここは人目がありすぎる。
修行先での魔法の使用は可能だけれど、慎重になる必要はある。その国の法に触れたり混乱を引き起こすような使い方をすると、修行未達成となり、魔女になれなくなってしまうからだ。それに、下宿先の魚心亭がなんらかの罰を受ける可能性だってある。
目に見える形で証明できないことを申し訳なく思う。「いやでも……こいつは明らかにおかしいし……」などとぶつぶつ言っている風丸くんを、情けない気持ちで様子をうかがう。
「この状況でアンジュ様が嘘をつくわけないだろ」
隣でふんと鼻を鳴らす真珠。長い足を組み、不機嫌そうだ。彼には飲食など必要ないのに、頼んでくれと言われて注文したメロンソーダのストローをかちゃかちゃとかき混ぜている。
「それでさ、アンジュ様」
「なに? 真珠」
「この男、魔力があるね。ほんの少しだけれど」
「「えっ??」」
わたしの声と、風丸くんの声が重なる。
「だから僕のことが見えるんだと思う」
「「はい??」」
再び重なる声。混乱するわたしたちと対照的に、彼は不機嫌そうなままだ。
「ちょっと待って真珠。風丸くんに魔力があるですって?」
「おい。どういうことだよ!?」
「ああもう、うるさいなあ。僕はアンジュ様と話してるんだよ」
またしても二人の間に火花が飛び散り出す。――ああもう、面倒くさい。どうして二人とも平和に会話ができないのかしら!? 話が進まないじゃない!
雪のように薄く蓄積していた怒りが、ついに閾値を超えようとしていた。
「――ちょっと二人とも。そろそろいい加減にしてくれると、すっごく嬉しいんだけど……?」
思ったより、低い声が出た。
視界の隅で、二人の身体がびくっと跳ねる様子が目に入る。
「……アンジュ様がそう言うなら。非常に不本意だけど、そうするよ」
「ふん。俺も小早川のためだから。お前に屈したわけじゃないからな」
なおも睨みあう二人。しかし、言葉による言い合いはやめてくれた。
はあとため息をつき、話の続きに戻る。
「それで真珠。風丸くんに魔力があるっていうのはどういうことなの? 説明してくれる?」
「言葉の通りだよ。ほんの少し、残渣っていう僅かなレベルで魔力がある。どうして魔力があるのかとか、詳しいことは感知できないね」
祝福の石――それも高位にあたる宝石で、人型に変化もできる真珠には、そんな能力もあったのかと驚く。わたしには、他人の魔力を感知することはできない。
「風丸くん。心当たりはある?」
驚いた表情をしている彼に尋ねる。
「いや、全然」
「そうだよね……」
先ほどわたしの話をした時にも困惑していたくらいだ。今、自分には魔力があると言われても、青天の霹靂というやつだろう。
「じゃあ俺さ、」
風丸くんが続ける。
「もしかして魔法とか使えちゃったりするの?」
長めの前髪からちらりと覗く切れ長の瞳は、きらきら輝いていた。
戸惑いはどこに行ったのだろうかと思いつつも、彼のそう言った子供のような表情を見るのは初めてで、新鮮な気がした。
「いや、無理だね。魔力は本当に少ししかないから。普通の人間とできることはなんら変わらないよ」
「そうか……」
クールな真珠と、残念そうな風丸くん。
――そのあとも、三人でぽつぽつ話をしたのだけれど。これと言って何か新しいことが分かるわけでもなく、追加注文したオムライスを食べ終わるころ、真珠は元のネックレスへと姿を戻していった。その様子を見て、風丸くんは目を丸くした。
「――ほんとにこいつはネックレスだったんだな……」
「そうなの。びっくりだよね。わたしも最初は泥棒か何かかと思ったから……」
「ははっ、泥棒って。それ一番ひどいな」
笑う風丸くんを見て、自分も自然と笑顔になる。
真珠は、今日は最後まで付き添うと言っていたけど。もう店じまいしたようだ。わたしとしても、なんとなく見張られているような落ち着かない感じがあったので、少しほっとした。
「驚きの連続で、なんだか疲れたわ。小早川が魔女見習いで、変な付き人がいて、俺にも魔力があるだなんてさ。夢でも見てる気分だ」
風丸くんが、腕を頭の後ろで組みながら言った。
「そうだよね。風丸くんからしたら、全てが信じられないようなことだと思う」
「だなー。でも、もう考えてもわからないから。とりあえず、仕切り直そうぜ」
「……仕切り直し?」
なんのことだろう? そう思って風丸くんを見つめると、彼はふいと顔を反らした。そしておもむろに会計伝票をつかみ、席を立つ。
「で、デートだよっ。ほら、行くぞ」
彼の広い背中から聞こえたその言葉。二、三回頭の中で反芻する。
じわじわと顔が熱くなり――無言で彼の後を追うのだった。




