094 待ち合わせ
ついに土曜日がやってきた。
俺は朝食を食べ終えて綾香の部屋に戻って来ている。
まさか茜ちゃんと絵理沙と三人で大宮に遊びに行く事になるなんな……。
こんな事で驚いてるなんて、綾香になった時にはどうやって生活していけば良いのかすごく悩んでたのが嘘の様だな。
俺は今は綾香として普通に生活が出来るようになっていたんだな。
昨日考えたら、茜ちゃんと出かけるってこれが初めてだって気が付いた。
昔の俺ならば女の子、それも好きな子と一緒にお出かけなんて事になったら、前日の夜は緊張で眠れない! ってなってたはずなんだが……。
今回はそんな事はまったく無かった。
それどころか逆にぐっすりと眠れてしまったくらいだ。
やっぱり綾香としての生活に慣れたからか? だから女が苦手じゃなくなってきたのかもしれない。
まぁともあれ普段通りに寝れたお陰で今日は気分が爽快だったりする。
俺は窓を開けて空を見上げた。
今日も秋晴れで風も無くとても暖かい。
いい天気だな。
今日は暖かいしそれほど厚着をしてゆく必要はないか。
俺は窓を閉めると洋服ダンスへ向かった。
頭の中で何を着てゆこうかと考えながら妹の洋服ダンスを漁った。
色とりどりの洋服を、俺は何の躊躇もなく漁っている。
この何気なく開けている妹の洋服ダンスも、最初は開けるのにはかなりの抵抗があったんだ。でも、今ではすっかり自分の物の様になっている。
実は先日このタンスの中の全ての服を試着してみた。
結構俺ごのみの服が多かったというのが印象だった。
でも、中には俺の知らない服も結構あって少しだけ驚いた。
スカートしか持っていないと思っていた綾香が、1枚だけパンツも持っていたのも吃驚した。
俺はスカートが好きだと言っていたから、綾香は基本的にはスカートばかりを穿いていた。
だけどそうか、綾香もたまにはパンツだって穿いてみたかったんだな。
俺も今度は綾香にスカートがいいなんて強要しないようにしよう。
ちなみに今日着てゆこうかと思っているワンピースも、綾香が着ている所を実際には見た事がなかったものだったりする。
俺は洋服ダンスの中からワンピースを取り出した。そして着替え終えて姿見で確認をした。
髪をついでに整え、軽くリップクリームを塗る。
出発準備万端になった所で時間を確認すると、時計は八時四十五分になっていた。
待ち合わせ時間は九時半だったな。
今日の待ち合わせの駅は近くの私鉄の駅では無く、少し離れたJRの駅だ。
そこまで行くには自転車で約二十分位はかかる。
それでも出るにはちょっと早い。
でも、ここに居ても仕方無いし、俺はやはり出かける事にした。
俺は「いってきまーす」と母さんに声をかけて自転車でJRの駅へ向かう。
今日は風も強くない。太陽がぽかぽかだ。
なんて暖かい日なんだろう。
学校へ行く日はいつも寒いのに、いつもこんな暖かい日でいろよ! って文句を言ってみる。無駄だと知ってるけどな。
ちょっとした上り坂を一気に上ると、少し下り坂だ。
俺は一気に速度を上げて下り坂を駆け抜ける。
風を切って走るのって気持ちいい!
気分爽快になれる!
もういっそ、このままサイクリングにでも行きたい気分だ。
いけないけどな。
順調に自転車を漕いでいるとふと思った。
全力で駅まで漕ぐと何分で到着できるんだろう?
悟の時は最高記録が十分だった。だが、綾香だとどうなんだろう?
一旦信号で止まった俺。
距離はほぼ30%来ている。
ここからだときっと前の俺だと7分だな。
よし! 何分で駅まで漕げるかチャレンジだぜ!
俺は信号が青になると同時に全力で駆けだした。
「うぉぉぉぉ!」
うなり声を上げて、自転車を力いっぱい漕ぎスピードを上げた。
スカートが捲れるのも気にしないで。
☆★☆★☆★☆★☆
「はぁはぁ…」
俺は息切れしていた。当たり前だな、思いっきり自転車を漕いだから。
しかし、記録は俺の予想を覆すものだった。
俺のすばらしき自転車漕ぎテクニックと、ママちゃりとは思えない程のハイスピード走行テクのお陰でなんと9分で到着した。
これってすごいよな? 女なのにこれってすごい記録だろ?
よし、今度綾香が戻ってきたら教えてやろう!
俺が綾香だった時にJRの駅まで自転車で9分で到着したんだぞ! ってな!
……馬鹿か俺は? そんな事を言えるはずねぇだろ!
それに、俺の脚力は元が男だった後遺症だ。
普通の女性よりも俺は頑丈に、そして運動能力抜群に出来ているのだからな。
俺はバスの来ていないバス停のベンチに座った。
やばい、疲労度全開だ。
朝から何してんだよ……。汗まですっげーかいてる。
匂わないよな?
俺はくんくんと自分の脇付近のにおいを嗅いだ。
やばい、こういう行動も女っぽくなってる。けど、俺は今は綾香だしな。仕方無い。
俺は広場に立って居る大きな時計を見た。するとまだ集合時間まで30分もあるじゃないか。
早く出たのに、全力で漕いだからさらに早く着きすぎた。
周囲を見渡して見たがもちろん二人は来てない。いや気配すらない。
仕方ないな……。
俺は待ち合わせの場所へ移動して二人を待つ事にした。
待ち合わせの駅は夏休みに茜ちゃん達と来たタイエーの横にある駅だ。
それほど駅の規模が大きくないのと、駅の改札までは地下道を通る必要があるから、そして、まだ朝も早い土曜日という事もあって駅前には殆ど人はいない。
ちなみにこの駅前にはコンビニも無く、本を立ち読みして待つなんて事も出来ない。
本屋はあるけど、この時間じゃ開いてない。
うん、超暇だな。
携帯すら持っていない綾香は暇を潰すものが何もない。
あいつは待ち合わせの時はどうやって暇を潰してたんだろう?
数分が経過した。再度一度周囲を見たがやはり気配すら無い。
ふと気が付くと先程までは誰も居なかった隣りに女の子が立っていた。
正直驚いた。ちょっとびくっとしてはずだ。
しかし、マジ驚いたな。
見た感じからすると俺と同じ高校生か?
その子は時計をちらちらと見て少しソワソワしている。
俺と同じで誰かと待ち合わせなのだろうか?
友達とかな? それともデートなのか?
そう思っていると女の子はいきなり笑顔になり右手を大きく振った。
俺は女の子の視線の先を見た。すると別の女の子が手を振りながら走ってくる。
なんだ、女友達かよ。
「もう! 遅刻だよ!」と待っていた子が言うと「ごめんごめん…」ともう一人の女の子が舌を出す。
そして二人は仲良く駅へと消えて行った。
女友達同士で仲良くお出かけか。
女っていう生き物は女同士でよくお出かけとかするものなかのかな?
俺は男友達と一緒に何処に行くと殆ど無かった。
いや、待てよ? それって、俺が単純に友達と遊んでいなかっただけか?
ふと辺りを見渡すと先程までは数人程度は居たはずの人もどんどんと消えてゆき、周囲に俺以外に誰もいなくなった。
後ろの駅には電車は入ってきている。
どうやらこの電車でみんな出発してしまったんだろうな。
何もしない待ちぼうけがこんなにつらいとは思わなかった。
でも、何で俺はこんな早い時間から、それも一番に待ち合わせ場所に居るんだっけ?
いつもの俺はどちらかと言えばさっきの遅れていた女の子の方だよな?
自慢じゃないが俺は結構時間にルーズだ。
俺が男だった時には待ち合わせ時間のギリギリに到着するのが当たり前だった。
なのにその俺がこんなに早く着くとか、俺ってやっぱり変わったよなぁ。
こんなんじゃ、暇なせいもあって色々な事を考えてしまうぞ。
絵理沙の事とか……って! やめやめ、それはやめ!
俺は両頬を両手で挟んで首を振った。
しっかし、まだかな……。
待つ事が慣れていない俺は数分ごとに辺りを確認する。
しかし相変わらず視界に二人の姿はない。
あーあ、こんなんならギリギリに来ればよかった。
あんなに全力で自転車を漕ぐんじゃなかった。
いまさら後悔しても仕方ない。
俺はバスの来ないバス停の屋根の下に入り日差しを避けて二人を待った。




