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ぷれしす  作者: みずきなな
十月
84/173

084 それぞれの想い 双子の姉妹 前編

 薄暗くなったマンションの一室。

 西日の差し込むリビングの窓辺に、私は制服のまま一人顔をうつ伏せ、足を抱え込むように座り込んでいた。

 怪我をしたおでこが少し痛むが、さっき洗面所で鏡を見ると、もう傷口が消えていた。

 私はその怪我が治った事に疑問を抱く前に、どうしてあんな事を言ってしまったんだろうと酷く後悔をしていた。

 私は今日、悟君に告白をしてしまった。


「でも何でだろう」


 今さらだけど、今になってそう思ってしまう。

 確かに私は悟君の事が前から気になっていた……。けど……。


 私はふと悟を気に掛け始めた切っ掛けの日を思い出した。

 そう、あの事故から数日経った夏休みのあの日の事を……。


 私はあの出来事があってから悟君に興味が沸いたんだ。

 だからこの世界に残った。でも…でも、それでもなぜ?

 私はいつから悟君に対してこんな気持ちになったのだろう?

 こういう気持ちにならないように、私は悟君と接点をなるべく持たないようにしていたはずのに……。

 そうよ、おかしいわ。

 考えてみてよ? 私は悟君を殺しちゃった加害者なんだよ? 悟君は被害者なんだよ?

 私は悟君に恨まれて仕方のない存在。

 だからこそ、私がこんな気持ちになるなんておかしいんだわ。

 うん、そうだよ……私っておかしいよ……。


 ……何で……本当に何で……。

 ぐっと拳に力を入れた。


 私はしばらく経ってから顔をゆっくり上げた。

 薄暗くなった部屋の中を見渡しながら今日の行動をもう一度思いだして見る。

 私は……そう、学校を終わってから、一度はこの部屋に戻って来た。

 すると、部屋で寝ていたはずの輝星花きらりが居なくなっていたのに気がついたんだわ。

 私は具合が悪いまま外出した輝星花が心配で、輝星花を探しに再び学校へ戻った。

 特別実験室を覗いたけれどそこには輝星花は居なかった。

 私は実験室を出て廊下を歩いていた。

 その時になぜだか直感した。

 もしかして屋上にいるのかなって。

 どうして屋上だと思ったのかは解らない。だけど、なぜかその時はそう思った。

 そして……屋上へ行くとそこには予想通りに輝星花が居た。


 私は驚いた。

 屋上には輝星花だけじゃなくって悟君までいたから。

 そして輝星花は野木一郎の姿では無く本当の姿になっていた。

 輝星花としての姿を、女性としての姿を悟君に見せていた。

 最近は私に何も教えてくれなくなっていた輝星花。

 気が付けばいつも悟君と一緒にいるし、そして一緒に行動している。


 何でだろう? 私は自分から悟君を遠ざけていたはずなのに、なのに屋上で悟君と一緒にいる輝星花を見た瞬間に胸が締め付けられるように痛くなった。

 同時にほつほつと怒りが沸いた。

 たぶん、それは嫉妬だたんだ。

 私は悟君も好きなのに、好きという気持ちを押さえ込んでいたんだ。

 そして、輝星花と一緒にいる悟君を見てヤキモチをやいたんだ。

 結果、私は冷静さを失ってしまった。


 輝星花と口論になった時、輝星花が私に向かって言った一言。


『絵理沙は僕が悟君を奪うとでも思っているのかい』


 その言葉を聞いてやと私は我に戻った。

 私は輝星花の言う通り、輝星花に悟君を取られたくないと思っていた。

 他の誰かが悟君に近寄った時には何にも思わないのに、輝星花だけは違った。

 私は輝星花にだけは悟君を取られたくないって思った。


 いや待って、本当に輝星花にだけなの? 本当にそうなの?

 じゃあ茜ちゃんと悟君が一緒になってもいいの?

 一緒になっても……いやだ。いやだ!


 絵理沙は再び頭を抱えた。


「私駄目だな……」


 私は結局は誰にも悟君を取られたくないと思ってるんだ。 


「最低な女だわ……」


 でも駄目だ。私は悟君が好きだ。

 胸がとても苦しいよ……悟君の事を考えるだけで締め付けられるよ……。


「私、駄目になっちゃうよ……悟君……助けて……」

「絵理沙」


 誰も居ないはずの部屋の中から輝星花の声が聞こえた。

 私は慌てて頭を上げた。すると目の前に、いつの間にか輝星花が立っていた。

 その表情はとても申し訳なさそうであり、そして寂しそうに見えた。


「輝星花、帰って来てたんだ」

「ああ、今帰って来たばかりだよ」

「あっそう……」


 私はそっけなく返事をすると再び俯いた。


「絵理沙、まさか絵理沙がそこまで悟君の事を想っていたなんて……知らなかったよ」


 私は何も言い返さずに膝をぐっと抱えた。


「絵理沙の横に座ってもいいかな」


 私は何も返事をしなかったけど、輝星花は私の横へと座った。

 ちらりと輝星花を横目で見ると私を心配そうに見ていた。


「絵理沙……今日の事だけど……」

「言わないで! 私だって自分がこんなにも悟君の事を好きだったなんて気が付いてなかったの! 違う! 私はこの気持ちに気が付かないように、自分で心の奥に気持ちを抑え込んでいた。押さえ込んでいたつもりだったの! でも……でも……」

「僕が悟君と一緒に居たから……」

「そうよ。私は悟君と一緒に居る輝星花に嫉妬したの。そして気持ちを抑えられなくなった」

「嫉妬か……。でも絵理沙、言っておくけど僕は悟君を好きになる事もないし、もちろん誰からも奪う気なんてない」


 私は何故かそう言い切った輝星花に怒りを覚えた。


「嘘だ! 輝星花は自分では気が付いていないかもしれないけど、きっと悟君の事を好きになってるはずなんだわ!」


 輝星花は目を開いて驚いた、そして険しい表情で私の方を見た。


「そ、それは無い」 

「輝星花は悟君と一緒にいてとても楽しそうだったわ。ううん、いつも楽しそうだった。野木一郎の姿の時だって楽しそうだった」

「でもそれは単純に僕が悟君といて楽しいと感じていただけだ」

「そうなの? だからいつもいつも悟君の話ばっかりしてたの? 知ってる? マンションで輝星花はずっと悟君の話ばっかしてたんだよ? 私、すっごく嫌だった!」

「そ、そんなつもりは……」

「私には解るの! だって! だって私達は双子なんだよ!?」


 輝星花は黙って考え込むと、しばらくして天井を見上げた。


「そうだね、絵理沙の言う通りかもしれない。僕は悟君が好きだとは言い切らないけれど、確かに悟君の事は嫌いじゃないとは言い切れる」

「それが好きだって意味なのよ」

「違う。そうじゃない。たとえ好きであっても、それは恋愛感情なんかじゃない。考えてみなよ、僕は絵理沙と悟君の監視に来てるんだ。悟君に対して特別な感情が沸くなんてありえないだろ?」


 輝星花はそう言うとゆっくりと立ち上がった。

 そしてキッチンの方へと歩いてゆく。


「少し喉が渇いたし、ちょっとお茶でも入れようか?」


 私は何も答えずにその場にじっと座っていた。


「絵理沙はストレートティでいいのかな」


 輝星花は私の返事を少し待っていたが、待っても返事はないと思ったのだろう、手際良くストレートティを入れ始めた。

 そしてティーカップに紅茶を注ぐ。

 輝星花は両手で二つのティーカップを持って再び私の元へと戻って来た。


「ほら、飲んで」


 そう言って暖かい紅茶の入ったティーカップを私に向かって差し出した。

 私は無言でそれを受け取った。


「それを飲んで落ち着いてくれ」


 私はこういう気使いが出来る輝星花が正直嫌いだった。

 別に気使いされるのが嫌いなんじゃない。何もかもが私よりも完璧な輝星花が嫌いだった。

 そして、自分よりもすべてが勝る輝星花に悟君が取られるんじゃないかって、勝手な想像をしていた。


「絵理沙?」

「何よ……」

「あまり深刻に考え込まない方がいいよ」

「私だってそう出来るのならそうしたいわ」


 さっき私は輝星花に双子だから悟君を好きになると輝星花に言った。

 だけど実際は私と輝星花の性格はまったく違う。

 そして私は輝星花みたいに割り切って行動がを起こせるような性格じゃない。

 深く考え込まない方がいいと輝星花は簡単に言った。

 私にとってそれはそんな簡単な事じゃない。私はもう悟君の事を考えないなんて出来ない。

 だけど……輝星花は輝星花なりに私に気を使ってくれているのだろうとは感じる。


 もしかすると輝星花は本当に悟君を恋愛対象として好きになる事はないのかもしれない。

 私が勝手に輝星花が悟君を好きになるとか思っているだけなのかもしれない。

 ああ、嫌だ。私は私という人間がすっごく嫌いになる。


 私が顔を輝星花の方に向けると、優しい輝星花の笑みが飛び込んできた。

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