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ぷれしす  作者: みずきなな
十月
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069 不安な月曜

 ドタバタした週末が終わり、新しい一週間がまた始まる。

 そう、今日は月曜日だ。

 先週、北海道から投函した手紙は、あと二日もすれば家に届くだはずだ。

 だけど、手紙が届いたらといって母さんや父さんは本当に元気を出してくれるだろうか?

 またそんな不安に襲われている俺。

 大丈夫だと何度言い聞かせても、俺は心の中で本当に正直うまくいくか心配だった。

 今も昨日もずっとその事ばかりを考えている。

 だけど、考えすぎてもどうしようも無いのも解っている。

 俺がどんなに心配をしても、それは俺だけの問題だ。俺が心配したから両親が安心してくれるなんてない。

 だからこそここは、元気を出してもらう為にわざわざ北海道まで行ったんだと、自分にいい聞かせるしかない。

 そして成功させるには、北海道でも野木と話したように俺が手紙で喜ぶしかないんだ。

 俺が喜んで両親を安心させるように演じる。そうすればきっと上手く行くはずだ。


 俺はそんな事を考えながら制服に着替えた。

 制服に着替えが終わると、いつものように姿見を覗き込む。

 髪型はOK。制服もOK。リボンも大丈夫。


「よし、これでOKだな」


 全ての準備を整え終わり、俺は鞄を持って部屋を出た。

 俺は階段を下りるといつものようにリビングを覗き込む。

 そこには、いつものように朝食の片付けを終えた母さんがいた。


「あら? もう学校に行く時間なのね」


 母さんはそう言うと、あわふたと手を拭きながら壁時計を確認する。


「そうだよ? まったく、家事をしてるとすぐに時間を忘れるんだから」


 俺はそう言うと、母さんは苦笑した。


「そうね、注意しないと駄目ね」

「前だって、ゴミを出す時間を過ぎたのに忘れてて、それも連続3回も忘れて、家中がゴミの匂いになった事もあったもんね?」

「あら……そ、そうね。そういう事もあったわね。だから、忘れない為に時計を置いたのよね?」

「そうだよ。だけど見なきゃ意味ないよ?」

「うふふ、そうね。気をつけるわ」


 笑顔の母さん。前まで何も感じていなかった母さんの笑顔。

 でも、今のこの笑顔は多分本当に心の底から出ている笑顔ではない。

 きっと母さんは俺(悟)の事が今でも心配で心配で仕方ないのだ。

 でも、きっと大丈夫だ。きっと手紙がくれば本当の笑顔になってくれる。

 俺は自分にそう言い聞かせた。


「綾ちゃん、忘れものない? 大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 俺もいつものように笑顔で返事を返した。

 ちなみに、昔の俺(悟の時)は登校時に親に挨拶などした事はなかった。

 俺は綾香になってから母さんに挨拶をし始めた。理由は、綾香がいつも笑顔で両親に挨拶をしていたからだ。

 綾香になった俺は、綾香の習慣も守る義務がある。

 だから仕方無く俺も挨拶を始めた。はずだった。だが……。

 確かに、最初は小っ恥ずかしくて毎日が苦痛だった。

 だけど、今となっては挨拶をするのが普通になってしまった。それどころか挨拶をしないと何かをやり忘れた感じすらするようになっている。


 おかしい。俺は硬派な不良を目指していたはずだ。なのに、これじゃ硬派どころか健全な真面目少女になってしまっているじゃないか。

 俺は視線を落とし、女子制服を見た。


 まぁ仕方ないよな。今は綾香なんだし。

 くるりと反転して母さんに背を向けた。そしてドアに手をかける。


 でも、俺は悟の姿に戻ってもきっと挨拶をするんだろうな。


「綾ちゃん? どうしたの? 行かないの?」


 おっと、くだらない事を考えすぎてた。


「あ、もう行くよ?」

「大丈夫? 何かあるの?」

「ううん、大丈夫だよ。ちょっと今日の授業の事を考えていただけだよ」

「そっか、うん。じゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 俺はリビングを出ると、下駄箱から靴を素早く出し、勢いよく履いて玄関を飛び出した。

 ガチャンと音がした。ふと音の方を見ると、自転車にまたがった女子高生が俺に背を向けて走ってゆく所だった。

 あれは……くるみか。そう、あの後ろ姿は俺の幼なじみのくるみ。

 最近、あいつと話してねぇな……。そんな事を想いつつくるみの背中をみつめた。


「やば、何やってんだよ」


 俺は車庫に置いてある自転車に慌てて乗り、いつもの登校路をいつものように学校へと向かった。

 周囲を見渡せばすっかり秋模様だ。田んぼも知らない間に稲刈りが終わっている。


「もう秋か……」


 俺が田んぼの方を見ていると、突然風がピュウと吹き抜けた。その瞬間に全身に震えが走る。


「寒っ」


 さっきまで心地よいとか思っていた風だが、ここまで勢いがいいとちょっと寒い。

 それにしても、先週までは残暑も厳しくって、本当に秋はやって来るのかと心配していたくらいなのに、日本の気候は予想ができなすぎる。


 再び風が勢いよく吹き抜けた。


「くっ」


 肌が露出している足がやたら寒い。

 俺は肌けた足を見ながら思った。女って大変なんだなと。

 しかし、今この気温ですら寒いと感じる状態なのに、冬になったらどうすればいいんだ?

 男はズボンという防御力の高い装備を持っているが、女はなんだ? スカート?

 スカートなんて守備力0だろ?

 どう考えても肌がこんなに露出している装備品だと、むちゃくちゃ寒いだろ?

 考えるだけで俺は憂鬱になった。


 俺は女として冬を越えた事がない。よって対策がわかんねー。

 ぶっちゃけ、俺は寒いのが苦手なんだ。

 誰かに女性としての冬の防寒対策を聞いておく方がいいな。なんて思ったが、誰に聞くんだ? 防寒対策とか。

 考えなくっても、本物の綾香なら防寒対策なんて知ってて当然だし、茜ちゃん達に聞くのは駄目だよな?

 という事は……。


 ここで脳裏に浮かんだのは一人の女性だった。そう、絵理沙だ。

 ここはやっぱり絵理沙しかない。聞けるのは絵理沙しかいない。

 今度ちょっと聞いておくか。

 しかし、俺は男なのに何でこんな心配しなきゃいけなんだよ。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 やっと学校に到着した。

 俺はいつものように駐輪場に自転車を置くと下駄箱へと向かう。

 思わず俺の視線は女子のスカートに向けられる。

 よく見れば黒いストッキングみたいなのを穿いている女子もいるな。

 なるほど、そういう手もあったか。


「あの? 何か?」


 顔を上げると、俺がじっと足を見ていた女子生徒が立ち止まって俺を見ているじゃないか。


「あ、いや、えっと……」


 まさか、スカートの防御力の低さをカバーする装備の研究をしていましたなんて言えない。

 そして、じっと見ていた事実に何を言われるのか解ったもんじゃない。

 俺は手に汗をかいた。顔は熱くなり、心臓は跳ねるように鼓動し始める。


「? 何も無いのなら行きますけど……」

「あ、はい!」


 二年と思われる女子生徒は首を傾げると、そのまま不思議そうな顔で立ち去った。


 うむ……女子でよかった。そして、あまりじっと見るのはやめよう。


 その後、俺は女子生徒の足を見たい衝動を抑えながら下駄箱まで行った。

 俺は上履きを取った所で、なにか後ろに人の気配を感じた。慌てて振り返ると、後ろにはでっかい男が立っているじゃないか。

 俺はびっくりして固まってしまった。


 何だ!? だ、大二郎がなんでここに?

 そして蘇るのは始業式の告白だ。

 まさかここでまた告白? なんて考えたが、それはたぶん違う。

 告白なら、俺が背を向けていてもするはずだ。

 まず、こいつが俺に声をかけないのがおかしい。


 じっと大二郎を見る。大二郎は緊張をしているのだろうか、笑顔がまったくない。


 それにしても一体何の用事だ? 何か変な事を言わないよな? 前みたいに注目を集めるのはごめんだぞ?


 その時だった。俺はふと先週真理子ちゃんに教えて貰ったある事を思い出した。

 そうだった。大二郎のやつ、この前空手大会があったんだ。

 …………空手大会の報告か?


「あのぉ……。空手大会の報告ですか?」


 すると、ぴくんと反応して眉間にしわを寄せる大二郎。おまけに顔も耳も赤くなった。

 なんてわかりやすい奴だ。

 しかし、報告だとすると、ま、まさか!? 優勝したのか?

 いや、まて。もし優勝していたらもっと嬉しそうな顔をするよな? こんな険しい表情のはずがない。


 いや、解らないぞ?

 俺に優勝報告をするのにすごく緊張しているだけかもしれない。

 色々な考えが頭の中に浮かんでは消える。

 あーダメだ! くそ! こうなったら直接聞く! それが一番早い!

 とはいいつつ遠回しに聞こう。俺が大二郎の事を気にしてると思われたくない。


「大会……どうだったんですか?」


 やばい、全然遠回しじゃないじゃん!

 そして、大二郎は小さく頷いた。

 大二郎はふうと小さな溜息をついた。そして……いきなり大声で俺の名前を叫んだ。


「ちょ、ちょっと待ってぇ!」

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