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ぷれしす  作者: みずきなな
体育対抗祭
53/173

053 体育対抗祭の終焉

 絵理沙がいなくなった教室。

 ゆっくりと自分の席にゆき、そして椅子に腰掛けた。

 まだ絵理沙のぬくもりが残る椅子。

 絵理沙はここで何時間俺を待っていたのだろうか?

 しかし、取りあえずは絵理沙の問題も解決できたし、よかったのか?

 いや、問題は解決できたのか?

 絵理沙は大丈夫そうに言っていたけど、本当に大丈夫かなんてわからない。

 でも、大丈夫かを確認する方法がない……。


「くそっ……」


 俺は席の横に掛けてある袋から制服を取り出した。


「絵理沙のやつ、大丈夫なのかよ……」


 俺は独り言をささやきながら、ごそごそと誰もいない教室で着替えをする。

 しかし、誰だ? 絵理沙がこの世界に残る必要がないと言った奴は?

 確かに、今の俺は、絵理沙の言う通りで、綾香じゃないとバレる可能性はかなり低いかもしれない。

 でも、今までだって本当の綾香なのかと疑われた事だってあるんだ。

 いつ何があって俺が悟だとばれるかもしれない。

 万が一という言葉もあるだろ。

 考えてみれば、何もない時には何もないのに、何がある時には何があるのがこの世の常だ。

 心配に超した事はない。その為にはやっぱり絵理沙は必要だ。

 魔法の事なんかを聞くのだって、絵理沙の方が野木よりも聞きやすいし……。

 そうだよ! 野木の暴走を食い止められるのは絵理沙だけだ。

 絵理沙がいなくなったら、俺は野木の毒牙にかかって……。


 俺は身震いがしてしまった。


 恐ろしい……。野木に全身を触られまくるとか、想像するだけでも寒気がする。


「ガタ」


 教室の後ろの方から音が聞こえた。

 俺が慌てて振り返ると、後ろ側の出入口の横に一人の女子生徒が立っていた。

 その女子生徒は、まるで絵理沙のような茶色い髪に、ウサギのような赤い瞳をしている。

 とてもじゃないが、日本人には見えない。

 しかし、誰なんだよ? なんで絵理沙に似てるんだよ?

 いや、似てる所じゃないだろ? 身長も同じくらいだし、体格体型もほぼ同じだ。


「絵理沙?」


 絵理沙が変装していると言っても可笑しくないくらいに似てるけど、やっぱり違う。

 何かが違うんだ。なんていうか、気配と言うか……。

 でも似てる。まさか姉か妹なのか?

 いや、そんな話は絵理沙にも、野木にも聞いた記憶がない。

 じゃあ絵理沙に化けた魔法使いなのか? そうだ、その可能性の方が遥かに高い。

 でもなんでここに居るんだ? しかもこの学校の制服を着ているぞ?

 こいつは誰だ?

 もしかして、こいつか絵理沙を魔法世界に引き戻そうとしている奴なのか?

 こいつが原因で絵理沙は……。

 ……思ってるだけじゃ始まらないな。


「ええと、この学校の生徒さんですか?」


 俺は勇気を出して女子生徒に声をかけてみた。

 するとその女子生徒は軽い笑みを浮かべた。


「絵理沙は魔法世界には戻らないから安心していいわ」

「えっ?」


 今、こいつは確かに絵理沙と言った。魔法世界と言った。

 と言う事は、こいつは魔法つかい!


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 しかし、女子生徒はそのまま教室を出て行った。

 俺は慌ててその子を追いかける。しかし、廊下に出てみたが、その女子生徒の姿はなかった。

 右を見ても、左を見ても、耳を澄ましても、まったく気配を感じないし、人気もない。


「どこに行った?」


 相手はたぶん魔法使いだ。

 きっと魔法で消えたのかもしれない。

 俺は納得のゆかないまま教室に戻った。

 でも、何だったんだろう?

 俺は頭をフル回転させる。そしてふと思った。


 あいつ、俺たちの会話を聞いていたんじゃないのか?


 あいつは俺に言った。「絵理沙は魔法世界には戻らない」と。

 と言う事は、あいつは俺と絵理沙の会話を聞いていた事になる。

 そうなると、絵理沙は俺の正面にいたはずだ。

 絵理沙の視界からは、十分に教室の後方は見えていたはずだ。

 なのに絵理沙は何も言わなかったし、驚きもしなかった。

 そう考えると、あいつはやっぱり魔法使い!?


「綾香! 綾香だ! よかったー! 大丈夫だったんだねー!」


 いきなり俺の耳に飛び込んだのは聞き覚えのある声だった。

 ふと後方を見ると、さっきまで謎の女子生徒がいた場所に佳奈ちゃんがいるじゃないか。

 両手を広げて俺に向かってくる佳奈ちゃんの姿があった。


「佳奈ちゃん!?」

「綾香ぁぁぁ! 心配したよ!」


 両手を広げたままこっちに向かってくる佳奈ちゃん。

 やばい、これは抱きつかれるパターンだ。避けなければ。


「あーやーかぁ!」


 佳奈ちゃんは予想通りに俺に向かって抱きついてきた。

 しかし俺はすばやく身を躱した。

 佳奈ちゃんの抱きつき攻撃は空をきり、そのまま勢い余って教壇の方まで駆けていく。


「綾香ぁ……なんで避けるのよぉ」


 佳奈ちゃんは振り向きざまにすっごく不満そうな顔で俺を見た。


「え、いや……ごめん……騎馬戦を思い出して」


 すごく無理な言い訳だな。でも、抱き付かれるのがやだ! なんてストレートに言えないしな。


「あ! そっかーあるある! あるよね-! 私も馬は嫌いだし!」


 いや、俺は馬が嫌いだなんて一言もいってない。


「そうそう、コーンビーフって好き? あれって馬肉だよね?」


 脱線がいつも以上に凄まじいだろ?


「ええと、私は嫌いじゃないよ?」

「そうなんだ? 私も嫌いじゃないけどね~。で、騎馬戦は大変だったよね。頭大丈夫?」

「えっ? あ、うん」


 いきなり戻った! 戻りやがった! そして、その聞き方だと、俺がバカなのって意味にも聞こえるんだけど。


「でね、私もやっと片付けが終わったよ! もう面倒だったなー」


 私もの【も】は何? 俺は片付けなんてしてないし、国語の勉強をしたほうがいいぞ?

 しかし、これこそ佳奈ちゃんなんだよな。うん。これでこそ佳奈ちゃんだ。


「お疲れ様……」


 そうだ。もしかするとさっきの女子生徒と佳奈ちゃんがすれ違った可能性もあるかも?

 一応聞いてみようか。


「佳奈ちゃん」

「何?」

「今ここに来るまでの間に、女子生徒とすれ違わなかった?」

「えっ? 女子生徒? うーん……第二校舎に歩いて行く野木さんは見たよ?」


 絵理沙を見たのか? それは本当の絵理沙なのかな?

 あの魔法使いも絵理沙と似た容姿だったし……。


「それって本物の絵理沙さんだった?」

「え? 何それ? 偽物の野木さんがいるの? ちゃんと挨拶したし本物だと思うよ?」


 しまった。すっごく変な質問をしてしまった。

 そうだよな。本物かなんて聞くのはおかしいよな。油断してた。

 今度はもっと注意をしてから聞こう。

 でも、挨拶をしたくらいなんだから、佳奈ちゃんとすれ違った絵理沙は本物なんだろうな。


「ごめんね、変な質問しちゃって」

「あはは! あるある! そういうのあるよ! 私も宇宙人とか信じるタイプだし!」


 佳奈ちゃん、ある意味ここまで脳天気だと恐ろしさすら感じるよ。


「あはは……そっか」

「ねえ! 綾香! そういう事だから帰ろう!」


 何がそういう事なんだろう。まあいいや、あの女子生徒の事は気になるけど、今日は帰ろう。


「うん、帰ろうか」


 俺は佳奈ちゃんと一緒に下駄箱まで行った。

 そして下駄箱で佳奈ちゃんがすっごい笑顔になる。


「あれ? 茜と真理子じゃん! 何してんのー」


 下駄箱には茜ちゃんと真理子ちゃんがいた。そして、


「おお! 姫宮綾香じゃないか!」


 このフルネームで呼ぶのは……。


「綾香さんじゃないか! 体調は大丈夫かい?」


 このイケメントークは……。


「野田部長!」


 茜ちゃんは一瞬だがすごい笑みになった。でも、すぐに怪訝な表情になった。それは大二郎を見たからだ。

 茜ちゃは眉間にしわを寄せながら大二郎を見ている。おまけに真理子ちゃんと佳奈ちゃんまで大二郎を鬱陶しそうな表情でみているじゃないか。

 まぁ、俺にあんな告白をしたストーカー先輩だしな。仕方ないだろう。


「茜、お前も大丈夫か? 足首」


 足首? 俺は野田さんの声に反応して、すぐに茜ちゃんの右足首をみた。すると右足首に包帯が巻いてあった。すごく痛そうだ。


「茜ちゃん、足、大丈夫なの?」


 俺がそう聞くと、茜ちゃんは自分の足を見ながら苦笑した。


「ああ、大丈夫だよ。軽い捻挫だし、もう腫れも引いてきたから」


 本当かな? 心配だよ。


「ひ、姫宮……。大丈夫か?」


 居心地が悪そうに、大二郎が俺を見たあとに、茜ちゃんたちを見ている。

 そして、大二郎の後ろからいつのまにかやって来ていた正雄にクスクスと笑われていた。

 気がつくとみんなが俺のそばに寄って来ていた。

 よくよく聞けば、みんなは俺が心配でここで待ってくれていたらしい。

 俺は悟の時にはこんなに心配された事がなかった。

 正直なんてお礼を言えばいいのか戸惑った。

 親切はするのも慣れてないが、されるのも慣れてない。だけど……。


「みんな、心配をかけてごめんなさい」


 俺はみんなにお礼を言った。

 するといきなり大二郎と正雄と野田さんが三人で騎馬戦の件で俺に頭を下げて謝ってきた。

 綾香にとっての上級生の三人が、頭を俺に向かって下げている。

 大二郎なんて、泣きそうな表情で「すまん」を繰り返していた。

 でも、あれはこいつらのせいじゃない。謝る理由もない。


「頭を上げてください。 騎馬戦は先輩達が悪いんじゃないです。 そんな風に謝らないで下さい。 私は大丈夫ですから」

「先輩、私もそう思います。あれは先輩達のせいではないです」


 俺に続けて真理子ちゃんが笑顔で言った。

 しかし、三人の表情は硬いままだ。こういう表情をした大二郎や正雄、野田さんは見たくない。


「私は、清水先輩や桜井先輩や野田先輩と一緒に騎馬戦が出来て本当によかったと思ってます。本当にすっごく楽しかったです。だから笑って下さい! 私も笑いますから」


 俺はニコリと微笑んでみた。それが本当に笑顔になっていたかはわからない。だけど、ここでみんなで微笑む事が、一番いいと思ったから……。


 そして、俺はこの時、すっかりあの女子生徒の事を忘れてしまっていた。

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