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ぷれしす  作者: みずきなな
前途多難な超展開な現実
147/173

146 やっぱりべすとふれんど?

少し長いです!

「綾香、またね~」

「あ、うん、またね~茜ちゃん……」


 綾香に戻ってからの登校初日が今ここに終わろうとしている。

 部活のある茜ちゃんは時計を気にしながら慌しく教室を出て行った。

 そして、俺は茜ちゃんに振っていた手をゆっくりと下した。


「ふぅ……」


 自然と出るため息。


 拍子抜けという言葉がある。

 想像していた事よりもたいした事がなかった時の表現の言葉だったはず。

 そして、今がまさに俺にとって拍子抜けな状態だ。


「……このまま何もないのか?」


 再び綾香になってから初めての登校だった今日、いっぱい不安に襲われていた俺は昨日の夜、まったく眠れなかった。

 眠れない夜中に俺は最悪のケースを想定したシミュレートを何度も何度も行った。

 正体はばれるなんてないだろうとは思った。だけど何があるかわからない。

 もしかすると、前の綾香と今の綾香(俺)がまったく違う中身だって疑われるかもしれない。クラスメイトの数人でも気がつくかもしれない。

 だからこそ、俺は覚悟を決めて登校をした。


 なのに……結果はみんな普通だった。

 俺に対して何を言う事でもなく、前と同じように普通に対応をしてくれた。

 数ヶ月前に綾香だった俺に対するのと同じように優しく対応してくれた。


 俺が完璧に綾香になりきれているのか?

 否だ。俺は完璧に綾香になりきれているなんて思ってない。

 やはり俺は俺であって綾香じゃない。

 現に南に扮した綾香からは、やっぱり私とは違うねって昼休みに言われている。


「綾香ちゃん、帰ろうか」

「うん」


 俺は南になっている綾香に誘われて一緒に教室を出た。

 すると、廊下に一人の女子生徒が立っていた。

 鞄を両手に持って、背中を壁に預けて、俺が出てきた瞬間、パッと花の咲くように笑顔を咲かせた女子生徒。

 そう、彼女は杉戸佳奈。


「えっ? もう帰るの?」


 その態度と台詞がまったくあってない。両手を挙げてオーバーアクション。


「うん、もう帰ろうかなって」

「そっかー! で、今日は綾香とポテトでも食べに行こうかと思ったんだけど? そう思ったんだけど? 思ってるんだけど? 思ってるよね? 綾香も思ってるよね? 一緒にポテト遠征にれっつごー!」


 特徴的な佳奈ちゃんトークに、ぴらぴらと割引クーポンをちらつかせる。

 どうしようと考えつつ、俺がちらりと綾香の表情を伺うと、綾香も俺の方を見ていた。


「綾香ちゃん、行ってくればいいよ」

「でも、南ちゃんはどうするの?」

「待って! 私は別に南ちゃんも一緒でいいんだよ? 日本のポテート文化を堪能してもらう良い機会だと思うんだ!」


 うん、やっぱり日本語がおかしいけれど、それが佳奈ちゃんである。


「ううん、いいよ私は。私はロシアのジャガイモの方が好きだし、どっちならロシアのジャガイモを食べたいしね」


 ロシアのジャガイモってどんなんだよ! と、心の中で突っ込みを入れつつ笑顔の南を見た。

 しかし、すっかり日本語が堪能になりすぎているだろ? 南(の中身の綾香)さん。


「ロシーアか! ロシア! ロシアのポテチってどんなの?」

「……おいしいよ?」


 ロシアのポテトなんて食べた事ないから答えられないんだろ!


「そっかーおいしいのかー! 今度私もれっつチャレンジだね!」

「うん、是非」


 それでも通用するのが佳奈ちゃんだ。

 うん、あんた良いキャラしてるよ。あんまり目立たないけどね。


「じゃあ今日は来ない?」

「うん、綾香と行ってきていいよ」

「そっかーすごく残念だね。じゃあさ、こんどラザニア食べにいこうね!」

「あ、うん、そうだね! ラザニアならOKだよ!」


 お前ら、ラザニアをどこに食べに行く気だ?

 俺たちの住んでいる市内にラザニア食べられる店なんてあったか?

 サイゼリ○? あ、イタリア料理かあれは。


「じゃあ、綾香、いこうぜ! いこうぜ! 俺たちの戦いはこれからだっ!」


 妙な台詞の後にぐいっと手を引っ張られた。


「いや、私はまだ行くって行ってないんだけど!?」


 と答えたら、今度は背中を押された。


「もうっ、綾香、行ってきなよ? フレンドはダイジだよ?」


 いきなり外国人っぽくなったけど、フレンドって英語だよね?


「そうそう、友達は大事だよ? 大事にしなきゃダメなんだよ?」

「うー……仕方ないなぁ」


 ここであまり拒んでも仕方ない。

 俺こと綾香と佳奈ちゃんは友達なんだし。

 こうして、俺は久々に佳奈ちゃんとファーストフード店に向かった。


 自転車を走らせる事、十分ちょっと。

 俺たちは国道沿いにある、ファーストフード店に到着。

 佳奈ちゃんは颯爽と自転車を降りると店内に駆け込もうとしている。

 自転車を降りる時にひらりとめくれたスカートの中がちらっと見えたけど気にしない。

 気にしない……けど白だった。思ったより落ち着いた色なんだね佳奈ちゃん?


「綾香? どうしたの?」

「い、いや!」


 佳奈ちゃんに続いて俺も店内に入るが、誰もお客さんがいなかった。


「貸切だ!」

「いや、うん、まぁ……誰もいないね」


 店員が笑顔で待ち構えたカウンターで佳奈ちゃんがすぐに注文を始める。


「綾香はコーラでいいかな?」

「あ、うん」

「ポテチは鬼盛りでいいよね?」

「あ、うん」


 佳奈ちゃんはいつもの調子で店員を相手にし終わると、カバンから財布を取り出した。


「か、佳奈ちゃん、私の分は自分で出すよっ!」

「いやいや、ここは私がおごりますよ!」

「でもっ」

「でもも、明後日もなーい! 私がおごるっていってるんだから、遠慮したら負けだよ!」


 よくわからない日本語だけど、こうなった佳奈ちゃんが俺からお金を受け取る訳もない。

 今回は佳奈ちゃんに奢ってもらう事にした。


「じゃあ……お言葉に甘えようかな」

「うん! さあ! 食べよう! 一緒にいっぱい!」


 二人で向かい合わせの席に座る。

 そして、俺はポテトを二つ三つほど取ると口に入れた。


「おいしい?」

「うん」


 次にコーラをストローで飲んだ。


「おいしい?」

「うん?」


 俺をじっと笑顔で見ている佳奈ちゃん。


「佳奈ちゃん? どうしたの?」

「ふふふふふふふ……」

「か、佳奈ちゃん?」

「あーはははははははは!」

「ど、どうしたの? ほんとに」


 佳奈ちゃんはポテトを一つ取ると口に運んだ。


「うまい! もう一本!」

「佳奈ちゃん大丈夫?」


 普通でもおかしい佳奈ちゃんだが、今日の佳奈ちゃんは一味違い過ぎる。


「ねー綾香ぁ?」


 そして俺を見ながらニヤリと微笑む佳奈ちゃん。

 どうしたんだ? マジでなにがどうしたんだ?


「な、何かな?」

「あのね、綾香ってさー」

「う、うん」


 ポテトを一本だけとると、俺の前にポテトを掲げた。


「ポテト嫌いだったよね?」

「え……?」


 驚愕の一言だった。って言うか……なんだろう? このデジャブ感は?

 だけど、そうだった。綾香はポテトは食べないんだ!

 しかし思ったよりも冷静にぱくっとポテトを頬張る佳奈ちゃん。

 次にテーブルにあったコーラを手に持った。


「あとさ、炭酸飲料とか飲まないよね?」

「ひっ?」


 慌てて自分のコーラを見た。

 いや、落ち着け、確か綾香はコーラは飲めるはずだ。


「あっ、違った! 綾香はコーラじゃなくってペプシ派だったよね?」

「……!」


 顔から血の気が引いた気がした。って言うか、マジでなんだろう? このデジャブ感は? って、そうだ……それよりもそうだ! 綾香はペプシが好きだったはず。


「うん、コーラがおいしい!」


 俺は全力運転の心臓の鼓動を全身で感じながら、恐る恐る佳奈ちゃんを見る。

 佳奈ちゃんは先ほどよりも目を細めており、何かのゲームにでも勝利したようにニヤリと俺を見ていた。


「あはは……ほんとこういうのあるんだね?」


 やばい……これはやばい? どうすればいい?

 佳奈ちゃんは絶対に俺が綾香じゃないって感づいている。

 い、いい訳か? いや、それもあまり効果ない気もするし……じゃあどうするんだよ?


「ねぇ綾香ぁ?」

「は、はい?」


 焦る。マジで焦ってる。俺はすごく焦ってる。

 顔が熱い。絶対に真っ赤になっている。

 くっそ……まさか佳奈ちゃんにばれるなんて思ってもいなかった……


 歯を食いしばって無意識に俯いてしまった。

 しかし、次に出た佳奈ちゃんの言葉は俺の想像していたものとは違った。


「確かさ、去年の九月だよね? ここに一緒に来たのって」

「えっ?」


 少し照れくさそうに頬をかく佳奈ちゃん。


「覚えてないの? 去年もここにきたじゃん。確か、私って同じ台詞を言ったよね? ポテトとコーラのやつ」

「あ、う、うん、そうかも?」

「そうかもって覚えてない?」

「い、いや、覚えてるよ?」


 俺を追い詰めるでも追及するでもない。だけど……だけどこの会話は確実に……


「そっか……うん……じゃあ、やっぱりそうなんだね」

「な、なにが?」

「何がって、もうっ! 久しぶりだね! もう一人の綾香っ! おかえり!」

「なっ?」


 俺を本物の綾香じゃないと認識して……してるけど……

 そういう解釈なのか? 俺が前の綾香に戻ったって解釈なのか?


「今年に入ってからいきなり綾香が昔の綾香になったからさ、ちょっと前の綾香はどこに行ったのかなーなんて思ってたんだよね」

「え、えっと?」

「意味わかんない?」


 いや、わかなくはないけど……だけど俺の想像でここはものを言えない。


「ど、どういう意味なの?」

「うーん……だから、ええと、今の綾香は去年の9月に私と一緒にここでポテトを食べた綾香だよね?」

「……」

「記憶喪失の時の綾香なんだよね?」


 責められている訳でもないのに血の気がまた引いた。

 ここでなんて答えていいのかわからなくなった。

 ここまで言われているのに、ここで認めてしまっていいものなのか不安になった。

 しかし、だけど、佳奈ちゃんは本気で嬉しそうに俺の目の前でポテトを頬張り始める。


「で、いつもの綾香って奥にひっこんでるの? それとも入れ替わりが可能になったの?」


 佳奈ちゃんは俺が先週までの綾香ではないという認識を確実にしている。

 そして俺はもう一人の偽物ではなく別の綾香だという認識をしている。


「佳奈ちゃん?」

「もう一回聞くけど、絶対に記憶喪失の時の綾香だよね? 動きっていうか、口調もだけど、あの頃に戻ってるよね? 戻ってるよね?」


 本当に佳奈ちゃんは読めない。

 馬鹿なのか、アホなのか、すごいのか。

 まさか佳奈ちゃんに最初にバレるなんて思ってもいなかったし。


「いや……ええと」


 全身に怪しい汗をいっぱいかいてる。思考すらうまく回らなくなっている。

 そして、ラジオな佳奈ちゃんの事だ。

 このまま色々の人にこの状況がバレてしまうんじゃないかって不安が全身を覆ってきていた。

 しかし、そんな不安を払拭してくれたのは佳奈ちゃんだった。


「綾香、なんでそんなに真っ赤になってるの? もしかして私にバレちゃって焦ってる系? でもなんで焦るの? 焦んなくていいよ! だってさ、前に茜も言ってたけどさ」


 まさか佳奈ちゃんがこんな台詞を吐くなんて思っていなかった。


「どんな綾香でも綾香だよ! 綾香は綾香なの! だから私は人に言いふらせたりもしないし、今まで通りに友達でいるから! 今日はただ、気が付いたからさ、確認したかっただけなんだからね? だからさ、そんなに震えないでよ……」


 はっと顔をあげた。笑顔の佳奈ちゃんの瞳を見つめた。


「綾香はどうなの? 私は友達じゃないの? 私って怖い存在?」


 俺にとっての佳奈ちゃんは? どうなんだ?

 俺が綾香だった時、すごく優しくしてくれて、すごくめんどくさかった女の子。

 そして、そうだよ……


「と、友達だよ? 私も佳奈ちゃんが好きだし……」

「うん、ありがとっ。でも、私はそう言ってくれるって信じてた。そういや信じると言えば、綾香って二重人格って信じてる?」


 相変わらず二人しないないファーストフード店の中。

 佳奈ちゃんは調子絶好調といった感じでテンションが高くなってきた。

 俺はまだ緊張の糸がほぐれていない。


「に、二重人格?」

「うん! だってさ、だってさ、今の綾香ってある意味で二重人格だよね?」


 いや、別の人格です。なんて言えない。だけど二重人格って意味はあっているかもしれない。

 そうか、二重人格の設定はある意味今の俺には都合が良いかもな? うまくこれを活用すれば……。


「そ、そうかもね? だけど少しだけ違うんだよね」

「えっ? どこが?」

「私の場合は、一つの人格が表にでると、もうひとつの人格が完全に消えちゃうってとこかな」

「き、消えちゃうの? って事は?」

「だから記憶喪失だったんだよ。前の私の記憶は今の私にはないし、今の私がひっこめば前の私には今の私の記憶は引き継がれないんだよね」

「へ……」

「へ?」

「へぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 関心した趣で体を前のめりにして俺に顔を近づけた佳奈ちゃん。

 そして俺もやっと落ち着いてきた。


「佳奈ちゃんにちょっと聞いて良いかな?」

「なにー? 私が答えられる事ならばっ! って、彼氏はまだいないよ?」

「いやいや、そうじゃなくって(見てればいないってわかるから)、私が前の私じゃないってすぐにわかったの? もしかして茜ちゃんたちもわかってるかな?」

「ええと、そうだね? 最初はなんか違和感あるなーって思った程度だったんだよね。でもあれじゃん、綾香って前のバージョンだとすごくおとなしいじゃん。でもさ、今の綾香ってどっか活発っていうかー? わかる?」

「わ、わかるって言うか……なんとなく? でもそんなに違う?」

「うーん……すっごくじゃないよ? たぶん、大半のクラスメイトは気が付いてないと思うし。だけど、圧倒的な差がある部分があるんだ!」

「えっ? ど、どこ?」

「今の綾香は勉強が出来ない!」

「へっ!?」

「絶対に脳も入れ替わってるでしょ?」


 佳奈ちゃんは俺の肩をばんばん叩くといきなり大笑いした。

 確かに、俺は綾香よりも三つも年上なのに綾香より馬鹿だ……。でも、佳奈ちゃんよりはできるぞ?


「そ、そっかー……。で、さっきも聞いたんだけど茜ちゃんとか真理子ちゃんとかも私が記憶喪失だった時の綾香だってわかってるかな?」


 佳奈ちゃんは腕を組んで首をかしげた。


「どうだろねー? 私がわかるんだし、たぶんわかてるんじゃないかな? 聞いてないけどさ」

「そっか……」

「大丈夫だよ。あの二人も別に綾香が綾香でも何もかわんないって」

「そ、そうかな」


 少し落ち着いたかと思って手の平を見た。

 俺の手は汗でびちょびちょになっていた。

 やっぱりなんだかんだと今でも体は動揺している。

 だけど、まだこれは最悪の展開じゃない。良い意味で悪い展開なんだ。


「えへへ……ねぇ綾香」


 ニヤニヤする佳奈ちゃん。


「な、なに?」

「言ってもいいかな?」

「な、何を? 私の正体を誰かに言うとか?」

「違うよ。そんなんじゃないよ」

「じゃ、じゃあ何?」


 佳奈ちゃんはすくりと席から立ち上がると俺の真横に仁王立ちした。


「か、佳奈ちゃん?」


 そして両手を広げて……。


「おかえり! 綾香ぁぁぁぁぁ!」


 ぎゅーーーと抱きつかれた。

 微妙にアピールしている胸が、ほにゅんと俺の肩に触れるがいやらしさは感じない。

 それよりも、佳奈ちゃんの思ったよりも爽やかな香りが俺の鼻腔をくすぐった。


「た、ただいま?」


 佳奈ちゃんは俺を抱くのをやめると、目の前で今度は腕を組んだ。


「いいなー記憶喪失の復活か~。私も色々忘れて嫌いな物とか苦手な物とかなくしたいんだよね~。あのね、前も言ったけどさ、私って犬が苦手なんだよね~。犬ってさーかわいいけどさー大きい犬って怖くない? 前に一回噛まれちゃってからもう犬に近寄よれなくなっちゃったんだよねぇ~。でも好きなんだよ? だから本当にトラウマ的なのやつって忘れたいよね」

「そっか、なんかそんな話してたよね? だけど、私は前の私の記憶がないだけで、前の私に戻れば記憶が戻るんだけど?」

「そ、そっか! じゃあ、私が記憶を失うと、今より前の事は全部忘れて……忘れて? 戻ると覚える? 忘れる? あれ?」


 混乱の表情を浮かべる佳奈ちゃん。


「だから、都合よくひとつの記憶を忘れるとか無理だと思うよ?」

「な、なるほど! そういう事か!」

「そういう事だよ!」

「うーん……だったらやだな……うん、やだ! 記憶喪失最低だ!」


 記憶喪失している設定の俺を前にはっきり言うなぁ。


「ご、ごめん! 私は綾香が嫌いなんじゃないよ? って言うか、ぶっちゃけると今の綾香の方が好きだから! うん! 今の方が好き! だからさ……だから……」


 いきなり佳奈ちゃんの声が震えた。

 見れば薄っすらと瞳が潤んでいるじゃないか。こんな佳奈ちゃんは見た記憶がない。


「もういきなり消えるなんてしないでよね……」

「佳奈ちゃん?」


 ここにきていきなり急変した佳奈ちゃんに、別の意味で焦ってしまう。


「うぅ……な、なんかさ……今になってさ……すごくすごく嬉しくなっちゃったの……ほんと……今の綾香と過ごした時間は短い時間だったけどさ、でもさ、やっぱり嬉しいよ……うれしい……だから……やだよ……いきなり消えるとかやだから……」

「……」

「少し荒い口調でさ、女っぽさが足りなくってさ、こっそり面倒くさそうに授業を受けててさ、わざと大人しいフリをしててさ、でも楽しくって明るくって運動もできる今の綾香にさ……ほんとにまた逢えて嬉しいよ……嬉しい……うぅぅ」


 なんだか俺の目頭まで熱くなってきた。くっそ、佳奈ちゃんにこんな風にされるなんて思ってもいなかった。


「佳奈ちゃん、私もうれしいよ」


 でも、なんで佳奈ちゃんはこんなにも俺との再会を喜んでくれているんだろう?

 俺は綾香じゃない。本物じゃない。偽者なのに。

 だけど、今の佳奈ちゃんは紛れもなく本気で泣くほどに喜んでくれている。


「ねぇ綾香……」

「なに?」

「私は馬鹿だった……馬鹿すぎた……考えてなかったよ……うぅ」


 そしてまた突然豹変した佳奈ちゃんの表情。

 不安に押しつぶされそうな表情になっている。


「ど、どうしたの?」

「だって、いつかまた前の綾香に戻るんだよね? いくら私が勝手に消えないでって言っても、それでも結果的には消えるんだよね? そうだよね? で、前の綾香と今の綾香は別の人格なんだよね? 今の綾香の記憶……なくなるんだよね?」


 俺は佳奈ちゃんも見ていられずに思わず下を向いてしまった。


「答えてっ! 覚悟はしてるから教えて! そのうち消えるの? 私の事を忘れちゃうの?」


 そう、俺は綾香じゃない。

 だから、俺はいつか消える。綾香ではなくなる。

 そして、本物の綾香に俺の記憶は残らない。いや、最初から記憶すらない。

 だから俺はこう答えるしかないんだ。


「佳奈ちゃん……その通りだよ。いつか今の私は消える……私は綾香だけど綾香じゃないから……本当の綾香がまた目覚めれば、きっと私は消えてしまう。そして、次に消えたら私は永遠に出てこなくなるんだ」

「そうなの? 絶対なの?」

「うん、絶対だよ。私はまた消えると絶対にもう出てこない」


 体を震わせた佳奈ちゃん。

 ぽたりと一つぶだけ雫が床に落ちた。

 見上げれば腕で涙を拭っている佳奈ちゃんが見えた。


「わ、わかった! そうだよね? うん、そうなるよね? 普通だもんね? 元に戻るのって普通だもんね? じゃ、じゃあさ、覚悟はしておくから! うん! 大丈夫! 覚悟……うん、する……からっ!」


 目の周りを真っ赤にしながらも佳奈ちゃんはそれ以上は泣かなかった。

 震えながらも元気いっぱいの声で、今度は両腰に手をあてている。


「だから綾香にお願いがあるの」

「なに?」

「もし、もしもだけど、事前に消えるのがわかったら教えて!」

「えっ?」

「綾香は綾香だし、綾香は綾香になっても綾香だけど、でも今の綾香も前の綾香も私にとっては別の綾香で、特別な綾香で、今の綾香が好きだからさ、消える前に教えてほしい! ね? いいよね?」


 まるで早口言葉のような台詞すぎると突っ込みを入れたい言葉だった。だけど力が篭っていた。

 本当に俺のためを思って言ってくれているって感じた。

 そして、佳奈ちゃんがただの馬鹿な子じゃなくって、すごい女の子なんだなって実感した。


「うん、わかった! もしも私が私でなくなる時がわかれば教える」

「……うん、ありがとう! 流石私の親友だよ!」


 そして、次の瞬間、佳奈ちゃんは立ったまますさまじい勢いでポテトを食べ始めた。


「か、佳奈ちゃん!? 座りなよ?」

「今日は記念パーティだ! 綾香の復活パーティだ! そして、私と綾香は本日をもって大親友に格上げになったのだ! あはははは! ポテトがうぐっ! っっっ!」


 そして喉にポテトを詰まらせたし。


「佳奈ちゃん、なにやってんの? コーラ! ほら、飲んでっ!」


 俺が差し出したコーラを佳奈ちゃんが勢いよく飲む。って、しまった! これって間接キスだろっ!


「げふげふっ……あーーーーし、死ぬかと思った!」

「し、死んだらダメだよ?」


 いかん、慌てて俺のコーラを差し出してしまった。


「ふう、ありがとうねっ! でも綾香の全部飲んじゃった……って、そうだ! 私のあげるよ!」


 くいっと差し出された佳奈ちゃんの飲みかけコーラ。


「い、いいよ、別にもういいよ」

「私に遠慮なんてしないでいいんだよ? グリーンダヨ?」

「遠慮してないよ? グリーンでもないよ?」

「も、もしかして、私の飲んだコーラは嫌? 実は現バージョン綾香はすごい潔癖で……。ううん、実は私にパンデなんとかを発生させるような大病原菌が植え付けてあって……それが原因で全世界が……ってないからっ! 私は生きてるから!」


 ああ、暴走してる。そして声がでかいよ……。

 ほら、店員がみんな見てるじゃないか。


「落ち着いて、そんなの思ってないから」

「ほんと? じゃあなんで私のコーラは飲めないの?」


 目を細める佳奈ちゃん。いやいや、なんでそんなに睨むの?

 考えてみなさい、俺は男で、妹の友達の女子が飲んでたコーラなんて飲めないだろ? なんて言えないっ!


「ほら、飲んでよ! これは友情の証だよ?」

「なんでこれが友情の証になるの!?」

「なるの! 私の体液が綾香の体内に吸収される事によって……って、冗談だよ!? ちょっとそういう台詞を吐いてみたかっただけだよ?」


 しかしどうしよう? ここでそれでもいらないって訳にはいかないよな……

 俺は結露して水滴が浮いた紙製のコップをじっと見た。


「ど、どうしてもいらいって言うならいいけど……」


 どうみても意気消沈した佳奈ちゃん。

 なんだよ! 可愛いじゃないか! なんて思う俺は何者だろう?


「……ふにゅん」


 聞いた事ないトーンの可愛らしい弱った声に、胸元に抱き寄せたコップ。

 水滴がすーっと白いブラウスに吸い込まれ、その部分だけが半透明っぽくなる。

 そこから見えた白の下着が俺の心臓を……ってなんだこれ!?


「やっぱりいらない?」


 何かが俺の胸に突き刺さった。


 くそっ! たかが間接キスじゃないか!

 そうだ、思い出せ! 俺は輝星花とも絵理沙ともキスをしたんだぞっ!

 今さら間接キスで動揺するような俺じゃないだろ!


「綾香? 顔が真っ赤だよ!? って、もしかして綾香って私が恋愛的な意味でっ!?」


 目の前の佳奈ちゃんの顔が急激に真っ赤になってゆく。

 どうやら変な想像をしてしまっているらしい。


「ち、違うから!」

「えっ、いや、ええと、わ、わたしって男性的なあれもあれで、あれだし、確かに女子同士もあれで、あ、あり? き、嫌いじゃないよ? でも覚悟がないっていうかさ、綾香ってほんとワイルドになったから、そういう人を引っ張ってゆくようなとこは好きだし、バレーしてた時も男らしい先輩が好きだったし、って言っても今の綾香は私よりもずっと小さくって可愛くって……でも、それでも前に見せてくれた男らしさ? って失礼だよね? わ、わいるどさ? ええと、と、とにかく、考えさせてください!」


 そう言いながら両手で顔を覆った佳奈ちゃん。

 またしても店員の注目の的になっている。


「佳奈ちゃん? 私は普通に佳奈ちゃんが好きだけど、恋愛的じゃないからね?」


 そう言いながらもすごく熱くなった顔から汗が滲むのがわかった。

 何で俺が佳奈ちゃんとこんなやりとりをする羽目になったんだろうか?

 ほんっとあんなに昨晩は色々考えたのに、こういう展開はマジ浮かんでこなかった。


「ほんと? ほんとに私に興味ないの?」

「ほ、ほんとだから! って、聞き方変だから!」


 そして真っ赤な顔のまま瞳の潤んだ佳奈ちゃんが……なんでマジ可愛く見えるんだ!?


「……うぅ」


 佳奈ちゃんが苦しそうに胸を押さえた。


「か、佳奈ちゃん! 大丈夫?」

「とりあえずコーラ持っててくれる?」

「う、うん」

「一口飲んでくれる?」

「う、うん」


 ゴクリ……あっ。


「よしっ! OK!」

「な、何がっ!」


 そして俺は結局は佳奈ちゃんと間接キスをしてしまった。

 意識すらしていなかった女子高校生だった佳奈ちゃん。

 だけど、こうなるとすごく気になる存在になってしまう。しかしこれが男だと思う。

 そう、今の俺は精神的にも男なんだよ。ある意味よかった。


「それにしても綾香」

「な、なに?」

「うーん……いつ成長したの?」

「な、何が?」


 すると、佳奈ちゃんはアピールするように自分の胸を見た。


「……私の方がないよね? 前は違ったのに!」


 佳奈ちゃんが頬を膨らませた。って、なんでそういう方向の展開になった?


「せ、成長するよ! 今からでもっ!」


 そしてなんで俺が変なフォローをいれてる?


「ほんっと、綾香はここ一年で成長したよね? うん、まさに高度成長時代だよね? 身長は伸びないのに胸だけ大きくなるとか、栄養配分間違ってるよ? いくらアニメとかで萌え系がはやってるからって、どんだけ萌えキャラ化するつもりなの?」

「いやいや、私は萌えキャラ化する気はないし、別に胸が大きくなって欲しいとか思ってないし!」

「嘘だ! 女子はそんな事思わない! 本当は綾香は中身が男なんだ!」


 すさまじい程に全身に寒気が走った。

 いや、ばれた訳じゃないとは知っているけど……


「そ、そんなのないよ?」

「わかってるよ! じゃあさ、いらないなら分けてよ! この私の断崖絶壁に愛の手を差し伸べてよ!」


 佳奈ちゃんが俺の横に強引に座る。

 俺は押し出されるように横の席まで移動した。

 そして、何を考えたのか、俺の手をぐいっと引っ張って自分の胸に持っていくじゃないか。


「ひゃっ!?」


 不意打ちすぎて抵抗もできずに俺の手は佳奈ちゃんのちょっぴりアピールする胸に触れてしまった。

 もちろんブラウスの上からだけど。


「ないでしょ?」


 いや、しかし、自分で断崖絶壁とか言っていたけど実際はそんな事はなかった。

 確かに大きくはない。だが、丁度手に収まる程度の大きさだ。

 これはきちんと女の子の胸をしている。柔らかくって、そして弾力があって……手のひらサイズ。


「綾香、私のって今からでも成長すると思う?」

「す、するよ! する! まだ大丈夫だよ」

「そっかな? ほんとにそう思う?」

「大丈夫! 牛乳を飲めば大丈夫!」

「そっか、牛乳か! でも、今も毎日飲んでるけどねっ! 成長しないっ!」

「あぁぁぁぁ! ごめぇぇぇん!」


 こうして俺と佳奈ちゃんの、ある意味で画期的な再会が果たされたのだった。


 しかし、俺はこの時にはまだ知らなかった。


 そう、俺が佳奈ちゃんに正体がバレてしまったように、とある人物にもバレていた事を……


 ☆★☆


 夕方の体育館の裏。

 日も差さない犬走りの上には、卒業を間際に控えた二人の男子高校生の姿があった。


「正雄」

「なんだよ? わざわざ学校に呼び出しやがって」

「姫宮綾香の件だが……」

「……はぁ?」

「お前、ちゃんと聞いてるのか?」

「そんな話は聞きたくない」

「なっ? なんだと?」

「姫宮綾香は俺の元カノなんだぞ? なんでお前から綾香の話を聞かなきゃいけないんだ?」

「いやいや、すごく重要な話なんだ!」

「何が重要なんだよ?」


 二人は卒業まえでの休みの期間に入っていた。

 しかし、なぜか私服で学校の体育館の裏に集まっていた。


「よく聞けよ? 俺はな? 今日、姫宮綾香を教室まで見に行ったんだ」

「大二郎、お前はストーカーか?」

「違う! 俺はストーカーじゃない! ただ、昔のあの元気だった頃の姫宮綾香を思い出しながら、今の姫宮綾香を見に行ったんだ!」

「だから、それのどこがストーカーじゃないって言える?」


 二人の男子高校生の名前は、桜井正雄さくらいまさお清水大二郎しみずだいじろう

 姫宮悟の友人であり……まぁ色々とあった二人だ。


「正雄」

「なんだよ?」

「論点はそこじゃない」

「じゃあどこなんだ?」

「驚くな?」

「なんだよ? 早く言えよ」

「……姫宮綾香が姫宮綾香に戻った」


 二人は無言で一分ほど向かい合った。

 そして、正雄ふっと笑みを浮かべた。


「大二郎、じゃあな……」


 立ち去ろうとする正雄。


「ま、待て! だから、姫宮綾香が、俺の好きな姫宮綾香に戻ってたんだよ!」


 しかし、正雄は立ち止まった。


「……どういう事だ?」

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