138 待って! これっていきなりクライマックスですか? 前編
ゆっくりと目を開く……
そこには見慣れない天井。
そして俺はちょっと固いソファーの上に横たわっている。
おまけだど、なんか知らないけど体が痛い。
「……くっそ……和美め」
俺は痛む体をゆっくりと起こして周囲を見渡してみた。
石壁、木製の床、壁が石だからどうやらここは石で出来た建物の中みたいだ。
部屋の中ではパチパチと音と立てて燃えている暖炉がある。
そして、部屋に広がっているのは炭の臭いだ。
ここはまるでアルプスの山小屋のような暖炉のある部屋だった。
暖炉がついてるって事は人がいるって事だよな。
「しっかし、ここが魔法世界なのか?」
俺の記憶が確かなら、俺は和美に魔法世界へ連れて来られたはずだ。
どう見てもここは普通のペンションみたいな建物。これが魔法世界の建物?
まぁ、和美と一緒に何か怪しいゲートをくぐってからの記憶が飛んでるから、絶対にここが魔法世界とは言い切れないんだけどな。って事で……
「おーい和美!」
まずは俺をここに連れてきた張本人捜し。
しかし返事がない。
うーん……もしかして俺ってここに置き去りにされたのか?
俺はゆっくりとソファーから立ち上がった。
窓の方を見ると、外から光が入ってきているじゃないか。
「……うーん?」
俺はゆっくりと窓から外を覗いた。するとそこから見えたのは……
「どこだよここ?」
森だった。
うん、木がいっぱいだから森だよな。林かもだけど。
そうだな、軽井沢とか那須とか、そういう感じの場所だ。
「この窓って開くのかな?」
なんて考えながら窓を弄るが開かない。
簡単に開きそうなのにまったくびくともしない。
まるでボンドで接着してあるかのようにひっついたままだ。
「あれ? おっかしいな」
俺が四苦八苦していると、いきなり背後から笑い声が聞こえた。
そう、この聞き覚えのある声は……
「か、和美!」
羽生和美だ。
俺をこの世界に連れてきた張本人だ。
「その窓には結界魔法が施されているから、普通に開こうとしても無駄だよ?」
声の方を振り向けば、そこには羽生和美が立っていた。
「け、結界魔法だと?」
「そう、悟が逃げ出さないように♪」
「お、俺が逃げ出すだと!? バカか! 俺は見知らぬ土地でいきなり飛び出すようなバカじゃねぇし!」
「まぁ、というのは冗談で、実際は外敵の侵入を防いでいるんだよね」
和美はそう言うと腕を組みながら俺に近寄ってきた。
ちなみに和美の格好は学校の制服のままだ。
ちなみに俺も学校の制服のままだ。
「外敵って何だよ?」
「そうだね、私があまり好きじゃない人たち?」
「なんだそれ? お前ってこの世界じゃ嫌われ者なのか?」
「えー? この私が嫌われ者だって思うの? 失礼だなぁ」
ここで頬を膨らませる和美。って、お前ってそういうキャラだっけ?
「いや、俺はそうは思わないけど、でもここは魔法世界なんだろ? それにお前は魔法世界で色々あったとか前に言ってたからさ」
和美は不敵な笑みを浮かべると俺の肩を一度たたき、そしてソファーに腰掛けた。
「そうだね、色々あったよ? 綾香ちゃんの飛行機事故の一件でも、そうとう内部でもめたからね~」
「だから、それで外敵とか言ってるのかと思ってさ」
「まぁ、そうだね。でも、この世界では一般的に家には結界を張るんだよね」
「えっ?」
「ぶっちゃけると、人間世界で玄関の鍵をかける程度の事なんだよね♪」
「な、なんだそれ? じゃあ結界は普通に張っているだけで、そういう内部抗争していた、敵対してた人間の進入を防ぐって事じゃないって言うのか?」
「うん!」
和美は満面の笑みで返事をした。
「おい和美」
って、そうだ。聞いておかなきゃ。
そう、和美がこの世界に来る前に俺に言った事をな。
「何?」
「お前、ここに来る前に俺に言ったよな?」
「何をかな?」
こいつ、素でぼけてるのか、わざとぼけてるのか……
「忘れたって言うのか?」
「ああ! 思い出した! お詫びの事だよね? 私が悟君になんでもしてあげるってやつ! で、でもまだ早くない? 私、まだ心の準備が出来てないんだけど? で、でも仕方ないよね……代金は先払いっていうのが基本のルールだしね……」
なんて言いながら和美が制服のリボンをするするっと外し、サマーセーターを脱ぎ、ブラウスのボタンを外し、そしてスカートのホックまで外し始めたじゃないか。
「ま、待て! 何してるんだよ!?」
「えっ? いや、魔法世界に連れて来たお詫びに、私の体を堪能してもらおうと思って。主に視覚的にだけだけど?」
「いやいや、俺はそういう事を言いたいんじゃない!」
「な、何? もしかして見るだけじゃ不満なの? それとも私の体じゃ不満なの?」
こいつ、めっちゃ勘違いしてるか、すっげー俺をからかっているかのどっちかだろ!
「とりあえずストップだ! 俺が聞きたいのはお前がどうやって俺にお詫びをするかなんて事じゃない!」
和美の唇の端があがった。要するにニヤリとしやがった。
「せっかく私が悟君の緊張を解いてあげようと努力してたのになぁ」
「き、緊張を解く!? バカか! あ、あれだぞ? お前が今しようとしている事は逆に俺の緊張度をあげる事だかんな!?」
「へぇ……私みたいな女でも異性として意識できるんだ?」
そう言いながら和美は自分の胸をブラウスの上からぽんぽんとたたいている。
ちなみにサイズは普通です。
「できるも何も、お前は普通に女子だろうが!」
「でも、今の悟君より胸ないよ?」
「い、今の俺はありすぎなんだよ!」
「でも、今の悟君よりくびれてないよ?」
「だから、お前くらいが普通なんだよ!」
「それに、今の悟君と比べる以前に私って可愛くないよ?」
「バカか、それはお前が勝手に思ってるだけ! お前は普通に可愛いだろうが!」
「へっ!?」
いきなり和美の顔が赤くなりやがった。ってこいつ、まさか照れてるのか!? この状況で!?
「とりあえず服をなおせ!」
「う、うん……」
「で、き、聞きたかったのは輝星花の話だからな!? あれだ、俺が輝星花を救うとか……どうすればいいのか話てくれよ」
「そ、そうだね!」
和美は慌ててスカートのホックとめると着崩れた制服を直した。
サマーセーターだけは置き去りだな。
……って言うかさ、この世界って今ってどんな季節なんだ? 暖炉ついてるけど?
「あのさ、今って冬?」
「あ、うん……ここは冬だよ」
冬だったらしい。
★☆★
「あのさ、輝星花の話の前に一つだけ聞いておきたんだけど」
俺は窓の横からゆっくりと和美の座ったソファーに歩み寄る。
「なに? 彼氏はいないよ?」
「……」
なんだかいらない情報をゲットしました。……ってこの情報って俺に何のメリットがある?
「……か、彼氏いないんだ」
「う、うん」
見詰め~あう~ふたり~……和美の顔がちょっと赤いし~って何で見詰めあってんの俺!? 歌まで古すぎるし!
俺は思わず俯いて目を閉じてしまった。
……まさか、こいつ、俺に気があるなんてないよな?
今までそんなそぶりを見せた事なかったよな?
いや、確か絵理沙が言っていたよな。俺の心は奇麗な色をしているって……
魔法使いは人を心の色で好きになるって……
って言う事は、こいつが俺を好きになる可能性はある訳か?
和美まで俺が好き……魔法世界の女の子にもてもて……ある意味ハーレム?
ば、バカか! 自信過剰すぎだろ!
人間世界だって、もてる人間が全女子にもてるとかない!
「え~と……悟君?」
しかし、あの奇麗で可愛い絵理沙がこの俺を好きになったんだぞ?
輝星花だって別の意味で俺を好きだったと思うし……鳥肌立ちそうだ。
と言う事は……・やっぱしこいつも俺が好き?
「さーとーるーーーーーくん!」
和美の大声に俺の鼓膜が爆破した。ように感じた。
「うわぁぁ!?」
目を開けば和美が目の前に……顔が近い!?
「な、な、なんだよ!」
「なんだよじゃないよ。何で私が彼氏いないって言っただけで黙るかな!? かなぁ?」
「いや、別にそこで黙った訳じゃないし……」
そこで黙ってけど!
「じゃあ何? もしかして、羽生和美は彼氏がいないのか、可愛そうにとでも思っていたのかな? かなぁ?」
「だーかーら! それってお前に彼氏がいないだけで黙ったのと同じだろ? 違う! 俺はそうじゃなくって、この世界は魔法世界なのかって聞きたかったんだよ」
「はいはい、そーですか! どーせあんたは絵理沙からラブラブされるし、どうせ私になんて見向きもしませんよねーっと!」
おい待て、それって深く考えると……いややめておこう。
和美の言動に惑わされるな。
「あのな? 俺は人間世界の人間なんだ。お前はこっちの世界の魔法使いだろ? だから絵理沙だろうが誰だろうが、俺は魔法世界の人間相手にそういう関係にはならないの!」
「……ふーん」
「なんだよ、その目!」
和美がすっごく目を細めて俺を見ている。
「男って言い寄る女なら全部食べるって思ってたんだけど、悟君はそうじゃないんだね」
「ど、どっから得た情報だよそれ!」
「人間世界で見た昼ドラだけど?」
「いや、そいうのってフィクションだし! それに昼間は学校だろうが! お前、授業は受けてないのかよ?」
「大丈夫、ちゃんと録画して見てるから♪」
いやいや、見た目だけかもだけど、お前は女子高生だよな?
その女子高生が昼ドラを録画して見てるとか……
「とりあえず、その話はもういいだろ?」
「あ、だねー」
「だったら話してくれ、まずここは魔法世界なのか?」
「うん、そうだよ。だから冬だし」
「冬は関係ないと思うけど……まぁ、なるほどな……」
「で、今から悟君には私と一緒に出かけてもらうから」
「出かけるって輝星花の所にか?」
「うん、もちろん! だって輝星花を救いに来たんだからね」
俺の脳裏に輝星花の姿が思い浮かんだ。
正直、俺はあまり輝星花の本当の姿を見ていない。女の姿をあまり見ていない。
だけど、俺は鮮明に輝星花の女としての姿を覚えている。
もちろん絵理沙も覚えているんだけど。
「……なぁ」
「どうしたの? そんな暗い顔しちゃって」
「あのさ、マジで俺じゃないと輝星花を救えないのか?」
そう、これは俺が今になって思い浮かべた疑問だった。
輝星花には絵理沙という双子の妹がいる。それにこの世界には知っている魔法使いがいっぱいいるはずだ。
だけど、何でこいつは俺じゃないと輝星花が救えないって言うんだ?
俺が輝星花を救える理由が俺にはまったくわからなかった。
「救えないと思うよ。少なくても今はね」
和美は真剣な表情でそう言い切った。
その目を見ていると嘘を言っているようには見えない。
「何で? 何で俺じゃないと救えないんだよ?」
少し俯く和美。唇を少し噛んで考え込む。
しかし、ほんの数秒で和美は緊張の趣で顔をあげた。
「どうせバレるし、ここではっきり言っておく」
「な、何を?」
さっきまでのおちゃらけ和美とは違う、本気で真面目な顔をした和美にまっすぐに見詰められて俺は思わず視線をはずしてしまう。
「悟君、こっち見て」
「な、なんでだよ」
「今から真剣な話をするからだよ」
「べ、別にお前を見なくてもいいだろ。言えよ」
「ダメ!」
ぐいっと強引に俺の顔が動いた。
両頬をしっかりと両手で挟まれて、俺の顔は強制的に和美の方を向かされる。
「これは別に悟君をちゃかす意味でもなんでもないの。だから、真剣に聞いて!」
「あ、ああ……」
少し潤るんだ瞳に吸い込まれそうになりながら、俺は無意識に体を引く。
しかし、強制的に捕まれているので後ろにはいけない。
「悟君にしか輝星花を救えない理由……それは……輝星花が君を好きだからだよ」
ずどんと胸を打ち抜かれたような動悸が走った。
思わず自分の胸を右手で押さえてしまう。
全身から汗が噴き出し、自分ですら動揺してるってわかってしまう。
「な、ないない! それはない!」
懸命に否定した。
しかし……前は少しはそういう風に、輝星花が俺の事を……なんて思っていた事はあった。
だけど、あの輝星花に限ってそういう感情を持つはずなんてない。
俺はそう勝手に決めつけていたのだけど……まさか……
「私は嘘なんて言ってない。輝星花は君が好きなの。だから君にしか輝星花は救えないの!」
「い、いや、あれだ、ま、万が一輝星花が俺を好きだとしても、それがなんで輝星花を救う事だよ?」
やばい、動揺して日本語がおかしい。
「それは……今の輝星花は悟君の言う事なら聞いてくれるかもしれなから」
「お、俺の言う事なら聞くって?」
「……今の輝星花は誰の話も聞かない」
「ど、どういう事だよ? 輝星花って今どういう状態なんだよ? 俺から輝星花に何か言わなきゃダメな状態なのか?」
「……とりあえず、私と一緒に来て。輝星花の元まで」
「……」
ここで拒むのは簡単だった。拒むだけならすぐに出来た。
でも、ここで拒んだとしても俺には何のメリットもない。逆に輝星花には……
そう、俺はもう魔法世界まで来ているんだ。
「ダメかな? 私と一緒に来て貰えなのかな? あの、【危機だったら救いたい】って言った悟君の言葉は嘘だったって事なのかな?」
真剣に和美に見詰められ俺は拳をぐっと握った。
「あれは……嘘じゃない。俺は輝星花が救いたい。だって俺はあいつにいっぱい助けてもらったから……」
「だったら……ね?」
「解ったよ。俺がどうこう出来るかわからないけど、輝星花の所には行くよ」
こうして俺は和美と一緒に輝星花のいる場所へと移動を開始した。
★☆★
「ちょ、ちょっと待って! 早い! 早いって!」
「大丈夫だし、スピード違反とかないから!」
「いやいや、その前に落ちる! 俺、落ちるから!」
「しっかり捕まってて! ほら、もっとしっかりぎゅっと腰に手を回して!」
「で、でもさ」
「いっそ胸を鷲掴みする?」
「バ、バカ!」
「あーもう! じれったいなー! こうして腰の前で、しっかり前で手を握ってて!」
俺は魔法の箒に跨がって魔法世界の空を飛んでいた。
ちなみに箒の運転は和美だ。
しかし、和美の箒の運転はすごかった。
前に野木一郎(輝星花)の箒に跨がった事があるが、その時はこんなにスピードは出てなかった。
今はものすごいスピードすぎるのと、猛吹雪の中で目を開けるのもつらい状態だ。
ちなみに寒くはなかった。これは野木の箒に乗ったのと同じだけど……
風の抵抗を受けるとか聞いてない!
「輝星花はすごい魔術師だからね~」
「それで済ませる気かよ!」
「えっと、あと10分でつくからさ!」
「あ、あと10分もこの状態?」
「うっさい! 女の子の体を堪能できる状態で文句を言うな!」
「いやいや、これって堪能とかそういう問題じゃなだろ? 俺的には必死に捕まるのにお前しか捕まるものがないだけだし!」
「あははは! ほんっと悟君って面白いね!」
「俺は面白くねぇ!」
★☆★
俺は真っ白な扉の前に立った。
ここはとある森の中にある小さな病院の一室だ。
あれから10分後に、俺は雪の森の中に建っている小さな病院の前に降り立った。
そこでは初老の医師と中年の看護師が俺たちを迎えてくれた。
病院の周囲には道はなく、どうやら魔法世界での移動方法は箒らしい。
しっかし、どんだけ山奥なんだよ。
俺が見渡した限り、この周りに建物はなかったぞ?
「悟君、この中に輝星花がいるわ」
「ああ」
「それで……今さらだけどお願いがあるの」
「えっ? な、何だよ?」
「この部屋にいるのは輝星花だから……」
「な、なんだその含みを持った言い方は? 輝星花がどうにかなってるのか?」
「だから……決してベッドの横に座っている絵理沙に抱きつかないでね?」
俺はおもいっきりこけた。
「わぉ! すっごーい! これがずっこけるなんだね?」
「こ、ここまできていきなりボケかますか!?」
「……じゃあ、いこっか……」
「なんだよ……いきなり真面目な顔しやがって」
ゆっくりと和美が扉に手をかけた。そしてゆっくりと俺の瞳に部屋が映り込んでゆく……
「悟君、輝星花の事……これから先…………」
「えっ?」
和美の聞こえるか聞こえないかほどの言葉、それと同時に俺の目の前の扉が全開になり、そしてベッドで横になった一人の魔法使いの姿が俺の視界に飛び込んだのだった。




