102 『俺の……』
やばい、俺が大ピンチだ。
俺の不注意で男口調がまた茜ちゃんに聞かれてしまった。
冷や汗っていうのはこういのを言うんだろうな。
顔は熱いのに背中とか手とか顔とか汗がいっぱいでやがる。
絵理沙は何してんのよ? って顔で俺を見てるし、輝星花は笑顔だけど頬肉がひくついていし。
くっそ、油断してた。
だから俺は甘いんだよ!
って今更すぎだよな。
どうする? どうするんだ?
「ねぇ綾香? ええとね? 前も『俺』とか言ってた時あったよね?」
そんな疑心案義な顔で見ないでよ、茜ちゃん。とか言えるはずない。
ここはどうにか誤魔化す。それしかないんだよ。
「そ、そうだったっけ?」
「うん、夏休みに私を助けてくれたのを憶えてるかな? あの清水先輩と佳奈との喧嘩の時のあれだよ? あと、体育祭のバレーの試合の時もそうだったよね?」
うん正解だな。よく覚えていらっしゃいますね……流石は成績優秀者だ。って感心してる場合じゃない。
「そ、そうだったかな?」
と忘れたふり……。
「忘れちゃったの?」
「あ、ええと? いや、なんとなく憶えているような気も?」
って、何でここで忘れてるって言わないかな俺!?
「そっか、あのね? あの時は綾香の感情が高ぶってたし、記憶喪失の後遺症か何かで『俺』とか無意識に出たのかと思ってたの。私はそうだと信じていた。だけど……今のはどう考えても……違う……よね?」
確かに、ここで感情の高ぶりはなかったとは言わないけど……あの時みたいなシチュエーションじゃない。
勢いで出た言葉って言い訳は通じない。
どっと吹き出る汗が俺の背中を流れるのがわかる。
それくらい俺は焦っている。
「綾香、なんで『俺』とか言うようになったの?」
「いや、私は……ええと……」
聞かれていたのに聞き間違いじゃないの? とか言えないし、どう答える?
うまく誤魔化すしかないんだろうけど、どうやって?
ここで茜ちゃんが疑心暗鬼のままじゃ後々困る。
俺も困るけど、戻ってきた綾香まで困るんだよ。
「あのぉ……茜さん」
焦りの最高潮の中で、輝星花の声が後ろから聞こえた。
俺は藁をもすがる思いでゆっくり振り返る。
すると、そこには相変わらずの笑顔の輝星花の顔があった。
ここで焦らない輝星花に俺は感心せざるえない。
どうしてそこまで焦らないで冷静でいられるんだ?
その冷静さを俺にわけてくれ!
「な、なんでしょうか?」
「お話に割り込んでしまってすみませんが……。その『俺』の件なんですけど……」
なんだ? まさか、輝星花が何かフォローしてくるのか!?
「もういいですよね? 言っても」
えっ? 何をだ?
「これ以上は隠せないでしょ?」
隠す? って?
「えっ? どういう意味ですか? 輝星花さん」
茜ちゃんも輝星花の訳のわからない言葉に首を傾げている。
「いえ、綾香さんとファミリーストアの『俺のタルト』っていう洋菓子の話をしていたんですけど……」
しかし、なんだその『俺のタルト』って……。
「あ、知ってます。それ……」
「そうですか。うん、それでですね、こんど茜さんに『俺のタルト』をプレゼントしようかってお話になっていたんです……」
「プレゼント?」
「はい、茜さんは甘いものがお好きですよね? それを綾香さんから聞いていて、そのタルトがおいしかったので、今度、茜さんに内緒でプレゼントを考えていたんですよ」
そ、そうだったのか……って、そういう事か。
こいつ、そういう逃げ道を考えていたのか。
「私に内緒でプレゼントを!?」
茜ちゃんが右手で口を押さえて俺を見た。
「綾香さん、サプライズでプレゼントしたいなっておっしゃってたんですが……」
「そ、そうだったんだぁ……」
茜ちゃんはすごく申し訳なさそうな表情で俺を見た。
「私のせいでサプライズが消えちゃいましたね。本当にすみません」
ぺこりと謝る輝星花。
そして茜ちゃんはあわあわと輝星花に「私がいきなり変な質問をしたからです」とか言って頭を下げた。
「綾香さん、タイミング悪かったですね……」
「い、いや……仕方ないよね……うん」
しかし、俺の汗は凄まじい事になってる。
まだ膝までガクガクしてるし。
「綾香、ごめんね……実は、心の奥でずっと前に綾香が『俺』って言っていた事が引っかかってたの……。だからって、こんな所で……ごめんなさい!」
瞳を潤ませて俺に謝る茜ちゃん。
正直、悪いのは俺なのに、茜ちゃんに謝らせてしまった。
「ううん、私もごめんね。勘違いされるような事を言った私が悪いんだもん」
というか、勘違いでもなんでもないんだけどなぁ。
「そんな事ないって!」
俺がちらりと輝星花を見ると視線が合った。
そして輝星花は「うまくいったでしょ」と笑みを浮かべている。
しかし、こいつは冷静すぎる。流石は魔法管理局の野木一郎ってとこか?
「でも……私、ちょっと嬉しいかも……」
茜ちゃんが恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「何が嬉しいの?」
「だって、『俺のタルト』が大好きなんだもん。綾香はそれを憶えててくれて、私にプレゼントとか……記憶喪失になる前に話したのに……嬉しい」
そうだったのか!? ここで茜ちゃんの好物を1つ知ったぞ! やった!
しかし、うん、ここでそんなに感動されると何か心が痛む。
周囲の通行人も何があったんだって顔で俺たちの横を通過していた。
どうも次の電車が来たみたいで、一気に人が流れてくる。
「綾香、サプライズなんていいから今度一緒に食べようね! もちろん絵理沙さん、輝星花さんも一緒にね!」
ちょっと瞳を潤ませて茜ちゃんは笑顔でそう言った。
「はい、絵理沙共々、是非今度ご一緒させて下さい」
輝星花も満面の笑みを返す。そして、俺はほっと胸をなで下ろした。
なんとか危機は回避出来た。
「じゃあ、そろそろ出ようか」
そして、再び移動を開始した。
まず、俺たちはまずは西口へと向かった。
途中で絵理沙と輝星花からすげー睨まれたけど睨み返せなかった。
睨まれた理由が明確に解っているっからだ。
だから心の中で謝っておこう。
すみません。マジで反省しています。
「よーし、まずは洋服を見にいこっか? 大丈夫だよ、私が案内するから」
出口へと歩いていた茜ちゃんがくるりと振り返った。
しかし、今日の茜ちゃんはやけに張り切っているな。
佳奈ちゃんがいないと茜ちゃんってこんなに活発でリーダーシップを発揮する子だったんだな。
また茜ちゃんに対する新しい発見をした。
「うん、行こう行こう!」
そして、絵理沙もいつもとは違うテンションの高さ。
しかし、絵理沙よ。そんなにハイテンションになるほど買い物が楽しいのか?
俺には笑顔の絵理沙が何故か無理をしている様にも見えた。




