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第55話 裏の支配者って憧れますよね

大変長らくおまたせしました。最新話です。

「あ〜〜〜…………誰か来ないかなぁ〜〜?」


 月曜日の放課後。

 俺は誰もいない家庭科調理室で一人机に突っ伏して、うめき声をあげていた。


 いつもなら月曜日はクラブのある日なのだが、今日は麗奈が放課後にどうしても抜けられない用事があってクラブに出られないという事で「部長が休むならクラブも休みでいいんじゃね?」という流れになり、クラブ自体が休みになったのだ。


 普通のクラブだと部長が休んだぐらいでクラブ自体が休みになるなど全くもってありえない話であろうが、料理部はその辺が極めて緩いのだ。

 多分部長である麗奈の穏やかな性格 (怒ると物凄く怖い事がつい先日発覚したが) が大きく影響しているのだろう。部員にも麗奈に似たような性格の––––いわゆるぽや〜っとした感じの女の子が結構いたりもするし。



 そして俺はその事を完璧に忘れ、のこのこと誰もいない家庭科調理室にやって来たという訳である。



 今日の部活を休みにすると決められたのは一ヶ月以上前の事だしそれ以降一度もその話題が挙がる事もなかったので、一人ぐらい俺と同じ過ちを犯す部員がいるんじゃないか? などと変な期待を抱いてかれこれ50分もの間、ずっと家庭科調理室でだらだらと待ってみたりしているのだが未だに人っ子一人来やしない。


 どうやら皆さん、俺と違って大変優秀のようですね。あはははははは…………はぁ……。




 ちなみに麗奈のどうしても抜けられない用事とは、小さい頃からお世話になっているというお手伝いのおばさん誕生日会を開く為だとか。

昨日、自転車屋にいたのはそのおばさんへの誕生日プレゼントとして電動自転車を買うためなんだそうな。



 いやー、全然関係ないけど麗奈の胸、柔らかくていい匂いで気持ちよかったなぁ……。死にかけたけど。

 これも全部倉稲魂があの時麗奈に「…………その立派な胸に冬夢の顔を埋めさせれば……冬夢のロリコンは一発で治る……はず……」なんて耳打ちをしてくれたおかげである。


 あの後ちゃんと麗奈に「俺が倉稲魂を襲おうとしたというのはいたずらを仕掛ける為についた嘘であって、実際にはそんな事はしていない」と説明して誤解も解いてくれたし、これは近いうちにお礼としていなり寿司を大量に作ってあげなきゃな。作った事がないから事前に何度か試作する必要があるが。やっぱりお礼なんだし、中途半端なものは渡したくない。



 それにしても麗奈の奴、いくら何でもお人好しすぎやしないか? あんなにもあっさりと男の顔を胸に埋めさせるなんて。例えば俺と麗奈が恋人の間柄であるならまだしも俺達はただの部活仲間だぞ?


 胸の感触をたっぷりと楽しんだ俺が言う事ではないかもしれないが、将来麗奈が何か悪い男にころっと騙されてしまいそうで心配––––––––



「––––––––って、うわっ。もうここに来て1時間経つのか。 流石にこれ以上ここにいても誰も来ないだろうし、帰るとするかな」



 明日麗奈にちゃんと注意しようなどと考えながら、俺は家庭科調理室から出るのであった。







「さてと、どうしようかな〜。って、風強っ」


 校舎を出て、校門を目指し砂埃が所々で舞うグラウンドを歩きながら頭の中で放課後の予定をたてていく。



 どこかで遊ぶには時間が中途半端すぎるしな〜。家に帰って倉稲魂にあげるいなり寿司の試作第一号でも作るとするか。


 よし! そうと決まれば早速材料を携帯で調べてスーパーへ買い物に…………って、あれ? あれれれれ?



「け、携帯がないぞ」



 鞄の外ポケットにあるはずの携帯がない。

 昼休みにはまだちゃんとあったから、教室か 教室から調理室までの道のりか 調理室を出てここに来るまでのどこかで落としたということになる。



「はぁー……ついてないなぁ」



 俺は小さくため息をつき、渋々来た道を戻って行くのであった。








「失礼しまーす」


 落としたと考えられるありとあらゆる場所を探してみても見つからなかったので、誰か親切な人が生徒会室 (生徒会は落し物の管理も行っているのだ) に届けてくれている事を期待して俺は部屋の中に入ろうとしたのだが––––


「あれ?」


 ––––鍵がかかっていて扉を開く事はできなかった。



 いくら何でも生徒会室が閉まるのにはまだ早いしな……。中で一般生徒には聞かれてはいけない重要な会議でもやっているのだろうか? いやでもそんなに重要な会議なら会議室でやるよな、普通。



 などとドアノブを握ったままぼーっと考えていると、中から「あー、ごめんごめん。今開けるねー」という声が聞こえてきた。

 俺は慌ててドアノブから手を離し、少しドアから距離を取る。



「はーい、生徒会室に何か用かなー?」


「すいません。落し物を探しているんですけど、ここに届いて––––––––って吾妻先輩⁈」


「あっ、一ノ瀬君。お久しぶりー。何か落としちゃったの? まあ立ち話もなんだしさ、とりあえず中に入って入って」



 生徒会室から出てきたのは何と吾妻先輩だった。


「あ、はい。し、失礼しまーす」



 確か部活動で部長や会計のような何かしらの職に就いている人は生徒会役員になれないはずなのにな……。どうして吾妻先輩が生徒会室にいるんだろう?

 よく見たら『生徒会長』って書かれた腕章までつけてるし。いやいや、吾妻先輩。あなた生徒会長じゃないでしょ。裏のから学校全体を操る “真の” 生徒会長とからなら納得できるけど。


 色々聞きたい事はあったが、ずっと生徒会室の前で立ち尽くしている訳にもいかないので俺は素直に中に入る。



「ん?」



 生徒会室には吾妻先輩以外誰もいなかった。

 うーん、これまたおかしい。放課後、生徒会室には最低でも2人は生徒会役員が待機していなければいけないのに(クラスメイトが面倒くさいと愚痴をこぼしていたので覚えている)。


 何かしら生徒会役員を全員駆り出さなければならない事態が起きてしまった為、代理として吾妻先輩がここにいる––––と考えられなくもないが、生徒会が常時怪しさMAX! な先輩にそんな事を頼むかどうか…………うーん、微妙だよなぁ。

 やっぱり生徒会長あたりを脅して生徒会室を貸し切っていると考えるのが妥当か。



「あ〜、一ノ瀬君。私が生徒会長を脅してここを貸し切っていると思っているでしょ? ひどいなぁ。放課後にどうしても生徒会役員全員で話し合いたい事があるから代わりをよろしくって生徒会長直々に頼まれただけなのに。私、こう見えても生徒会長と親友なの」


「え゛っ?! あの、えーっと、いやー、えー、その〜……そ、そんな事ないですよ?」



 何の前触れもなく頭の中でぼんやりと考えていた事をズバッと言い当てられてしまい、俺は変な声をあげてしまう。

 その後慌てて否定したが完全に声が裏返ってしまった。これでは「はい、そう思っていました」と素直に認めているようなものだ。



 はぁ……情けないったらありゃしない。せめてものの救いは吾妻先輩が全く怒っておらず、楽しそうに笑っている事か。


「ふふふふふ。一ノ瀬君ってば、嘘つくの下手くそすぎ。そんなんじゃ修羅場を乗り切る事はできないわよ? ある日突然嫉妬に狂った女の子にぐさっと包丁で刺されちゃうかも」


「いやいや何ですか、修羅場って。俺にはハーレムどころか彼女もいないんですよ? そんな事は起きま…………あっ」



 そこまで言って俺はある事を思い出した。

 そうだ。ハーレムなら形成されちゃっているじゃないか。ガチムチおネェとヤンデレ気質なスーパー金持ち (♂) が相手という、ホモでも何でもない俺には全く嬉しくないハーレムだけど。


 真冬の北海道であっても近づかれたら暑苦しく感じるであろう鍛え上げられたマッチョなボディを持つミス アビゲイルと、死んだ魚のような目で包丁を握りしめる雀部さんに「一体どっちを選ぶの?」と物凄い勢いで迫られるシチュエーション…………そんな事は絶対に起きないと自信を持って言い切れないから笑えない。



 ああ、天照様に倉稲魂様。あー、後ついでに月読様と須佐之男––––呼び捨てはいけないだろうから一応––––様。ミス アビゲイルと雀部さんの俺についての記憶を全部消してくれなどと贅沢は言いません。どうか修羅場になってしまう事がないようにして下さい。俺の貞操が無事であり続けれるようにして下さい。仕事のお手伝いぐらいなら喜んでしますから。



「ん? あれ? どうしたの? 一ノ瀬君。急に黙り込んじゃって。あ〜っ! もしかしてついにハーレムに気づ––––」


「あっ! あぁぁぁぁあっ! そっ、そういえば! どうして先輩はここの鍵を閉めていたんですか?」



 先輩の声を遮るように大声を出し、俺は別の話題をふった。

 なんせ相手は吾妻先輩だ。これ以上この事について話していたら、俺が♂ハーレムを形成してしまっている事を知られてしまうかもしれない。

 もしそうなってしまえば一巻の終わりだ。吾妻先輩に脅され、まるで奴隷のように毎日こき使われるに違いない。吾妻先輩のような美少女にこき使われる。足蹴にされる…… あゝ何と甘美な響きなんでしょうか。

 そんな極上のご褒美が頂けるのであればこの一ノ瀬 冬夢。進んで♂ハーレムの事をカミングアウトさせて––––––––って、違ぁぁぁぁぁぁあう!



 ふぅ…………危ない危ない。もう後少しで完全に覚醒してしまうところだった。

 和や穂乃佳、目の前にいる吾妻先輩などSっ気のある人と触れ合う機会が多くなったせいか、俺の心の奥底で眠っていたM心が目を覚ましつつあるのだ。一時期は「俺がMなんてありえない!」と全力で否定していたが、最近は「これは親の遺伝だから仕方ない」と割り切れるようになってきた。


 ノーマルがベストではあるが、それが無理でもせめてプチMぐらいに抑えなければ。流石に父さんみたいなどんなに辛い事でも快感に変えてしまえる、そんな残念な人間にはなりたくない。



「え? 生徒会室の鍵をかけてた理由? 大声で叫ぶ程に知りたいの?」


「あ、いえ、別に絶対に知りたいって訳じゃないですよ? ただちょっと気になったってだけで」


「あら、そう? あー、よかったー。もし私がここで何をしていたのかを知られてしまったら、例え一ノ瀬君であっても社会的に抹殺しなきゃいけなくなっちゃうからねー。ごめんね? 一ノ瀬君」


「イ、いエ。だイジョうブデスよ?」



 こ、こえー。吾妻先輩マジこえー。

 笑ってるもん。目までしっかり笑っちゃってるもん。目が笑っていない笑みを怖いと思った事は何度もあるけれど、目もしっかり笑っている笑みを怖いと思ったのは初めてだ。

 何なんですか? 見られたらその人を社会的に抹殺しなくちゃいけないような事って。

 どこかの国の政府、もしくは組織の超極秘書類を見てるとか? それともどんな機関のセキュリティだって一発で破ってしまうようなプログラムを作ってるとか? それとも世界各国のお偉いさんの弱み一覧リスト的な書類を作成中とか?


 やべーよ。普通の人なら絶対にあり得ないけど吾妻先輩だったらあり得ちゃうもん。


 というか何でそんな恐ろしい事をこんな所でやってるんですか。やめて下さいよ。

 家でやって下さいよ。いや、本当お願いしますって。


 あー、もう携帯届いてるか確認して早くここから出よう。

 俺、まだ死にたくないし。やりたい事いっぱいあるし。



「すぅ〜〜〜………………はぁ〜〜〜。………………で、実は携帯どこかで落としちゃいまして、ここに届いてるかな〜と思って来たんですけど」



 深呼吸を一つして頭を切り替えたところで、俺は吾妻先輩に尋ねた。


「携帯? ああ、あるよー。ついさっき音々華ちゃんが『廊下に落ちてました』って言って持って来てくれたんだけど、これかな?」


 そう言って先輩は部屋の一番奥にある生徒会長専用の机に置いてあった携帯を持ち上げて、俺に見せてきた。

 オレンジ色のストラップがついてないボロい折り畳み式のガラケー。まさしく俺の携帯である。


「あっ、それです! いやー、あってよかったー」


「ふふっ。届いててよかったね。じゃあ、はいどーぞ」


「ありがとうございます。…………って、確か落し物を返して貰う為に何か用紙に記入する必要がありましたよね?」



 入学式のオリエンテーションで話を聞いただけだから詳しくは知らないが、生徒会に預けられた落し物を返して貰う時は専用の用紙に色々と書かなくちゃならなかったはずだ。



「あー、いいよ。書かなくて。ここに一ノ瀬君の携帯が届けられたって知ってるのは私と一ノ瀬君と届けてくれた子だけだしね。黙ってたらばれないよ」


「本当ですか? ありがとうございます。いやー、書類書くのとか苦手なんで助かります」


「後、もちろん携帯の中は見てないからね。届けてくれた子もほぼ確実に見てないと思うから」


「えっ! 携帯の中、見てないんですか?」


 大した物は入っていないので (雀部さんのメールは返信し終わった後にちゃんと削除している) 黙っていたのだが、吾妻先輩の事だしてっきり携帯の中を見たものだと思っていたから、この発言はちょっと意外だ。


「も〜〜〜。酷いなぁ一ノ瀬君は。流石の私でもちゃんとした目的もないのに人の携帯の中を見るなんて失礼な事はしないよ?」


 「目的があったら見ちゃってもいいんですか!」と思わずツッコミそうになったが、今更過ぎる事なのでやめておいた。

 それに自分の心の中に人の携帯が見たいという疚しい気持ちが全くないか? と問われたらはっきりYesと答えられる自信もない。隠れている物ほど見たくなるのは人間の性だからな。



「それじゃあ俺、帰りますね。ちょっとこの後用事もありますし」


「あら、そう? じゃあまたね〜一ノ瀬君」


「はい、ありがとうございました」


 先輩に向かって一礼し、俺は外に出る為に扉を開けた。




今回かみるーらじお! はお休みさせて頂きます。すいません。

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