37.話し合い 2
「ようこそ、ラディ殿。ロバートがお世話になってます」
ラディはエディントン伯爵三男・ロバートの聞き取りを終え、処方した。確実に筋力も体力もついており何よりのことだ。
その後、いつものように読書しながら、ミーナが刺繍のレッスンを終えるのを待っていると、クレア夫人もミーナと共に現れた。
「恐れ入ります。エディントン伯爵夫人。
ロバート様は順調なご様子でございます。
また娘に刺繍を教えてくださり、ご厚意感謝しています」
ラディは表面上は礼儀正しくあいさつするが、心中は警戒していた。クレア夫人の青い瞳は、穏やかな表情とは裏腹に全く笑っていなかった。
下手なことは言えない。
ミーナはエディントン夫人の傍に立っている。
ラディは優しく声をかける。
「ミーナ。今日もがんばったね。こちらへおいで」
「はい、お父さん」
「エディントン伯爵夫人。本日もご教授、ありがとうございました。
これにて失礼させていただきます」
「クレア夫人。レッスン、ありがとうございました。失礼します」
クレア夫人がどう思っているかわからないが、当主であるエディントン伯爵は、ラディの説明に納得したのだ。
貴族の家では当主が絶対的な力を持っているのが普通だ。エディントン伯爵が妻を制御できないとは思えなかった。
だからわざわざ、騎士団まで出向き話しあったのだ。
エディントン邸を退出しようとするラディとミーナをクレア夫人が声をかけた。
「ラディ殿。少しお茶をして行かれませんこと?
ちょっとお話がございますの」
面倒なことになった。
“礼儀正しい”市民は断れない。仕事を理由にしようとしても、魔法薬局を休んで来ているのだ。
「かしこまりました。ただミーナはまだ体力もなく、失礼があると恐れ多うございます。
できれば短めにお願いいたします」
「ご安心ください。きっとすぐにすみますわ」
嫌な予感は消えるどころか、どんどん膨らんでいく。心配そうなミーナを椅子に座らせ、自分も座る。手を伸ばし小さな手をぎゅっと握り、微笑みかける。少しでも安心させてやりたかった。
給仕された香り高い紅茶を勧められ、ひと口味わったところで切り出された。
「単刀直入に申し上げますわね。
ミーナさんには、ぜひ魔術師団附属学校で学んでいただきたいと考えてますの。
あの学校は才能ある者に英才教育を施します。
ミーナさんなら、立派な魔術師になるでしょう」
背筋を伸ばしまっすぐラディを見つめ、誇り高い貴族の夫人として“言いつけて”きた。
普通の市民なら、恐れ多く、ありがたいと言うだろうが、ラディはもちろん違う。
厄介な、と思いつつ、“礼儀正しい”範囲内で『終わった話だ』と断わる。
「恐れ入りますが、そのお話はエディントン伯爵閣下を通じ、お答えを差し上げたかと存じます」
「あら、ミーナさんにはひと言も、魔術師団附属学校のお話はしてませんのよ?
お分かりにならないものを、比べようも無いではありませんか?」
「失礼ですが、エディントン伯爵夫人のご実家のご親戚は、優秀な魔術師を輩出されている、ノーケル侯爵家でいらっしゃいます。
恐れ多くも桟敷にもご招待いただきました。
であれば、お勧めいただくのは、その皆様方が卒業された、もしくは在学中の魔術師団附属学校かと存じます。
ただミーナには私の伝手で、すでに先生がいらしておいでです。ミーナはその先生の膝下で魔術を学ばせたいと考えております」
臆せず話すラディの言葉を聞いていたクレア夫人の口角が美しく上がる。
「えぇ、伺いましたわ。
ただ隣国は魔術の“研究”は盛んでも、“実践”はいかがでしょう。我が国の方が上だとは思いませんか?」
「我が師が申すには、魔術師に国は関係ない。
その者の研鑽と心がけ次第だ、と。
ですので、私は師を通してご縁ができたヒポポクラーク先生がご紹介くださった、ヒポポセヴァーノ先生に、ミーナをお任せしたいと存じます」
エディントン伯爵は、ラディとの約束を守り、師匠と伝えた、“荒野の賢人”と称されているバーリことバルバトリ・ヴァスティタスの名を出していないようだった。
それが話を複雑にし、ノーケル侯爵家出身のクレア夫人のプライドを傷つけたのだろう。
「親御さんのご判断は大切かと存じますが、確かめてみなければ、ミーナさんの輝かしい未来に影が差してしまいますわ」
この言葉にはさすがのラディもカチンとくる。
ここまで言われる筋合いはない。
「恐れ入ります。あの手紙をお話を聞かれた後、エディントン伯爵夫人は、開けられましたか?」
夫人から表情が抜け落ちる。伯爵に試されたのだろう。結果はその冷たい目線が物語っていた。
「…………私は実践は、魔術の習得は途中で終えましたもの。
ミーナさんが魔術師団附属学校の初等部を受験するために、私も先生役を頼んでおりましたの。
ラディ殿もご存じのニクスですわ。
彼以上の魔術師はなかなかいないでしょう。
本人もとても乗り気ですの」
これはまた、面倒臭いことこの上ない。
ここでニクスの名前を聞くことになろうとは、ラディも思いも寄らなかった。
ただセバスチャンなら大丈夫だろう。
「かしこまりました。
では、ヒポポセヴァーノ先生と魔術の試合をしていただけますか?」
「え?」
ラディからの申し出が意外だったのだろう。
クレア夫人はきょとんとする。
一瞬、理解が追いつかないようだった。
下町の魔法薬局の店主が、王城の魔術師団でも名高いニクスを試すとは思いもよらなかったのだろう。
そっちがセバスチャンに文句を付けるっていうなら、それこそ“実践”で勝負すればいい話だ。
魔術師の世界はある一定以上の実力があれば、卑賎は問われなくなる。強い者がその世界で立ち続けられるのだ。
「ニクス様とヒポポセヴァーノ先生が試合をし、勝利者が師匠となり、ミーナに教えていただく。
これなら“実践力”が確かめられ、エディントン伯爵夫人もご安心されるのではないでしょうか?
また隣国のヒポポクラーク先生も、この試合の結果であれば、受け入れてくださるでしょう。
そういった理由もなしに、ヒポポセヴァーノ先生をお断りすれば、この国と隣国の魔術学の国際的な学術研究の関係にも、影響を及ぼすことになりかねません。
この影響云々については、私の言葉では信用いただけないと思いますので、ニクス様にご確認いただければよろしいかと存じます」
とうとうと語るラディに後悔はなかった。
ミーナを守るためなら、隠していた爪の鱗の一枚をちらっと見せるくらいは許されるだろう。
「わ、わかりましたわ」
「それと、エディントン伯爵閣下がお帰りになられましたら、お伝えください。
『私の師匠の名前を奥様に伝えてもよろしゅうございます。ただし他言無用に願います』と。
紅茶は大変おいしゅうございました。おもてなし、感謝いたします。
それでは失礼いたします。ミーナ、失礼しよう」
「はい、お父さん。クレア夫人、失礼します」
大人しく話を聞いていたミーナは立ち上がると、慣れてきたお辞儀をきちんとし、サロンを出ていく。
用意されていた馬車には乗り込むが、不快感はぬぐえなかった。
『だから、貴族は嫌いなんだ!』とラディは、心中盛大に毒づく。
心配そうに見上げるミーナを、ふんわりと抱きかかえ、「大丈夫。父さんはミーナを守るよ」と薬局に到着するまで、背中を優しく撫でていた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。
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