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 まずは南の村だ。荷物が増える帰りは通れる道を選びつつ最短距離で帰りたいと意見を一致させ私たちは山を駆ける。途中異変を感じることもなく、あの雨の日感じた気配はなんだったのかと考えながら半日ほど経ったところで風に乗る匂いや地面の様子、隠しきれない人の扱う魔力の流れを見ながら村の場所を探り出し、日が沈む前に辿り着いた村を見て、思わず三人で顔を見合わせる。

「厳戒態勢」

「だな」

 二人が言う通り、ぐるりと村の周囲は対人間用だろう柵に囲まれ、あちこちに罠が仕掛けてあるばかりでなく、出入り口には武装した男が三人固まっている。物見櫓にも人がいる気配を感じながら、それでも北の山から来た私たちには気づいていないようだとどう出るべきか悩む。できればこの村とは友好関係を築きたいので、あまり怪しまれたくはない。何を警戒しているか、は大体予想がつくし、ここは堂々と行くか。

「二人とも、徐々に気配を出しながら近づきます。あまり警戒されないように。師の名前を出すつもりはまだありませんが、錬金術士の弟子で北の山に居を構えたと真実を交えて話しますので合わせて」

「りょーかい」

「ああ」

 さくりと足元で草を踏みしめ、ゆっくりと近づいていく。途中、剣に手をかけこちらを見つめる門番らしき男たちを視界に入れながら、こちらは困惑した様子を見せつつ警戒はしない。声が届く距離まで来たところで、お前たちどこから来た、と男が声を張り上げた。三人いるうち、一番装いが一般に近い。恐らく残り二人は雇いの冒険者で、この人が村の人間だろう。

「私は師に従いこの北の山に居を構えた錬金術士です! 駆け出しの冒険者でもあり仲間と共に近くの村にご挨拶に参りました!」

「一人ずつこっちに来て組合の記章を見せてくれ!」

 頷いて、二人には待ってもらいまずは私が先に村へと近づく。記章を見せながら自分が錬金術士であると名乗り、依頼を受けることができればありがたいのだと交渉をする為に来たことを伝え、鞄から小さく平たい小瓶を取り出した。

「傷に効く軟膏です。他にも依頼を受けることは可能かと。登録した組合はすぐそばの街ですのでそちらに問い合わせて頂いても構いません」

「見ての通りこの村は今賊を警戒している。薬は助かるが、仕入れる余裕はないかもしれない」

「今すぐでなくても構いません。今日はご挨拶に伺ったようなものですから」

 そちらは村に差し上げます、と言えば、目を瞬いた男がまじまじと小瓶に目を落とし、ありがとう、とやや笑みを見せる。

「俺はレットという。この薬は預からせて貰い、村長に渡すと約束しよう」

 ナツとトーヤも一人ずつ近づき記章を見せたところで、中に通される。こんなに簡単に入れちゃっていいのかな、と小声で問うトーヤに、組合の記章をつけている以上拒否すれば組合と揉める可能性もあるんじゃないかとナツが返していた。その予想は大体当たりであるが、賊に元冒険者がいる場合随分とめんどうなことになるのは丸わかりだった。まぁ更新制度のある記章はそういったものを防ぐ役割もあるにはあるのだが。

 とりあえずと宿に案内され、少し待っていてほしいと通された部屋は六人部屋らしい一室だった。ベッドが六つあり、内二つは使用されているようだった。使用者が今はいないのか乱雑に物の置かれたベッドと、大柄の剣を手入れする男が一人。どうやら男女分けることもない相部屋らしいと気づいたナツが私を空いている壁側のベッドに追いやる。

「随分若くて綺麗どころがきたな」

 はは、と笑ったのは髭を生やしてはいるがまだ若い、大剣を手入れする男だった。お前たちも組合から派遣されてきたのかと問われ、その胸元にある二華の記章を見ながら首を振る。

「私たちは駆け出しです。依頼を受けてきたわけではなく、私の仕事関係で取引をしてもらえないかとご挨拶に来ただけで」

「そうかい、気をつけな。賊が住み着いた噂は知ってているんだろ? もっと南でやり合ってたんだが、しぶといらしくてな。今に村の南側に潜んだ山賊とドンパチが始まるぜ。タイミングが悪かったな、ヒヨッコ共」

「まぁ大丈夫っす!」

 何も言わない私とナツに代わりトーヤがからりと返事をすると、なぜか楽しげに目を細めた男は剣を手に立ち上がる。せいぜい隠れとけよとの言葉を残し去っていく男を見送ったトーヤが、ふん、と鼻を鳴らした。

「ヒヨッコってなんだよ」

「……まぁつぼみはそうなるだろうな。それより気になるのはあの大剣だ。随分使いこまれてたけど、あいつ強いのか」

 ナツの問いに、まぁ強いのでは? と首を傾げる。ちらりと視線を向けた先では、情報視覚化能力によって先ほどの男の情報が開示されている。あの様子を見るに、ナツと同じく魔力を剣に叩き込んで攻撃するタイプで間違いないだろう。どちらかといえば喧嘩っぱやいのはナツのほうであるが、本人も武器が気になって男の態度はどうでもよかったというところか。

「まぁ確かに、二華から見たら俺らヒヨッコか……」

 ぽそりと呟いたトーヤがちぇっと不満気にごろごろベッドを転がるのを見ながら、データ画面を消し去った私は交渉の為に準備を開始するのだった。



 結果から言えば、夜のうちに会うことができた村長から是非にと取引を申し込まれた。

 村唯一の薬師であるコモルというおじいさんが鑑定の為に受け取った軟膏の不純物のなさに驚き、村長に私たちとの交渉の席に同席させてほしいと訴えたことで対面したのであるが、私の腕にある腕輪で「高名な錬金術士プルスタイトの弟子である」と太鼓判を押したのだ。どうやら前任は私が北の山に居を構えた後の為にこの村の薬師に繋ぎを作っておいたようなのである。だがやや興奮している薬師のおじいさんは、私が弟子であると認めるとそれならばと前のめりに私たちの前で声を潜めた。

「この軟膏を卸してもらえるのもありがたいが、是非お前さんに頼みたいことがある。師の教えの中に石化症の薬はなかったか。彼がこの村に姿を見せなくなった後発症したものがおる」

「石化……手や足の先から身体が石のように固くなる病ですか。東の国では随分珍しいですね、もう少し北西で流行る病かと思いましたけど」

「その者はまだ年若い娘なんだが、徐々に足から症状が進行しておる。産まれた時から身体が丈夫じゃなくての、乾燥した地域で専ら流行る病じゃが、この緑豊かな東の国でも病魔に負けてしまったんじゃろうて。おぬしの師に頼もうかと思ったが、最後に寄った時には弟子に任せて国を離れると零しておったのでな。妻子を残していったくらいじゃ、連絡はつかぬのじゃろう?」

 どうやらこの薬師のおじいさんが前任を探していたのは事実らしい。そうですねと頷きながら思案する。石化症の薬の作り方は知っている。が、その材料が揃うだろうか。進行具合も見なければならない。下手に期待させることもできず、一度診察したい、と言うに留めれば、明日朝一にでも時間を作るという。

 村長は山賊が近くにいることを踏まえ質の高い軟膏に感謝しているようで、ある分は全部買い上げたいところだが、と言ってはため息を吐く。

「私の今回の目的は今後の取引についての相談と、もしよければここに立ち寄る行商人を紹介してもらえないかと考えていたんです。仕事上仕方ありませんが、私も毎回街に食料や日用品を確保しに行くのは面倒なので。どのような方でしょう」

「ああ、うちの村に顔を出してくれるのは親子二代で行商人をしていてな、ちゃっかりしてはいるが気のいい人たちだ。次に来たら声をかけておくとしよう」

「師の残した力が働いており今現在は獣道ばかりでうちにたどり着くのは困難です。もし定期的に来ているのなら、次に来る日がいつ頃か教えてもらえたらありがたいのですが」

「月一で顔を見せてくれているが、先々週顔を見せてくれた時は次が二か月後になりそうだと言っていた。ひと月半後になるだろう」

「わかりました、ありがとうございます」

 頷き、鞄からもう一つ、先ほどよりは大き目の瓶にいれた軟膏を取り出してお近づきの印だと差し出す。喜んだ村長が土産にとこの村特産らしい茶葉を一袋差し出してきたところで、交渉は成立。夜も遅いので解散となり、宿に戻って一息つく。私たち以外には部屋に戻ってきている冒険者はおらず、顔を見合わせてそれぞれベッドに腰を下ろす。

「交渉が上手くいったのはいいが、この村大丈夫か。さっきのおっさんの話じゃ冒険者が苦戦して近くまで来てるんだろ?」

「冒険者組合の話じゃ、三華匹敵の実力者をリーダーにして、他にも二華相当が四名程。下っ端の数は把握してない……だったか。お前の様子を見るに山賊の依頼を受ける気はないんだろ?」

 ナツに問われ、まぁ目立つのは得策ではありませんから、と頷きつつも、この村が襲われればこちらにも不都合だなと頭を悩ませる。村の様子は探っているが、今は静かなものだ。あくまで今は、であるが。

「ま、来る前にこの村出て、街で救援呼んだほうがいいのかもなぁ」

「冬夜、それフラグだ」

 そわそわとした二人に落ち着くように言いながらも、意識を外に向ける。果たして無事に朝を迎えることができるのか。寝る準備を整えた私たちの耳にはただ、虫の鳴き声ばかりが届いていた。



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