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結果から言えば、ナツの料理はおいしい。限られた食材であると感じさせない趣向を凝らした料理の数々は子供たちも歓声を上げ、なぜかトーヤが得意げになる程だ。だがここ数日、ナツはああでもないこうでもないと様々な料理にチャレンジし続けている。
今日は、拠点周辺に生えている葉が花のように開くシュンカソウと呼ばれる植物が、根が薬草として有名だが、葉も栄養がたっぷりらしいという話を聞いて、おひたしは苦手だという子供たちの為にナツはカラッと天ぷらにしたようだった。同じく私が仕留めてきた鳥もディーナさんに聞きながらナツとトーヤは捌き方を覚えたようで、タレにつけこんだ鳥の肉も天ぷらとして食卓に並ぶ。買ってきていた岩塩を細かく砕いたものを付けて食べるのは珍しい体験のようで、子供たちははしゃいでいたし、ディーナさんやトーヤも喜んでいた。もともと苦手だと言っても食事を残すということはしない子供たちだが、ナツの料理はとくべつ好きらしい。他にも味噌汁や浅漬け、他の山菜を使ったおひたしと、ほかほかのご飯が並び、食堂となった孤児院一階のダイニングはいい香りと子供たちの笑い声で溢れている。私も、食材として利用されたシュンカソウの根を貰って錬金術が捗るし万々歳である。
十分美味しいのだ。私も別に嫌いなわけではないが、やはりナツは食べながらも私の反応を見て次の料理を悩んでいるようだった。なんだか申し訳ない、そう思いながら、大きい子供たちと大人のみ、と言って出された小鉢の野菜に手を付けて……思わず目を見開く。サラダのようだが、ドレッシングがぴりっと口内を刺激する。
「悪い、やっぱり辛いか? 殺菌消毒にいいって書いてたからなんとか使えないかと思って、山わさびもどきの使い方に悩んでたんだけど」
「おいしい」
「え」
「これおいしい」
もぐもぐ、と何度も噛み締めては、口内に広がる辛さを堪能する。ツーンと鼻に抜けるような辛さは控えめだが、舌に残る。それが長く刺激を続けるようだった。突き抜けるような辛さは少し物足りない位だと感じてふと、そうかこれが今の私の好みなのかと止まらなくなった箸を受け止める。もう覚えていないが、前世で聞いたやめられないとまらないとは辛いもののことだっただろうか。
「なんだ、ルティって辛いのが好きなのか」
「……もっと辛くてもいけます。ナツは、料理が上手いです」
「……果物気にしてることが多かったから、甘いものが好きかと思ったけど意外なとこだったな」
ぺろりと一皿食べ終わり満足していると、どこか表情があまり変わらないものの嬉しそうなナツと目があう。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「ああ」
満足そうなナツの手が伸び、ふわり、と頭部が一度優しく撫でられる。珍しい行動に驚いてナツを見ると、ぴたりと動きを止めたナツはすぐ立ち上がり、私やトーヤの分まであっという間に皿を重ねて立ち去ってしまった。
「わぁ、トーヤ、見てください。ナツが持ってるお皿凄い量です。さすが戦闘訓練中でも力と速度の均衡を崩さないだけありますね、どの器も重たいのに」
「ああ、うん、うん、そだね……浮かれたんじゃ……ないかな……」
おおすげぇ、と子供たちが追いかけてナツにじゃれつくのを見ながら、随分と健康的な顔色になった子供たちをディーナと一緒に眺める。ここは、平和だ。この平和を続けていく為にも、そろそろ行かなければならない。
「明日一日準備にあてて、明後日から南ににある村と、この間の街へ行きます。二人がどうするかは、個人の判断に任せることにします」
夕食後二人を離れに呼んで伝えると、きょとんと一瞬瞬いた二人がすぐ、行く、と答えを出す。
「あ、待てよ。準備はどうなってる? 買い出しリストは? 子供たちも含めて、外に出ないようには伝えてるのか?」
「何日かかるかわからないが、明日で俺たちも含めて全員分の食材もなんとかしないといけないな。何食か作って見せて、小分けにしたほうがいいかもしれない。ディーナさんと年長組で作るにしても持ち回りにして、誰かが子供全員に気を配れるようにしておかないと」
てきぱきと準備を始める彼らを見て、その魂の輝きに目を細める。突如こんな世界に連れてこられたというのにやはり、彼らは随分とたくましい。自分だけではなく他者のことも考えて適切な道を選ぼうとするその姿勢は、それこそ彼らのいいところであり、彼らがここに召喚された原因だろう。果たして、こうして生まれ変わった私の魂は彼らほどの美しさを持った上で選ばれたのだろうか。わからない。私たちのような存在に選ばれる魂の要因は様々だ。
だが、やるべきことは変わらない。私はこの世界を守る為に、そう、壊せばいい。
「ここの結界は完璧です。周辺の迷いの術はもう少し時間がかかりますが、出なければ子供たちの安全は保障できます。ので、私たちの外出中は外側から私しか開けることができない鍵をかけていくつもりです。ディーナのみ鍵の緊急解除ができるようにしていくつもりですが、むしろ使う機会はない筈だと伝えてあります」
「塀は越えられないもんな」
確かに外側からも内側からも、塀を越えるのは結界が邪魔をして不可能だ。……恐らくナツとトーヤは一度出られるか確認していたのだろう。
そして食材に関してはナツが、買い出しの品の選別や日程に関してはトーヤが主体で計画が進められていくのを見ながら、私はディーナに残す為のマニュアルを書き起こしていく。やはり、こうして私たちが拠点をあけることを考えると、専属での行商人を見定めて契約するかここに住む誰かを買い出し担当にする必要があるだろう。もう少し時間があるのであればいいが、今は無理だ。最年長の子ですらまだ、街まで往復させるのには早いだろう。
来年、ナツとトーヤはどうするのだろう。やはり、冒険者として世界を回りたいと願うのだろうか。自惚れではなく、まだ私のパーティーメンバーになることを諦めている様子はない。他の選択肢をもっと広げ選べばいいのだと思うが、彼らならばここと街の往復を安全に行うことが出来るようになるだろうと思うと、それも捨てがたい希望になる。もっともこれは私の都合であり、口に出すことはしないが。
一先ず、街だ。あの大雨の日に感じた不穏な気配がその後鳴りを潜めた状態では、安心することができない。私は私の勘と力を信じるしかないのだから、懸念を残しておきたくはないのだ。情報が必要だ。南の村の様子の確認と、街の冒険者組合での情報収集、そして買い出しに、できれば冒険者としての依頼も確認したい。あれこれ懸念を紙切れに箇条書きにしていくと、それを見つけたナツとトーヤがどうするか話し合いを始め行動を相談し始める。本当に、できた子たちだ。
こうして翌日は準備に明け暮れ万全を期して、私たちは二度目の外出を試みたのである。予定は予定でしかなく、大きな変化を迎えるとはこの時、心配はしていても予想はできていなかったと言えよう。




