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 大雨の中何らかの異常を感じ、様子を見始めて四日。保存食になりそうなものにはあまり手をつけたくはないと意見は一致して、毎朝私が木の実や山菜、薬草もついでに集めて持ち帰っていたのだが、その日はナツとトーヤが連れて行って欲しいと早朝出ようとしていた私を引き留めた。あの雨の日異常を感じたのだと伝えた時は結界内で待機すると言っていたのだが、優しい二人は毎朝私が全員分の食糧をかき集めてくることをひどく気にしていたので、予想通りだったとも言える。私が人ではない者である以上、この仕事に男も女もないとは思うのだが、確かに転移魔法が発達してないこの世界で、荷物を運ぶ、という仕事では男性の力がありがたい。そんなことは当然本人たちもわかっているし、何より人手は多い方がいいというのは事実である。そんな中で私が何を迷うかと言えば、やはり、彼らを害そうとする『人間』と遭遇してしまう危険性を否定できないからだった。もっとも、それも当然、彼らは理解した上での選択なのだろうが。

 私にとって人間が一番怖い、というわけではない。私が警戒しているのは、彼らが人間と『コロシアイ』になることだった。



「ルティアルラなら賊と会ってもいいっていうわけじゃ、ないだろ」

 ナツのその言葉に、無言を返す。結局連れて行くかどうかはあとできちんと話をしようと言って後回しにしてしまたのだが、子供たちが朝食を終えた後すぐ二人に捕まった私は二人に離れに連れ出されていた。

 私は別に、賊であろうがなんだろうが会って敵なら(相手の未来が)そこまでだというだけだ。なにせ私は自分を殺そうとかかってくる相手に余裕を見せる程油断はできない。拠点こどもたちがある限り私はあそこが帰る場所であり、守らなければならないのだ。特に彼らを害す可能性があるものは徹底排除しなければならないし、それは仕事で義務だ。そして、人を知っているというだけで、その常識の中にある存在ではない。だが彼らにはその理由すらないのだから、ある意味私より人とは戦いにくいだろう。当然それは伝えてあるし、と少しの間思案した私は、はあと一つ息を吐く。

「わかりました。いいけれど、怪しい人、人に似たもの、魔物、なんでも見つけたらすぐ逃げること。相手が怪我人だろうがなんだろうが関係なし、あなた達がするべきは私に知らせることです、いいですね?」

「ああ、わかった」

「はは、ルティは俺たちに激甘だなぁ」

「そんなことありません。ほら、修行しますよ」

 なんだ甘いって。修業の開始をすればすぐトーヤがげっと顔色を変え、そうだ修行では鬼だったと言いなおすので空中からすぐさま取り出した杖を振り下ろせば、見事に彼は防いで見せる。鬼だなんだといいながらも、彼らは優秀なのだ。


「それで、二人は自分に合った戦い方を見つけることができましたか?」

 ここ数日、初心者冒険者となった彼らと同じ初心者でありながらある意味師匠である私が出した宿題は、自分のクラス、戦闘職業を見極めること、だった。

 試しにと私の戦い方は一度見せてある。一口に魔法術士と言ってもそのスタイルは様々であり、私は基本的に錬金石で装飾した杖や錬金石を武器に魔法を使うスタイルを選んだ。これなら詠唱の補助として錬金石を使うことで多少無茶が効くように見せられる為、人外の力を隠しやすい。難点は錬金石の消費量となる為、自前で用意できない魔法術士はまず選ばないスタイルだが、私は自前で用意ができる上にそもそも人間のようなまどろっこしい魔法行使でなくても発動するのを隠す理由であるので無問題だ。

 ちなみに錬金石と呼ばれるものにも多種あるが、私は液体の表面、空中の魔力に触れる面が結晶化したように固まる自作の品を使っている。その見た目は色とりどりの宝石が如し、しかし使用する際には液体に戻り、役目を果たせば魔力は消費され只の水となる為証拠も残らない、優秀だと自賛できる出来だ。拠点の地下で長年構想を練っていた物を完成させたのである。これを相手にぶつけて威力を増したり、味方に当てて回復ポーションの役目にできたりするわけだ。

 一般的に多い魔法術士のスタイルもまた杖だが、彼らは長い詠唱を扱う後衛タイプ。その弱点を私は錬金石で補う、というわけである。

 さて、彼らはどうするのか。

「俺はやっぱり、冬夜やルティアルラみたいな魔法の扱いは苦手だ。武器に乗せて戦うにしても、弓は性に合わなかった。この前街で少し見かけたんだけど片刃の軽い……刀が気になるな」

 なるほど、確かに彼は特に炎の魔力を乗せるのに長けている為、両手剣や大剣で威力を増すのもいいが、それでは持ち前の速度や柔軟性、回避力の高さが持ち腐れになってしまう。本人は友人や、師である私の扱う魔法にやや執着を見せていたが、きちんと自分の適性を見極めたようだ。

「じゃあ、ナツは一応剣士になるかな。トーヤは?」

「俺は……あのさ、ルティ。ちょっと相談なんだけど」

 真剣な、どこか伺うような様子に首を傾げると、トーヤはこの前私が見せた錬金石のようなものの補助が欲しい、という。

「魔法の発動も慣れてきたから、魔法士も考えたんだけど……ルティの魔法見てたらなんかこう、自分のがしっくりこないんだ。いろいろ試したけど弓、というか、遠距離系だとは思うんだけど。ただもっとこう、できる範囲を広げたい。クラス分けの本も色々見たんだけど、魔法士、弓術士じゃなくてアサシンとか、レンジャーとか、この国で言うとシノビとかがやってみたいんだ。まぁ、暗殺者アサシンになりたいわけじゃないけどさ」

 ふむ、と声を漏らす。彼が希望として挙げたのはどれも純粋に魔法や弓を極めた者ではなく、罠や投擲武器、そして何より隠密な行動を得意とするクラスだった。なるほど、確かに瞬発力に加えて攻撃が強力で豪快なナツに比べ、彼は単発の威力こそ劣るものの風の魔法を得意としており動きの良さもあって、遠距離武器の命中率や魔力の扱いも非常に上手い。クセはあるし一対多数では不利であるが、本人にも、そしてナツとの共闘で考えると相性もいいクラスだろう。

 つまり錬金石を罠か投擲に使用できないか考えているらしい。短い期間で二人ともよく判断し勉強できていると言える。

「たぶん私の錬金石でもいいけれど、自分で補給できないと辛いと思うよ。錬金術、覚えてみる? トーヤ向いてると思うけど」

「うーん。そっちも本で調べたけど、憧れるけど難しそうだよなぁ。俺薬草の種類とか覚えきれるかな、ナツの方が覚えるの早かったんだけど」

「は? ナツ、あの出してた本覚えたの?」

 この世界に来たばかりの彼らに、おすすめの、覚えておいたほうがいいものが記載された本を教えたのは確かに拠点に住みだしてすぐの頃だったと思うが、それにしても慣れない文字であるあの何冊もあった本の中で、薬草やら鉱物など錬金術や薬師が学ぶためのものを、覚えきったというのか。驚く私の前であっさり頷いたナツが、何でもないように何ならテストでもしてみるかと首を傾げる。私が問題を出すまでもなく、家の周辺や近場で採れる薬草の特徴と名、効果や効能に、街で見た品と比較した価値の予想までつけられてつい唖然としてしまう。特に重点的に「食べられるもの」や「薬になるもの」を覚えているようだったが、それを言い終えた辺りでナツはどこか悔しそうに眉を寄せる。

「錬金は薬も作れるんだったな。出来ればやりたかったんだけど、……たぶん俺は無理だ」

 その通りだった。彼は知識は十分だが、この世界の錬金術は基本魔法を使うようなものなのだ。だからこそ魔法と相性も良く、そして威力も高いものができあがるのだが、それは彼に……魔法を苦手としてるナツにとっては致命的な特徴と言えるだろう。

「前に、子供たちが食べれるようにとってきたものの中にさ、そのまま食べたら駄目だったものが混じってたことがあっただろ? ディーナさんが気づいて回収してくれて助かったけど、あれで反省して、勉強しなおしたんだよ。ルティアルラもあまり食に興味がないみたいだからいいもの食わせたいし。……食事、あんま好きじゃないだろ?」

「え? ああ、えっと」

 問われてつい言い淀む。確かに、この体で生まれて食事とは縁遠かった上に、前世は人であっても記憶は朧気だ。味覚が変わったのか、前世では確か柿が好きだったような気がするのだがこの体では何を食べても魔力を得る為に必須の行為としか考えられず、珍しさはあっても食事を楽しいとは思っていなかったのだが。ナツは、どうやら子供たちの件も合わせて気にしてくれていたようだった。

 あれから私も子供たちが口にするものは細心の注意を払うようにしていたが、そういえば確かに、最近は持ち込んだ素材が食卓に出されるとき工夫されていたように思う。どうやらあれは、ナツが作ったものだったらしい。拠点周辺の警戒もあって多忙だった為に、基本的なことを私は見落としていたらしい。

「ナツ、ありがとうございます」

「夕飯、楽しみにしてくれ」

 苦笑して髪をかき混ぜるようにくしゃくしゃに頭を撫でられ、奇妙な感覚を胸に、さて修行だと腕を振り上げた二人に私は笑みを返したのだった。


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