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 子供たちの笑い声が広い庭に響く。

 無事にこの拠点に前任が指定していた孤児院の子供たちを連れてくることが出来て、五日。たどり着いてすぐは赤子を始めとして幼い子供たちを中心に緊張と移動による疲れからか体調を崩す子も出ていたが、翌日には回復し動き回れるようになった子も多く、広く整った設備の施設にひどく感動しているようだった。今は畑を作ろうと、前任の残した資料を基にトーヤ主導で動ける子供たちが庭に出ているところだ。

 この拠点の子供たちが暮らす部屋は二階にあり、二人部屋か三人部屋で分けられている。それが八部屋と、恐らくディーナさん用の部屋が一室、そして広く何もないホールのような大部屋。だが子供たちは最初こそ与えられた『自分の部屋』に喜んでいたものの、夜眠る時間は一人が心細いと大部屋に毛布を持ち寄って眠っているようだった。それには今ナツとトーヤも付き添っているようで、今はまだそれが続いている為に部屋分け等はなされていないらしい。が、年長者からそろそろ部屋で寝ようという話が出始めているそうだから、何かきっかけがあればナツもトーヤも離れの部屋に戻ってくるのかもしれない。

 問題はディーナだった。どうやら移動中に覚醒したようなので気づかなかったのだが、ディーナは子供たちを守ろうという想いが強く、そして前任がいなくなった後に運命共同体としての繋がりが完成した為、はっきりしていなかった彼女自身の特殊なスキル……膨大な魔力の使い道が『子供たちを守ること』に特化したようで、移動中の子供たちの守護に随分と魔力を使っていたらしい。私自身赤子に集中していたとはいえ幼い子供たち全員を見ていたつもりだったのだが、やはりそこは本職であるディーナが固有スキルとして開花させた力で全員の体力を保っていたようで、ここに辿り着いた子供たちが多少の疲れだけで済んでいたと言えるのはディーナのおかげだった。その分初めての能力行使にディーナの負担が大きく、彼女は昨日までほぼ寝込んでいた状態だった。子供たちが身を寄せ合って眠っていたのも、不安があったのかもしれない。その間私と年長者で赤子を見ていたので、かなり慌ただしい生活を送っていたとも言える。とはいえ、長距離の移動でこれだけで済んだのだからよかったのかもしれないとディーナは喜んでいるようだった。

「ディーナ、体調はどうですか?」

「ああ、ルティさん。ええ、もうだいぶいいのです。ご迷惑をおかけしました」

 ふるりと首を振る。お互いの呼び名の変化と共に大分堅苦しい様子は抜けてきてはいるのだが、やはり彼女は私が夫となる前任と同じ立場……要は神界の立場の者であると正しく理解し、その力を知っている為か、どこか敬うような硬さが抜けない。神界と名があろうとも神という存在ではないのだが、それを説明してもそうではないのですと彼女は微笑むばかりで、半ばこちらが諦め始めている。時間が解決してくれるかもしれない。

 作ってきた薬湯を飲ませ、魔力の流れなどを確認してできる範囲の軽い診察を終え、もう大分回復してきていることにほっとする。彼女は娘であるフローラを抱き、子供たちの声を聞いて楽しそうにしている。

「食料のことなのですが」

 私が切り出したのは、畑で採れるもの以外のことだ。私は今年は拠点を中心に動くが、来年以降は恐らく世界を回る。そこらの集落よりよほど設備と薬は整っているが、辺りは私の魔力によって着々と、賊などが入り込まないよう施した幻覚魔法が迷いの森と化しており、行商人はまず出入りができない。

 他の集落と同じように私が行商人として時折戻ってもいいのだが、念の為訪れるのを許可した行商人の選別も頭に入れておいたほうがいいのかもしれない。

「保存食のことでしたね。いくつか候補がありますので、頂いた用紙に材料と作り方を書き込んで置きたいと思います。台所の奥の貯蔵庫を使っていいんでしたら、結構な量は保存できるかと」

「あそこは地下にも小部屋として繋がっていますから、そちらも貯蔵庫として使って問題ありません。あと、万が一の為に脱衣所の奥……家事室の地下は子供たちとあなたが身を隠す場所ですから、そこにも非常食としていくつか。地下室があるとわかりにくい仕様になってましたけど、定期的に確認してください。その部屋にある魔法具は何処にいても私に繋がる緊急用の連絡魔法具です。大変貴重なものですから、あの部屋に出入りするのは緊急時以外はあなただけで、触れないようにお願いしますね。緊急時は果てにいても、数日以内にかけつけます」

「数日分の用意、ということですね、わかりました。本当に、すごい家……」

「ディーナのご主人が用意したものです。……離れ以外は、ディーナが好きに使ってください」

 ありがとうございます、とほほ笑むディーナと他にもいくつかこの拠点の確認をし、保存食の書き出しは体調が万全になってから、と約束して立ち上がる。と、バタバタと足音が続いたかと思うと部屋がノックされた。どうやら、昼休憩で子供たちが室内に戻ってきたらしい。

「先生! お昼ご飯一緒に食べられそう?」

「今日はね、ルティおねえちゃんとナツおにいちゃんが採ってきてくれた果物がいっぱいあるんだよ! あと、パンも焼いたの!」

「まだまだあるからあの果実、干したらいいかもしれない。店に売ってるおじさんに作り方聞いたことあるんだ」

「そういえばおねえちゃんが持ってきてくれたひょろ長い青い実、すっごく辛いの。あれたぶん『アオガラシ』だよ! 柑の実が欲しいなぁ、合わせたら風邪なんかへっちゃらになるよ!」

 一気にしゃべりだした子供たちの話を一人一人確認するように聞いていたディーナは微笑み、私が頷くと食事する為に一階へ揃って向かい出す。私が初めて見た時食堂のようだと思ったあの部屋はそのまま子供たちの食堂として使われており、テーブルの上にたくさん乗せられた果物に、ディーナは目を丸くした。ここ数日は薬湯と粥ばかり食べさせていたから、彼女はまだ見ていなかったのだ。

「こんなにたくさん。これなら、確かに干したものを保存食に……あら、これは梅花の実ですね。皆、これはこのまま食べずに、あとで皆で干したり漬けたりしましょう。さぁ、この籠にいれて」

 はぁいと子供たちが声を揃え、同じ実を集めて箱に入れだす。今日採ってきたものだが、そうかこのまま食べないものもあったのか。情報開示で食べられると表記はされていたが、盲点だった。食べさせる前でよかったと考えつつナツと今後そういったものが混じらないよう書斎にあった本で確認しようと話していると、あ、と子供が大きな窓の外を指さす。

「雨だ!」

 子供の言う通り、指先を追えば先程まで雲はあれど晴れていた筈が、ぽつぽつと振り出した雨があっという間に、あまり透明度は高くないもののこの世界では大きい部類だろう窓ガラスを叩きだす。なかなかに雨粒も大きく勢いのある雨だ。せっかく午前中子供たちが頑張っていた畑は大丈夫だろうか。

「どうしよ、お外に畑の道具、おいてきちゃった!」

「ああ、私が片付けておくから、皆はご飯を……」

「えっ、駄目ですわルティさん!」

 こんなひどい雨の中、と慌てたのはディーナだった。とはいえ、これくらい問題ないですよ、と言えば彼女は私たちの力に思い当たったのか、でも、と少し戸惑う様子を見せる。

「ルティ、ごめん。午後に片付けようと思って結構そのままなんだ、俺もいくよ」

「俺も手伝う。三人でいこう」

「はい、ありがとうございます……というわけで、大丈夫ですから。皆さんは食事を」

 さすが魔法使い、と憧れを多く含んだ子供たちの声を聞きながら食堂を出て、玄関で三人を包むように術をかける。畑は心配だが、雨は森には必要だ。

 一応あまり体が濡れないように魔法をかけて外に出たものの、激しい雨は地面で跳ね、視界も悪く足も取られる。お互いの声も通りにくく叫びながらあれが足りないだとか手分けして倉庫に荷物を運んでいる時だった。確かに聞こえた。森にすむ狼の魔物の悲鳴。魔力の気配。

「……何?」

 思わず顔を上げた私に、後ろにいたナツがどうした、と問う声が聞こえた。バシャバシャと水をかき分けて進みながら、違和感に口を引き結ぶ。

 ふと思い出すのは、街で聞いた山賊の話。幻覚魔法は順調に進んでいるが、まだ完成していない。まさか、と屋敷の周囲を囲む塀の入口を睨みつけるも、見える範囲に違和感なんて感じる筈がなかった。なにせ、ここは魔物を通さないよう目隠しの意味でもしっかりとした塀で囲まれているのだ。高さもそこそこあるそれの先の違和感はさすがにわからない。……出るか?

「おい、ルティアルラ?」

「……外に何かいるかもしれない。魔物の悲鳴と、魔力の行使の気配がした」

「……えっ、侵入者?」

「侵入はしてないだろ。それよりルティアルラ、それは、魔物同士の戦闘じゃなく人の可能性が高いってことか?」

 悩みつつも答えられずにいると、眉間の皺を深めたナツが、どうする、と腰の武器に手をかける。

「一度室内に戻りましょう。迷いの幻覚を万が一超えたとしても、この塀の外側には結界があります。離れに入れる人間が許可しないと外の人間は中に入れません」

「へえ、そうだったのか」

「一度、ってことはあんたは行くつもりなんだろ」

 相変わらずナツは察しがいい。ちらりと見上げると、ナツの瞳はゆらゆらと揺らぐ。

「これは私の仕事ですよ」

 トーヤに確認すれば畑の片付けは終わったらしい。相変わらず視界の悪い中室内に戻ると、濡れてない私たちを見た子供たちから歓声があがる。

 後は離れに戻るので今日はもう外に出ないようにと子供たちに言い含め、離れの玄関から外に出て、結界を超える。ナツとトーヤは玄関の入口でそれをじっと見ていたが、私はその手が強く握られていたことしかわからない。

 ディーナの体調が戻り、必要な食材と買いだした方がいいものを纏めてから街に出る予定だったが、離れるのはまずいだろうか。森を駆けるが、そこにはもう魔力の痕跡も、戦闘の痕も残ってはいなかった。雨が全てを流してしまったかのように、雨音以外はしんと静かな薄暗い森が、四方八方変わらない景色を見せる。どんなに回ってもそれ以外何もない。微かな違和感を残しながら、私は一人雨の森に佇み、今後のことに思考を巡らせたのだった。



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