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 まず街で向かったのは荷車探しだった。馬車の後ろに連結している荷車は既に引っ越しの荷物でそこそこ荷物が積まれているし、何より馬車まで持っていくのに私の魔法鞄だけでは無理がある。つい昨日得たばかりの報酬は私たちの装備を整えるのに回すことにして、前任が残したお金から消費していく。

「荷車が百シード、か。結構頑丈な作りが買えたな。塩は海塩と岩塩両方買ったぞ、海塩の方が少し高い」

「東の国は海周辺が今荒れているらしいからね。ああ、海そのものというより、海辺の町が、というべきか」

「ああ、戦が起きてるって店主も言ってたな。遠方の集落からの買い付けだろ、ってこれでも融通してもらったんだが」

 買った塩を積み込みながら次に買うべきものはとメモに視線を走らせるナツが、武器はどうする、と私を見る。

「後回しかな、選んでる時間もったいないし、トーヤの分も本人が選んだほうがいいし。拠点帰ったら早めにまた三人で買いに来るしかないです」

「じゃあ、防具も後回しのほうがいいな」

「いや、グローブだけ間に合わせで買いましょう。拠点にはなかったから薄手の手袋だったし、武器扱いにくかったでしょ?」

「……助かる」

 あれも買いたいこれも欲しいとキリがないが、時間もない。移動中興奮気味だった子供たちは出る時疲れて眠そうだったが、ディーナとトーヤは残されて不安だろう。それはナツもわかっているのか、動きは素早く荷車に必要なものがどんどん詰め込まれていく。

「鰹節と昆布があったから食料とついでに買いこんできた。出汁あったのかと思ったけど、この街は少し仕入れやすいらしいぞ。あとは保存がきくものも結構あるんだな」

「新鮮なものが少ない、ってことですよ。この街も東の国全体で見れば北西の離れた地域ですから……でもそうか、北の海は採れる場所が少ないけど比較的戦がないって話だったかも」

 与えられた情報が僅かにずれたり違っているのは仕方ないことなのだろう。情報のずれが大きくなる前に世界を回らなければならないのかもしれないが、元より焦りは禁物、まずは拠点で自身の準備と体勢を整えることから始めるのは予定通りで、緊急の連絡は上から来ていない。

 あれこれと考えながら店を回る。まだ早い時間に街に入ることが出来たが、日はだんだんと高くなる。

「揃えるのは早い方がいいって言ってたから畑に植える種芋と勧められた種も買った。衣服と毛織物の毛布も十分だ、亜麻の布もある。あと薬の類はあるからいいとして、錬金の素材ってのは?」

「また今度にします、前任が地下に残してたのもあるし」

「おい待て地下ってなんだ……はぁ、まあいい。急ぎで入用なのは大体揃ったな。孤児院から荷物はほぼ持ち出したし、ある程度なら拠点に揃ってる。拠点の部屋数を見ればむしろ子供の方が少ないくらいだ」

 ですね、と頷いて荷物を最終確認する。時刻は、昼の少し前か。皆で食べれるよう夜の分まで大量にパンを中心とした飲食物を最後に積み込めば、荷車はそこそこの重さになる。これくらいなら問題ないというのでナツに任せて歩き出すと、大丈夫かい、と焼いていい匂いのするウインナーを手に露店に立つ女性に声をかけられた。

「このところ物騒だからねぇ、今朝も、最近何かと目立ってた商会のお偉いさんが行方知れずになったって話だよ。そんな大荷物で集落に帰るのかい?」

「ええ、大丈夫です。私たちはこれでも冒険者ですから」

 じゅうじゅうと肉の焼ける音に交じりもたらされる情報に、ほほ笑んだまま対応する。ナツは僅かに指先を揺らしたが、視線をこちらに向けることはなかった。

「依頼か何かかい。大変だね、ほらこれも持っていきな」

「わあ、ありがとうございます。……せっかくなら買って行こうかな」

 人数分を頼めば、お、ありがとねと笑った女性はサービスだと少し多めにそれを大きい葉と経木に包み紐で手際よく縛ってくれた。さて、話しから聞くにやはりこれだけ買いこんで移動となれば、噂にあった山賊どころか盗賊も面倒そうだ。さっさと行くことにしようとまっすぐ街の出入り口に向かえば、ふと出て少ししたところでナツがため息を吐く。

「なんかいたな」

「え、気付いたんだ」

 やはりというべきか、街の出入り口を見張る人間というのはいたらしい。朝と違い今回はきちんと門番には声をかけられつつ出ているので、もちろん忍んだ気配は賊だろうなと思ってはいたが、ナツも気づくとは。どちらかと言えば偵察や察知能力は現時点トーヤの方が優れているようだったが、この二人の成長速度は少し恐ろしい。

「走るか?」

「急ぎはしますけど、別に走らなくてもいいですよ。荷物傷がついても困りますし」

「つまり、余裕なんだな?」

 もちろんです、と答えながら行く先を見つめる。いるんだな、と思いつつも、そりゃまぁそういった人もいるかと納得していると、ナツの方からもやっぱいるんだな、とあまり驚きのない声が聞こえてくる。

「俺じゃ足手まといだろうし、荷物守るのに徹するか」

「……なるべく追い払う方向で動きます。焦らずどんと構えていてくれれば問題ありませんよ」

「強くなりたいな」

「……人間相手に戦うつもりですか?」

 ゆるりとナツの視線が降ろされる。少し私の方が低い為、目を合わせようとするとそうなるのだが、その動きを視線で追うのに少し自分の体が強張った気がした。

 ナツは露店の女性から聞いたあの話について、まだ何も発言していないのだ。

「戦いたいとは思ってない、が」

 その続きはなんなのだろう。迷うように一度開閉された口を少しの間見つめるが、ナツはそれ以上語らなかった。

「戻りましょう、トーヤたちが待ってます」


 警戒していた盗賊に会うこともなく、私たちは無事にトーヤたちに合流することができた。子供たちの中でも幼く体が小さな数人はまだうとうととしていたが、時間が経つ前にと肉とパンを渡せば、途端に皆目を輝かせ元気に動き出す。

 最近は食べることができても硬い干し肉を少量だったという子供たちはウインナーに夢中のようだったが、ディーナの指示で一つを半分以下に分けて少しずつ食べることにしたようだった。いきなり食べても身体がびっくりしてしまうと言われて、なるほどと頷く。パンは喜ばれ、子供たちがゆっくり食べている間に早々に食事を進めた私たちは馬車をゆっくり進めだした。

「トーヤ、あとで少しだけ離れます。ナツと二人馬車から離れないように。この様子だと、夜かな」

「……りょーかい!」

 あらかじめ食事中にナツから事情を聞いていたらしいトーヤが察したようで頷く。

 そうして迎えた初日の夜は、私が一度離れることは合ったものの特に問題なく、赤子の様子に細心の注意を払いながら皆で多めに買った毛布や服に包まり、身を寄せ合って子供たちは眠りについたのである。



 道なりに進めば街があるのはわかっていたものの、私たちの拠点はそこより北である。前任の残した地図と情報を何度も見比べていた私は途中、道半ばで北に入りやすい通りがあることに気づき、無理に街に寄るよりはとそちらを通り、四日目の朝を迎えていた。既に森に入ってしばらくたち、子供たちも慣れてきたのか街にいる時よりずいぶんと元気な様子で、時折大きな子は外を歩き、拠点に向かっていた。途中赤子が少し熱を出したようだが私ができる範囲で対処可能であり、休息を挟みながらも着実に拠点には近づいている。前任の残した情報の中に比較的通りやすい道が記されていたというのも大きいだろう。といっても、それを知っていたのはディーナさんで、私には見つけることができなかったのだが。

「ねえちゃんは戦わないのか? ヒーラーだから?」

「にいちゃんたちかっけーよな! こう、こうやって!」

 森の中のモンスターは比較的弱い。ナツとトーヤが率先して対応しており、私はディーナさんと赤子についているか、道が不安らしい馬を宥めて御するのに徹していた為、子供たちは同じ冒険者でも前線に出ないと判断したようだった。

「お兄ちゃんたちが凄いからね」

 知らなくていいのだ、と特に説明もせず話を合わせれば、おねえちゃんはフローラを守ってくれてるんだから、と女の子たちが反論するように男の子たちを注意する。ナツは無反応、トーヤは苦笑して過ごしつつ、時折果物や木の実を得つつ先を進んでいた。

 フローラとは前任とディーナの子である赤子の名前だ。フローラレーナ、という名の女の子で、子供たちは皆フローラと幼い最年少を可愛がっているようで、皆面倒見がよくいい子だった。笑い声や笑顔が見え始めて順調に見え始めたその日の夕方。家まではあとわずか、今日は少し強行して戻るべきだとした私たちの前に、アルラウネが現れる。とっさに馬車全体に防御の魔法をかけた私と同時に、飛び出して与えた古びた剣を振り抜き一刀両断したのは、ナツだった。ごう、と斬ったと同時に炎がアルラウネを包み、子供たちはその断面すら見ることはなかっただろう。炎は綺麗にアルラウネだけを包み、やがてふつりと焦げ目だけを残して消え去る。

「あ、俺の出番なかった」

「いらないだろ」

 凄いな、と騒ぐ子供たちの影に隠れ一人息を吐く。行きとは違い倍時間はかかったものの、最初の任務は終了が見えてきたのだった。


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