ふたりっきり
「全く、何が起きてるのか全然分からない。近頃おかしなことばっかりだ」
「はあ」
「大体シーフーもお父さんもお母さんも、勝手なことばっかり言って、私には色々やらせるくせに隠し事ばっかりするんだから」
「まあ」
「いっつもそうなんだ。貴族の令嬢らしくしろと言ってみたり、自由に私らしく生きろと言ってみたり、屋敷に帰ってこいと言ってみたり、森から出てくるなと言ってみたり、どっちなんだって話だよ。みんながみんな好き放題言いやがって……」
「いたたた」
「あ、すまん」
どうやら左頬(私がひっぱたいたやつが一番腫れてる)を治療しようと頭を固定していたらうっかりねじ切りそうになっていたらしい。
慌てて手を離すとユーリウス殿下は怯えたような目をしてそそくさと後ずさった。いや、本当にすまん。
壁にもたれかかったユーリウス殿下は全身に砂が張り付き王族らしく無駄に豪奢な服はすす切れ(もったいない)、露出している肌部分はもれなく血が滲んでいた。
シーフーが言うにはどうやら私のせいらしいから、引っぱたいて正気に戻したあと、こうやって治療している訳だが、私はなぜこんなことをグチグチグチグチ言っているのだっけ。
ああ、だっていつまでたってもユーリウス殿下が呆けてぼうっとしているから、ちょっと気まずくて適当に話してたら止まらなくなったんだった。これじゃあまるで森にいるあの片腕男みたいじゃないか。ということはあいつは私との時間が気まずくて無理やりうるさくしていたのか。失礼なやつだな。あれ? そう言えばあいつはどうなったんだ? 今回のこの訳の分からない面倒に関わっているのだったっけか。
そうそう、そもそも、あいつがこの国をどうこうするとか言ってた話を殿下にしたことからこの面倒は始まったのだ。
じゃあ、今頃捕まってるのかな。あいつはともかくジーアンは無事だろうか。
「精霊ってなんなんだろう……」
「精霊は精霊だろ。根本的に人間とは違う生き物だ」
ようやくまともに口を開いたと思ったら、いつもの作り物めいた声音でなく、ため息と一緒に吐き出されたセリフに私は首を傾げる。
何を今更、当たり前のことを。
これは精霊がっていうよりも人間の方が強く思っていることだろうに。
「ティアナ嬢が精霊だったなんて……僕が利用され危うくこの国の危機をまねこうとしていただなんて……」
「……ユー」
両手で顔を覆い、うずくまった殿下はそのまま動かなくなった。
あまりにも動かないので死んでいたらどうしようと不安になって手を引き剥がしたら彼は音もなくハラハラと泣いていた。
驚きすぎて声にならない。
そう言えばこの男、今しがた恋人(と思ってた)に有り得ないほどこっぴどく振られ(?)た挙句殺されかけるという、尋常ならざる修羅場を経験したばかりだったのだ。
魅了だなんだとよく分からんことは言っていたが、それでも氷のような作り笑いを常に貼り付けているこの男が柔らかく表情を崩しはにかみ目をうるませるぐらいには夢中になっていた相手だ。
そりゃ普通こうなるのか? なるか? 私がもし双子やイルに同じことされたら…………もう生きて行けないかもしれない……。
「ま、ままあ、そんなこともある……いや、ないか。ま、まあ元気だしましょう! いい事ありますって!」
「やめろ、変な気を遣うな、腹立つ」
「あーーー、えっーーと、殿下のますますのご活躍をお祈り申し上げております」
「励ますな。使いどころが完全に違う。付け焼き刃をこんな状況で無理に使おうとするな。馬鹿にしているのか」
「滅相もございません」
「はぁ……」
死んだ目で虚空を見ながら唸るように返される言葉はユーリウス殿下のものとは思えないものだったが、いつものアレよりよっぽど不自然でない。
これが素なのかな。こっちの方がいいと思うけど。いやでもまあ王族なんだしそうもいかないか。つくづく面倒だな、王族って。
「……ティアナ・レイクの事は本当に残念でしたね」
それは本当にそう思う。美しい恋の相手の本性があれでは気も沈むだろう。
彼の愛した彼女は、シーフーがなんの「礼」をしに行ったのかは不明だが、もう助かりはしないだろう。確実にあのまま消えてなくなる。何者であれ、2人がすごした時間は事実であって、思い出は確かなものだ。辛いに決まっている。
ユーリウス殿下は精霊が嫌いなのか私が嫌いなのか、多分後者だけど、精霊の事嫌いになってしまうだろうか。……なっちゃうよね。だってあれだもの。裏切られたとかそんなレベルじゃないもの、殺されかけてるもの。
「……不思議と彼女に裏切られた事はそう悲しくないのです」
「え? なんで?」
何度か溜息をつき、目元を拭い、また俯いた殿下の声は消沈しきって、いつの間にかいつも通りの口調でぽつりぽつりと語り出す。
「分からない。確かに少し前までは夢中でした。けれど無駄に真っ直ぐな貴方や、純真清廉なイレネー様を見ていると何か違和感や得体の知れない気持ちの悪さを感じていたのも事実です」
「それは私の事が嫌いだからだろう」
「……私もそう思っていたのですが。どうなのでしょう。少なくとも今の私は貴方のことが嫌いでは無いですし、むしろ関わりたいと思っています。貴方に「なんとも思わない」と言われた時は確かにショックでした」
え、そんなこと言ったっけ。
あれ、いつ? と首を傾げる私を他所に俯いたままの殿下は続けた。
「それよりも、兄王子達や陛下、国や民に迷惑をかける訳には行かない立場の自分が、ただでさえ価値の無い自分がこの国を危機に晒したということが腹立たしくて仕方がない……」
「でも知らなかったのだから仕方が無いだろう。今更そんなこと言っても終わったことはどうしようも無いし」
「関係ありません。王族として最悪手をとった、それだけです」
殿下は微かに肩を震わせて長く息を吐いた。
「思えば私は彼女をただ都合の良い逃げ場所にしていたのでしょう。自分の心の弱さが全ての元凶です。嫌なことを忘れられるただの現実逃避で、彼女自身を好きでいたのか、自分を丸ごと認めてくれる存在が好きだったのか、はたまた彼女を好きでいる自分が好きだったのか……」
「でも好きだったのでしょう? それが、恋ってものなんでしょう?」
お母さんに聞いていたキラキラで美しい幸福感に満ち満ちたものとは随分違うみたいだけれど。
私の問いに殿下はフルフルと頭を振って「分かりません」と呟いた。分かりませんってなんだよ。
「私はこれからどうするべきなのでしょうか。どう償っていけば……。貴方に散々偉そうなことを言って自分のすべきことも自分のことも何も分からない」
「……いや、あのな」
また溜息をついた殿下の両手を掴んで無理やり立ち上がらせると、未だ涙を流す美しい翡翠の瞳が驚きに丸くなる。
私は先程治したばかりの両の頬をぱちんと挟み込んでその美しい顔を見上げた。
「そんなの私に聞かれても、知らないし、知るわけない。恋やら愛やらについては私の方が聞きたかったんだ! 色々! というか誰も自分のすべきことだとか、自分のことだとか、未来のことだとかそんなのきっちり分かってるわけないだろ! 分からないから色々やってみるんだよ。私はやって良かった。森を出たことも、ユーリウス殿下の婚約者をやったことも、色んな人にかかわれたことも、騎士団に参加出来たことも、マダムのしごきを受けたこともな。もちろんユーリウス殿下に出会ったこともだ。知らないことが沢山知れたし、自分のこともたくさん発見があったよ。怖がらないでやってみて良かったと思ってる。そうやって少しずつ進んでいくもんじゃないのか」
話していくうちに両の手に力が入ってしまったらしく、殿下の麗しい顔は大変残念なことになっていてうっかり笑いそうになった。たっぷり時間が空いたあと殿下は「いひゃいれす」と呟き、私は「あ、すまん」と言って手を離した。
「とにかく、殿下は頭でごちゃごちゃ考えすぎじゃないか? あと最初っから人を拒絶しすぎな感あるよ。あと笑顔めっちゃ怖い」
「え」
「まあもっと気楽にいったら? 人生一回しかないんだし」
なんかめちゃくちゃびっくりした顔してるけど、笑顔怖いって言われたことないのか。え、びっくり。シーフーより怖いもん。目笑ってないもん。
余程私が言ったことが不本意だったのか、ものすごい顔で凝視してくる殿下が気持ち悪くて私は「シーフー早く帰ってこないかな〜」と壁から顔をのぞかせてみた。
そしたらそしたで丁度シーフーがずんずんとこっちに向かってくるところで悲鳴が出そうだった。なんでって、めちゃくちゃ良い笑顔だったから。満面の。怖い。綺麗だけど何考えてんのか本当に謎だよねシーフーって。
後ろでぼそりと「貴方も魅了とか使ってます?」と訳分からないことを呟く殿下は本当に訳が分からないので無視した。




