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ひっぱたく



「まあ、ユーリ様」


そう言って振り返ったかつての想い人の顔はなぜだかとても恐ろしく見えて、僕はこっそり身震いをした。


あの何を考えているか分からない執事に追い立てられるように走ってきてみれば、彼女は確かに西の庭園沿いにある翳った小道にいた。


美しい赤髪と薄い空の色をした丸い瞳。愛らしい(かんばせ)は以前と少しも違わないはずだった。

つい数ヶ月前であれば、この丸い瞳と目が合うと悩んでいたことや自分のコンプレックスなんかがどうでも良くなるくらいには、彼女に夢中であったと思う。

暇をみつけ、時には暇を無理やり捻出し彼女を探しに駆け出すほどに、この瞳に焦がれていたし、彼女の瞳に映る自分に酔っていた。


それなのに、今はその愛らしい顔が、澄み切っていっそ硝子玉のような瞳が、にんまりと弧を描く赤い唇が、例えようのないほどに恐ろしい。


…………待てよ、僕はいつから「かつての想い人」だと……? 彼女の事を何となく避け出して久しいが、それは、なぜ、いつからだっただろう。


…………彼女は、ティアナ嬢は、前から「こんな」だったか?



「ちょうど良かった。探していたのです」


「え、ええ、そう人伝に聞きまして、何か私に用が?」


「嫌だわ、なんだかユーリ様ったら他人行儀ですね」



笑顔で僕を熱心に見つめたまま、彼女は口元を抑えてくすり、と笑った。

その仕草は何故だかとても薄気味悪くて、詰められた距離を縮ませまいと後ずさる。


彼女はそんな僕に笑顔のまま表情を硬くし、一瞬、酷く翳った目をした気がした。



「…………貴方にさえもう私の力は及ばないのね」


「……ティアナ嬢? 今、なんと?」



一陣の風が図ったように通り過ぎる。人形のような笑みの中赤い唇が紡いだ言葉は見事に風に流され、聞き返すも、彼女はストン、と表情を欠落させて両手を振りかざしていた。



「まあいい、もう用済みなのよ! 大した役にも立たなかった無駄に産まれた可哀想なユーリ様! あの方の為に消えて貰うわ」


「なっ……、」


可憐だと思っていた素晴らしい赤髪が燃え盛っている。逆立ち、歪に揺らめくそれとボタボタと崩れ落ちていくような顔は僕の幻覚なのだろうか。

引きつったように避けた赤い唇から訳の分からない呪詛のような言葉がツラツラと流れゆく。

彼女はもう既に、……いやずっと前から僕の知るティアナ・レイク嬢ではなく、彼女の話した台詞もその禍々しい姿も何一つ理解できないまま、情けなく突っ立った僕に赤黒い炎のような何かが迫る。


それは、周囲を巻き込んで膨らみ、更には歪な笑みを浮かべ続ける彼女ごとを溶かし、信じられない熱量で眼前に迫っていた。



……ああ、終わるのか。


僕は。



彼女の言うとおり、「無駄に産まれた王子」として、何も成せぬまま、ただここで灰になるのだ。


……何一つ役に立てず、自分の感情にさえ翻弄されて。






「…………そんなの、嫌だッ!!」


「ユーリウス殿下!!!」


「フェリ、ぐアッッ!!!!!」



まだ死にたくない。

そんなに強い感情が僕に残っているとは思わなかった。だけどはっきりそう思って、自分がこんなに大人気なく喚けるものかと驚く程に声をはりあげた時、ものすごい勢いで横っ腹に何か重いものが突進してきた。



「大丈夫か!!ユーリウス殿下!!」


それと一緒くたになりながらごろごろ庭園を転がりながら、ようやく停止すると、水色のたわわな髪が絡みきって、身体中を砂と擦り傷だらけにしたフェリル・マーデリックが馬乗りになりながら、かつて見た事ないほどの真剣な顔で肩を揺さぶっている。



「だ、だいじょ、」


「本当か!? 怪我は??!」


「殿下は既のところで消し炭にはなっていない様子でしたが、たった今負傷されましたよ。フェリル様の尋常ならざる突進によって」


「そうか〜! 炭になってないなら良かった! これで私とマーデリック家は処刑台に上がらなくて済む」


「というか貴方様はいつまでフェリル様に触れておられるのですか? 未婚の女性にそんなに寄った挙句ベタベタ触れるなど王族の品性を疑いますね」


早くどきなさい、と全く笑ってない笑顔でそう言った執事と、僕の上で能天気に「良かった良かった〜」と喜んでいるフェリル・マーデリックは全くもって噛み合っていないし、そもそも、僕が近寄っているわけでも、僕が触れている訳でもない。

さらに言えば触れているというか、握りこまれているのだ。肩を。すごく痛い。


「フェリル嬢……助けてくれたことは感謝します。あ、あのそろそろ離してください……」


じゃないと、今度はこっちの男に命を狙われそうだ。


髪がぐしゃぐしゃな上、顔を擦り傷だらけにした彼女はそれでも美しく(というか何故かこの公爵令嬢はいつも傷だらけで汚れている)、なんとなく直視出来なくて視線を逸らす。


「あ、すまん」


「お前……あの女の娘……」


「あ、ティアナ・レイク」


フェリル・マーデリックはさっさと僕の上が立ち退き、顔にかかりまくった髪を鬱陶しそうにかきあげると、今ようやく気がついたかのようにティアナ嬢に対峙して口を開いた。


「あなた、精霊なんだってね。さっき聞いた。なんでユーリウス殿下を殺そうとしたの? ユーリウス殿下と恋人だったんでしょ」


「恋人? その哀れな王子に慈悲をあげていただけよ! 私の愛は常にいつも、あの方のものだわ!」


ティアナ嬢はもう全くもって「人」らしき姿を保っていはいない。ごうごうと燃え盛る髪もボタボタと垂れ落ち崩れゆく体躯も。その人ならざる、おぞましく現実とは思えない光景の全てを気にした素振りもなく、フェリル・マーデリックはただ本当に不思議なのだと言うふうに尋ねた。


「……え、というか、精霊? ティアナ嬢が?」


……は、どういうことだ? 意味がわからない。確かにこのありえない光景を見ればそうだとしか言いようがないが……。


「面倒なので詳細は省きますが、貴方は利用されていたのですよ。精霊に。ある者の企みに利用され、この国が瓦解する因子にされようとしていたんです。愚かで未熟な精神とどうでもいい劣等感に上手く付け込まれて魅了されたんですね。抱腹もので……いえ、間違えました。災難でしたね」


「魅了……?」


「精霊の力とはいえ、根本的には貴方の心の弱さが原因です。魅了とは心を許したものにか作用しないと聞きます」


執事はいつもの読めない笑みでそう言って、直ぐにフェリルの元にかけて行った。

僕はその様子をただ唖然と見るしかなく、かつての想い人に何だかとんでもなく衝撃的なことを言われたはずなのに、不思議と心は痛まなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー





「人間はどれもこれも、愚かだわ!! その男も、この城のものたち全てが!!」


「確かにユーリウス殿下は愚かですね」


「シッ! やめなさいシーフー処刑台にあがりたいのか」


もう、顔かたちのないドロドロ溶けだしたそれは、声なのか音なのか、よく分からない音程でそう喚き、いつの間にか私の少し前に立っていたシーフーが神妙に同意した。


まったくこの男の空気の読まなさも大したものだけど、私はティアナ・レイクの変貌ぶりよりも、ユーリウス殿下の様子よりもあの美しく見えた2人が恋人ではなく、愛でもなかったことにショックを受けていた。


だってあんなに、美しく、互いを思いあったような溶け合う瞳をしていたあの二人が、あれが「愛」やら「恋」でないとして、それならいったいどれがそうなのだ。


ティアナ・レイクは最早人間の言語としては聞き取れなくなった音で何かを喚き散らしながら赤黒い禍々しい炎を振りまいている。

シーフーが器用にそれをナイフで交わしつつ私の手を引き後ずさった。

途中で放心状態のユーリウス殿下も拾い「あわよくば巻き込まれればいいとは正直思いますが」とか多分聞き間違いだろうことをあっさり言いながら、城の壁の裏に匿ったシーフーがもう一度口を開いた。


「フェリル様」


「なんだ」


「あれは、多分何もしなくてももう腐りきって落ちる運命でしょうが、私に預けていただいても?」


「え、何をするの?」


「少々、礼を。恐らくアリエル様とティティー様は今イレオラにて国境の面倒事を片付けに行っておられるでしょうが、いつ戻って来られるか分かりませんので」



礼? と首を傾げた私をユーリウス殿下よりもっと奥に置いてシーフーは笑みを深くした。



「少しだけ、待っていてください。その間この使えない殿下(ポンコツ)と共にあるのは非常に苦痛でしょうが」


「え、ぽんこつ? いや、全然そんな事ないけど、シーフー一体何をするんだ。言ったよね、私、シーフーと一緒に並び立ちたいって。なんでも1人でしようとするな」


「違います。個人的に話したいことがあるのです。少々恥ずかしい話なので聞かれたくないのです。全く、男心が全然分かっていませんね」


「男心とかの前にお前の考えてる事はいつも全然分からないからな」


「ふふふ、とにかく。すぐ済みます。これは私のお願いです。どうせあれはもう死にかけで大した力も持ちません。思い出したというのなら覚えていますでしょう? 昔の精霊の終わりを。ああなってしまえばもう灰になって消え去るだけです。決して危険なことはしませんので少しここに隠れていてください」


「……だけど、私は昔その状態の精霊に殺されかけたぞ」


「あなたはまだ4歳の子供だったのです。この私があんな死にかけに遅れをとるとでも?」


少し考えてから小さく首を振った私にシーフーは安堵したように笑みを浮かべておおきく頷いた。


「では、少しだけ行ってきます。私が戻るまでにソレを引っぱたいてでも正気に戻してさしあげてください。腑抜けが足でまといに成り下がっては目も当てられません」


「お、おう、分かった」



いつにも増して辛辣な執事に流石にユーリウス殿下が可愛そうになり、引き気味に頷いた私を見て、シーフーは去っていった。

確かにユーリウス殿下は放心状態で残念な感じになってはいるが、それも仕方の無いことだと思うのだ。


だって、あんなに好きだった相手にあんなこと言われたんだもの。そりゃ魂抜けたような腑抜けにもなるさ。



「……まあでも、」



バシィィン!!



「しっかりしろ、ユーリウス殿下、美形の無駄遣いだ」


「はっ!!」





とりあえずシーフーの言う通り、引っぱたくことにした。


















いつもありがとうございます!

不定期にも程があって本当にすみません……。

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